【五十一】結婚式





 ――本格的に夏が来た。
 俺とシュトルフは、本日結婚式を行う予定の、王都大聖堂へとやってきた。結婚式前最後の打ち合わせである。ステンドグラスの照らし出された教会には、各所に銀色の燭台がある。大司教様と話をした俺とシュトルフは、それからすぐに馬車へと乗り込んだ。本日はこの後、王宮の迎賓館で、既に訪れている主に海外からの招待客への挨拶がある。

 俺とシュトルフの結婚式まで、あと五日に迫っている。
 俺達が並んで座ると御者が扉を閉め、それからすぐに馬車が走り出した。

「今日の雲は白くて大きいな」

 俺が述べると、シュトルフが膝の上に招待客のリストを広げながら頷いた。

「ああ。夏本番という空模様だな」
「夏の空はいつもより青く感じるな」

 俺が頷くと、シュトルフが顔を上げた。俺もシュトルフを見たから、目が合う。

「いよいよだな」
「そうだな。早く式を挙げて、クラウスの伴侶になりたくてたまらない」
「俺もシュトルフと添い遂げたい」

 そんなやりとりをしてから、お互いにどちらともなく笑みを零した。
 こうして王宮についてからは、挨拶をして回った。俺の降嫁騒動――王太子でなくなったという事態は、既に大陸中に広まっているらしい。特に交易のある国々には、驚きと……深い愛を賞賛する声があるそうだ。端緒が端緒だけに、俺は複雑な気分であるが、今は紛れも無く愛しているし、偽りの気持ちでは無いからよいと思う事にしている。

 この日も、シュトルフが帰っていく馬車を、俺は王宮の門のところで、暫くの間見送っていた。夕陽が馬車の影を長くのばしていた。

 もうすぐ俺は、王族では無くなる。
 それも手伝ってなのか、ここのところは、父王陛下とダイク、母である正妃様と四人で食事をする事が増えている。ダイクの母である第二王妃様や第三王妃様は顔を出さない。一応、ダイクは異母兄弟だが、四人の家族水入らずの風景というものに配慮してくれているらしい。

 結婚して降嫁すれば、俺は家族には中々会えなくなる。寂しさがないわけではない。だが俺は、実を言えばシュトルフの愛情に気づいたのと同じくらい最近、家族に愛されている事も知ったに等しいので――特にダイクとの仲が改善したのは最近であるので、そんな自分が不甲斐ないという想いの方が強い。もっと出来る事があったのではないかとたまに思う。ただその分、シュトルフと幸せな家庭を築く事で、俺は俺なりに学んだ家族の在り方を再現していきたいとも今では思っている。そのようにして、この日も四人で夕食を食べた。


 こうして――結婚式当日が訪れた。
 俺はこの日のために仕立ててもらった服の袖に腕を通した。侍従達が着付けてくれる。伴侶となる場合、主人側は白、配偶者の女性相当の側は黒の装束を着ると決まっている。俺が本日纏っているのは、黒地に金縁の服だ。シュトルフの方は白地に金縁で、俺達の婚礼衣装はそろいで仕立てられた。

 王都大聖堂の控室で、俺は大きく深呼吸をした。左右の部屋から、配偶者となるものがそれぞれ絨毯の上を歩き、祭壇の前で合流して、大司教様の前で愛を誓うというのが、結婚の儀式である。

「クラウス様、お時間です」

 侍従の声に頷き、俺は立ちあがった。
 そして扉の前へと向かう。そこでまた深呼吸をしてから、俺は侍従二名が開けてくれた扉から、真正面を見た。向かい側の扉も開いていて、そこにはシュトルフの姿が見える。ちらりと左手を見れば招待客達が大勢長椅子の列を埋めている。右手には祭壇がある。その時合図の鐘の音がしたので、俺は一歩前へと歩き出した。

 一歩ずつ、真っ直ぐに、しっかりと俺は進んだ。
 そして祭壇の前でシュトルフと合流した。一度視線を合わせてから、ほぼ同時に祭壇を見た。

「シュトルフ=ツァイアー。汝は、病める時も健やかなる時も、死がふたりを別つまで、クラウス=バルテル=アクアゲート殿下を愛する事を誓いますか?」
「誓います」
「クラウス=バルテル=アクアゲート殿下。汝は、病める時も健やかなる時も、死がふたりを別つまで、シュトルフ=ツァイアーを愛する事を誓いますか?」
「誓います」
「では、指輪の交換と誓いのキスを」

 大司教様の言葉に、俺とシュトルフは向かい合った。そしてまた視線を交わしてから、お互いの左手の薬指に、指輪を嵌める。そしてそれが終わると、お互いに少し顔を傾けて、唇を重ねた。唇が触れるだけのキスで、打ち合わせ通りだ。それが済むと、大司教様が言った。

「ここに二人の婚姻を認めます」

 すると招待客達から拍手が起きた。俺とシュトルフが振り返ると、国王陛下を始め、参列してくれた家族を含む、沢山の人々が笑顔で拍手を送ってくれた。ここに一つ、やりきったという感覚がした。

 その後は、会食パーティをツァイアー公爵家で行う事が予定されていたため、皆で移動する事になった。俺とシュトルフは、同じ馬車に乗った。

「これで俺は、きちんとシュトルフの伴侶になったんだな」

 感慨深くなって俺が呟くと、シュトルフが微笑した。

「王族を家に迎えると、その家には精霊の加護がついて幸せが約束されるというが、俺はクラウスがいてくれればそれだけで幸せだから、ある意味その伝承は当たっているな」

 それを聞いて、俺は短く吹き出した。
 ちなみに王族に関する伝承は数多くある。アクアゲート王族は、元々は水の精霊が始祖王だったと言われている。その片親は人魚のような姿の水の精霊の王だったらしい。水の精霊の直系の血を引くものの心臓を食べると不老長寿になるなんていう怖い伝承もある。

「俺こそが、クラウスを幸せにすると約束するが」
「もう十分幸せだぞ?」
「いいや、もっともっと、足りない。伝えたりない。この溢れる愛を俺は示したいんだ」

 そんなやりとりをしながら、俺達は公爵家へと着いた。
 招待客達より一足早くきたので、迎える準備をする。庭に面した大広間が解放されていて、庭園と室内の両方に立食式のテーブルがある。幸い本日は快晴だ。

 その後次々と招待客達が姿を現し始めたので、俺とシュトルフは挨拶をして回る事となった。その宴は、一番星と月が輝き始めても終わらず、日付が変わっても続いた。俺とシュトルフが解放されたのは午前二時の事で、それにも理由がある。初夜の儀があるからだ。

 結婚した夜の内に、伴侶となったものは、神に婚姻の証を見せるという儀式がある。
 簡単に言えば、性交渉した事を示すというものだが、それは儀礼として、片側が親指を切り、シーツに血をつけるという習わしとなっている。本日はシュトルフが親指に薄っすらと切り傷を付け、シーツに垂らした。俺とシュトルフは、その後はソファに座り遅くまで、幸せだなと話していたのだった。