【二十一】質疑応答
ゆっくりとカップを手に取り、俺は一口飲み込んだ。
するとヴォルフが目を眇めた。
「本当にお前は、俺の推しを愛しているのか?」
「推し? それはクラウスの事か?」
「そうだ。お前は俺のクラウス=バルテル=アクアゲートを愛しているのか!?」
ヴォルフが声を上げた。するとシュトルフが腕を組んだ。
「俺の? 聞き捨てならないな。クラウスは、俺のものだ」
「どんな魂胆だー! お前とクラウスは犬猿の仲のはずだろう!?」
それを聞いて、俺は思わずヴォルフとシュトルフの顔を交互に見てしまった。俺の前世の記憶からしてもヴォルフの言葉は正しい。
「シュトルフ。お前にクラウスを幸せに出来るのか!?」
その時ヴォルフが叫んだ。ここまで熱量があるとは思わず、俺は若干顔を引きつらせた。
「逆に問う。俺以外がクラウスを幸せに出来ると思うのか? 甚だしい思い上がりだな。クラウスを幸せにするのは俺だ。それ以外の未来など認めない」
すると、なんと、シュトルフが喧嘩(?)を買った。俺はポカンとしてしまった。
「なんだと!? じゃあ推しクイズだ! 俺の方こそが、クラウスの事をよく知っていると証明してやる」
なんだそれは。
俺はヴォルフの発言に頭痛がしてきた。
「第一問! クラウスの好きな食べ物は!?」
「ラム」
「くぅっ、正解!」
そしてなんだこの茶番は! 俺は吹き出しそうになった。シュトルフも何を真面目くさった顔で答えているんだよ!
「クラウスの嫌いな動物は!?」
「ねずみ」
「っ、くっそ、正解!」
こいつら何をしている。そしてシュトルフは何故知っている……!
その後も彼らの質疑応答(?)は続いた。俺は生温かい気持ちで見守っていた。
「――シュトルフは、俺と同じくらい知識があるのが分かった」
そう言うとヴォルフがにやりと笑って俺を見た。
「では、推しよ。お前も本心からシュトルフを好きならば、答えられるな?」
――え?
「俺は最推しはクラウスだが箱推しだった! まさか俺に負けるわけがないよな、シュトルフ知識において」
こいつ、何を言いだした……!
俺は唇を震わせる。
「第一問! シュトルフの好きなものは?」
意気揚々とヴォルフが言った。シュトルフの好きなもの……? そんなもの、俺は知らない。ちらりとシュトルフを見れば腕を組んでいた。そして目が合うと言われた。
「愚問だろう」
愚問?
え。俺は分からないんですけど? 焦っていると、ヴォルフがカウントダウンを始めた。ものすごく焦ってしまう。
5,4,3,2,1――0。
「え、何?」
「馬鹿か」
シュトルフは俺を見ると溜息をついた。だって分からないのだから仕方がない。
ぎゅっと俺が拳を握った時、シュトルフが不意に俺の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「お前だ、クラウス」
――!!
これは卑怯だろう! 俺の胸がズキューンとなった。
天然タラシか!
「正解はクリスティーナだ!」
「大外れだ。俺はクラウスが一番大切だ」
ヴォルフとシュトルフのやりとりに、俺は頭痛を覚えながらも、心拍数が酷い事になった。シュトルフの断言に、ヴォルフが目を見開いている。
「シュトルフ。お前は俺の同志だったのか?」
「ん?」
「共にクラウスを愛でる者だったのか!」
「共にだと? クラウスは俺だけが愛でる。入ってくるな」
断言した後、シュトルフは俺をより強く抱き寄せた。いちいちビクリとしてしまう。
「シュトルフ=ツァイアー。お前は本当にクラウスが好きなんだな?」
「しつこい」
「……同志よ」
「同志だと? 比べてくれるな。俺ほどクラウスを愛している人間は、ほかにはいない」
きっぱりとシュトルフが言った。なにこれ恥ずかしいだろう!
「だが俺は身を引くなんて言わないからな」
「ほう」
「俺のほうが、クラウスを幸せにできる!」
ヴォルフの対抗心は、きっと小説知識から来ているのだろうが、俺には何とも言えない。それを聞いて、俺はシュトルフを見た。するとシュトルフは双眸をスっと細めていた。
「俺はクラウスの隣にいるだけで幸せになれる。だからきっと、それを返す。対等に、幸せになる」
……。
俺は顔から火が出そうだった。
この日の会話は終始そんな状態で続いたのだった。
その後俺は、シュトルフが帰る頃になって、見送りも兼ねてヴォルフの部屋を出た。そうして王宮のエントランスまでいくと、シュトルフが不意に、そっと俺の頬に触れた。
「俺の愛は伝わっているな?」
「え」
「俺はクラウスが、例え同性どいえど、別の人間と二人きりになるのは嫌だ。明確に伝えておく」
「……べ、別に特別な意図があったわけじゃ」
「それでもだ」
「俺は王族だぞ? 外交だってあるし、そんな約束はできない」
「分かっている。ただ俺が嫌だという話だ」
シュトルフはそう述べると、不意に正面から俺を抱きしめた。周囲には人気がある。俺は狼狽えた。
「クラウスの事が好きなんだ。だから、心配させるようなことをしないでくれ」
そう言って俺を腕から解放すると、シュトルフは馬車へと乗り込んだ。
俺は何も言えないままで、それを静かに見送ったのだった。