【七】リオンの民の長とベリエの民の長





「俺は、ジェイク=リオン。ジェイクと呼ぶ事を許してやる。リオンの民の長で、このイグニスロギアの次の国王となる者だ」

 それを聞いて、僕は目を丸くした。既に、次期国王陛下は決まっているのだろうか……?
 困惑しながらヨル様の様子を窺うと、溜息をついていた。

「ジェイク様。貴方はまだ候補者の一人であり、選ぶのは、カナタくんです」
「最も相応しい俺を選ぶのは当然の事だろう?」

 ジェイクと名乗った青年は、それから僕を改めて見た。そして正面まで歩み寄ると、少し屈んで、僕の顔を覗き込んできた。

「中々美人だな」

 緑色の瞳が、僕をまじまじと見ている。しかし過去を振り返っても、男である僕は、他者から美人と評価された事は一度も無いので、複雑な気分になった。この世界には男の人しかいないらしいが……。

 整った顔立ちという意味合いなら、目の前のジェイクも、それこそバルトも、ずっと僕よりイケメンだと思う。ボケっとそんな事を考えていたら、不意に顎を指先で持ち上げられた。狼狽えて息を呑むと、どんどんジェイクの顔が近づいてきた。

 このままではキスされる――と、焦って僕が反射的にギュッと目を閉じた時、僕はだれかに後ろから抱き寄せられた。同時に、鈍い音がした。慌てて瞼を開けると、大きな木の杖で、ヨル様が思いっきりジェイクを殴りつけていた。

「っく」
「まだ紹介は終わってないんだから、抜け駆けをしないように」

 僕を腕で庇うようにしているのは、バルトだった。驚いてそちらを見ると、苦々しい顔をしていたバルトが、僕を見て呆れた目をした。

「大丈夫か?」
「う、うん……」

 頷いた僕を見ると、即座にバルトは腕を僕から離して、更に数歩距離を取った。これは、護衛をしてくれたという事なのだろうか?

「ヨル様もバルトも、折角良い所だったのに邪魔をすんじゃねぇよ」
「いや、全然良い所じゃなかったんで、本当に助かりました」

 ぼやいたジェイクに対して引きつった顔を向けたまま、僕は大きな声で伝えた。
 すると逞しい腕を組んだジェイクが、僕を見て怖い顔になった。

「この俺が、キスしてやろうとしたのに、なんだその態度は」
「そう言われても……」
「さすがは神子だけあって気位が高いんだな」
「別にそういうわけじゃなく、倫理観が違うんだと思います」

 僕はファーストキスすらまだなので、いきなり知らない人と口づけをしたり出来ない。それが神子の仕事だと言われても、心の準備が必要だ。

「まぁ良い、許してやる」

 それにしてもジェイクは偉そうだ。何故僕が許されなければならないというのか。どちらかと言えば、僕が許すべき立場じゃないのだろうか。

「すぐに、俺にキスして欲しいとねだるように変えてやる。楽しみだな」

 ニヤリと笑ったジェイクの姿に、僕は頭痛を覚えた。
 どちらかというと、先が思いやられる。

 そんな風に考えていると、ヨル様が咳払いをした。

「最後の候補を紹介するね。ベリエの民の長で、アルベルト様。アル様、こちらに」

 ヨル様が仕切りなおすと、僕より少し年下に見える赤髪の青年が一歩前へと出た。

「こんにちは。アルベルト=ベリエです。宜しくな!」

 明るい笑顔で青年が名乗った。元気な声音に、僕も気分を切り替えた。

「今年で二十歳で、ええと……若輩者だけど、これでもベリエの民を治めてるんだ。アルって呼んでくれ」
「僕も二十三だからそんなに変わらないな。僕の事もカナタと」
「カナタ。仲良くしてくれると嬉しい。まずはその、友達から!」

 両頬を持ち上げたアルを見て、僕は仲良くなれそうな気がした。はっきり言って、一番感じが良い。何かと助けてくれるとはいえ塩対応のバルトも、いきなりキスしようとしたジェイクも、はっきり言って気やすく話せる予感は、今の所しない。

 片手を差し出したアルを見て、僕も手を出す。そして握手をすると、ぶんぶんと勢いよく動かされた。

「この王都フラムは、俺が治めてるベリエ領ガーネット・ローズマリーと、そこのジェイクの治めてる土地の間にあるんだ。前の国王が俺の父上だったから、俺も小さい頃からよく来ていて、フラムの事なら大体何でも知ってる。良かったら案内するぞ?」
「有難う」
「常に初夏で、自然は緑ばっかりだけど、過ごしやすくて俺は好き」

 楽しそうなアルに対して、僕は頷いた。するとジェイクが両目を細くして、ヨル様をじっと見た。

「おい。あれは抜け駆けとは言わないのか?」
「どのみち案内は必要だし、護衛もつけるし、僕も行くなら同行するから別に」

 ヨル様が一刀両断した。ジェイクは辟易したような顔をしている。不満そうだ。だが、すぐに気を取り直したように、唇の片端を持ち上げた。

「そういう事なら、俺も案内を手伝ってやる。護衛がいるんだろ? 俺ほどの適任者はいないだろう」
「出かける時は、声をかけるよ」

 頷いたヨル様を眺めていた僕は、チラリとバルトを見た。護衛はバルト以外もしてくれるという事だろうか。それともバルトも行くのだろうか。漠然とそう考えていると、バルトが一瞬だけ僕を見てから、すぐに視線を逸らした。やはり、感じが悪い。僕は何かしたのだろうか? なんだか嫌われているような気がしてならない。

 そう考えていたら、ヨル様が僕に対して振り返った。その瞳は、バルトに向いている。

「それで最後。改めてとなるけど、サジテールの民の長で、バルト様。三名の中で、最も高威力の星魔術を行使できる、火の魔力の使い手だよ」
「……」

 バルトは何も言わない。代わりに、ジェイクが低い声を出した。

「聞き捨てならないな。俺だってバルトには負けない」
「俺は、ジェイクとバルトには負けてるけど、気合は十分だ!」

 続けたアルは、特に不機嫌になった様子は無い。
 アルは底抜けに明るい性格をしているように思える。