【五十】貞操を誓う足輪
別段シュトルフは回りくどくなど無かった。『護衛』即ちそれは、現在であれば、『近衛騎士』だ。俺はやっと気が付き、ダラダラと汗をかいた。
「い、いや……」
「その顔は、心当たりがありそうだな」
「な、無い! い、いや、ある! あるんだけど、無い!」
「……先日の、クリスティーナとダイク殿下の祝いの夜会の際、ヴォルフ殿下と実に楽しそうに話しておられたクラウス殿下に、一言声をかけたくなって途中で一度退出して追いかけて、俺は見るべきではないものを見た」
そういえばあの夜は足音がして、人の気配がしたのだった。シュトルフだったのか。というか、そうならあの場で声をかけてほしかった……! しかし位置的に距離はあったし、シュトルフは俺を気にかけて来てくれたのだろうが、すぐに戻らなければならなかったのだろうというのも分かる。だが、だが!
「あの近衛騎士の事が好きなのか?」
「違う! 誤解だ! 俺は浮気なんかしていない!」
「少なくとも、あちらは『浮気』であり、『本命』は、俺なんだろうな?」
「だから浮気すらしていない! 待ってくれシュトルフ、誤解だ!」
「抱き合っているのを見たが?」
「いきなり抱きしめられたんだ。俺を信じてくれ!」
俺は必死に声を上げた。涙が浮かびそうになる。理由は二つだ。一つは、勿論『断罪されたくない』からだが、もう一つは何よりも、『愛する相手に誤解されたくない』という想いが強い。
「シュトルフ……本当に違うんだ……」
「……」
「俺はシュトルフが好きだ。本命も何も、シュトルフだけだ」
精一杯自分の気持ちを告げると、横を向いてシュトルフが嘆息した。
「クラウス。俺だって、今更お前を手放すつもりなど無い。もう絶対に逃がさない。今後クラウスの気持ちが変わろうとも、何があろうとも、俺は絶対にお前を離さない」
そう語ったシュトルフは、それから組んだ指を膝の上に置いた。
「近衛騎士の配置転換をしてはどうかと、宰相閣下に世間話としてお伝えしたが、問題はあったか?」
「え?」
「ジークという騎士は、明日付けでダイク殿下の近衛の一人と配置転換がなされる」
「全然問題はない。そ、そうだったのか……」
「クラウスに手を出そうとした罪、本来であれば俺は許容しない。だが、お前の気持ちが不安だった――が、本当に問題が無いというのであれば、社会的な制裁を科したい程度に、俺は苛立っている」
「待ってくれ。俺とジークは本当に何でもないが、これまで良くしてくれていたし、何もそこまで……」
「……そこまで、俺は怒っているが? ただし、そうだな。クラウス殿下がそう仰るのならば、まだ降嫁前でもあるし、ここで引いておく。だが、結婚後は今以上に覚悟しておいてくれ。俺は嫉妬深い」
シュトルフの瞳が一瞬だけ暗くなった気がした。ゾクリとしつつ、俺は何度も小刻みに頷いた。やっぱりシュトルフの事は怒らせてはならないと思う。
俺が怯えつつ両腕で体を抱いていると、シュトルフがテーブルの上にある箱に片手を載せた。侍従に渡さなかった方の箱だ。
「クラウス殿下」
「なんでそうわざとらしく、殿下なんて……距離が遠く感じるだろう!」
「……」
「シュトルフ! どうして俺を信じてくれないんだ! どうしたら信じてくれるんだ?」
「もう、言葉だけでは足りない」
シュトルフは不機嫌そうな表情のままで、箱のふたを開けた。
そして右手で、銀細工を取り出した。細い鎖で出来ていて、ところどころに宝石がちりばめられている。ただの宝石ではなく、魔石だというのが光の加減で理解できた。この王国で産出される魔石は、日に透けると虹色の光を放つという特性がある。
「これが何だか分かるか?」
「効果は分からないが、魔石を用いた装飾具だな……足輪か?」
「左足首に身につけると言えば理解できるか?」
淡々とシュトルフが述べた。当初俺は、それを聞いても分からなかった。
……左足首?
「回りくどいな。普通左足首につけるのは、貞節を約束させる品だろう?」
「その通りだ。分かっているじゃないか」
「?」
俺は逆により一層分からなくなった。
本来貞節の誓いの証明となる足輪は、『貞操帯を装着している場合』に身につける。これは、閨の講義で俺も学んだが、貴族間では根強い文化で、婚約時から装着可能で、配偶者となれば多くの男女が贈りあう品ではある。だが、俺は王族である。王族に限っては、たとえ御落胤でも歓迎されるし、後宮をもうけられるほど、血を多く残す事が推奨される為、ピンと来ない。例えば俺の母を始め、王族の配偶者となる人間は、徹底的にその部分を管理されるので、クリスティーナもまた俺と婚約した時点より身につけていたはずだが(今ダイクの婚約者として、別の品を多分身につけているはずだ)――……?
「俺とシュトルフは男同士だ」
「それが?」
「貞操帯の足輪だと言いたいのだろうが……? それを身につけずとも、俺は子を宿す事は出来ないし、一体どういう事だ?」
「後継者を設ける必要性という義務、そこに別の血が混じっては困るという現実、それらを念頭に置いての発言だと理解するが、俺が言いたいのはその部分ではない。結果ではなく、行為すら許せないという部分だ」
「ん? ん!? つ、つまりシュトルフは、俺がお前以外と寝ると思っているという事か!? よ、要するに、俺を一切信じていないという事か!?」
「信じたいから、これを身につけてほしい」
「は?」
「下腹部に俺以外が触れた場合、雷の魔術が放たれる仕組みだ」
「!! べ、別に俺はシュトルフ以外と寝る事は無いから構わないが、全然構わないが、繰り返し述べるが、勿論構わないが……そんなに俺が信用できないのか?」
泣きたくなってきた……。
好きな相手に疑われるって、辛いんだなぁ。
「だったらシュトルフ! お前もつけろよ!」
「……」
シュトルフは組んだままだった左足の衣を、何でもないように上げた。
「!」
俺は目を見開いた。そこには、箱の中の品と同じものが身につけられている。
「当然だ。俺はクラウス以外に興味はない。俺は既に身につけている」
こんな状況だというのに、シュトルフに男気を感じてしまった……。俺も大概シュトルフが好きらしい。
「そ、そうか。そ、それなら、安心だな」
「……」
「分かった、俺も付ける。シュトルフがそれで安心するというのならな」
「……クラウス。まさか嬉しそうな顔をされるとは予想外で、怒りが覚めてきた……」
「えっ、お、俺は嬉しそうか?」
「ああ。完全に顔が緩んでいる……」
シュトルフの声が、いつものものに戻った。
気恥ずかしくなってしまい、俺は両手で顔を覆う。
「俺につけさせてくれ、クラウス殿下」
「だから、取ってつけたような殿下呼びは止めろ」
「――そうだな。全く、どこまでも愛おしくて困る」
そう言うと、足輪をもって立ち上がったシュトルフが歩み寄ってきた。俺が左足を椅子の上にのせて衣を捲って、肌を出すと、銀細工で出来た貞操帯の魔道具を、シュトルフが嵌めてくれた。
「俺には、シュトルフだけだ」
「そうか。俺はまだまだ不安でいっぱいだからな、その言葉が事実である確信が持てるよう、自分でも努力するが、クラウスにも行動で見せてもらいたい。言葉だけでは、もう足りない」
そんなやりとりをしてから、俺達は唇を重ねた。