【十】力の供給方法









 その後、展望室から見た王都の風景は、夏の気配を感じさせる初夏で、街中に緑が目立った。暫く僕は、アルの説明を聞きながら、石造りが多い街並みを眺めていた。

「よし、そろそろ昼食だな。帰るか!」
「うん、そうだな。有難う」

 お礼を述べた僕は、アルに叡智の間の前まで送ってもらった。
 その場にいた騎士が二名、扉を開けてくれたので、僕は単身中へと戻る。

「?」

 叡智の間を通り過ぎて私室の前に立つと、そちら側にも立っていた騎士や侍従達が、ちらちらと何か言いたそうに僕を見た。だが声をかけられたわけでもないので、不思議に思いつつも扉に手で触れる。

「!」

 そして扉を開けて目を見開いた。むせかえるような薔薇の匂いがしたと思った直後、僕は部屋中を埋め尽くしている薔薇の花束を見た。なんだこれは?

「よぉ」

 声の主に視線を向ければ、朝僕が座っていたソファに腰を下ろして、長い膝を組んでいるジェイクの姿があった。

「え、えっと、これは……?」
「お前のためにわざわざ用意させた」
「はぁ……?」
「会いに来てやったぞ、有難く思え」

 ニヤリと笑ったジェイクは、金髪を揺らしながら立ち上がった。僕は開けっ放しだった扉を閉めながら、思わず双眸を細くする。

「何か御用ですか?」
「伴侶になる相手と会う事に、理由がいるのか?」
「いや……えっと……」

 困惑するほかない。まるで僕と結婚する事が決定しているかのようにジェイクは語る。僕はまだ具体的に考えた事など一度も無い。

「……とりあえず、花。有難うございます」
「嬉しいだろ?」
「……正直に言っていいなら、世話が大変そうだなっていう印象かな」
「侍従にやらせろ。お前は愛でればそれで良いんだ。素直に喜べ。可愛くないな」
「僕は花を贈られて喜ぶ文化の中にはいなかったんで……綺麗だとは思うけど」

 一般的に、僕の価値観だと、あまり男同士で花を贈りあうような状況は無かった気がする。それにしても部屋を埋め尽くす、赤やピンクの薔薇は凄い。圧巻だ。そして僕個人は、花が特別嫌いだというわけでもないし、心遣いをしてもらう事自体は決して嫌ではない。

「では何が欲しいんだ? あ?」
「別に、何かが欲しいわけじゃ――」
「何かあれば言え。俺に用意できない物などほとんどない。お前のために、何だって手配させる」
「……」
「それが俺の伴侶になるという事だ。喜べ」

 いきなりそんな事を言われても、正直困ってしまう。

「どうやってこの部屋に入ったんですか?」
「どう? 普通にだ」
「別に私物とかがあるわけじゃないけど、ここは一応僕の部屋のはずです」
「――鍵をかけていなかったお前が悪い。それにこの王宮の全ては、すぐに俺のものになる」

 自信たっぷりに笑ったジェイクを見て、僕は複雑な気分になった。

「俺はこのイグニスロギアの王となる者だ。まだ分かっていないようだな」
「候補者は三人いるんだよな?」
「……まぁな。だが、俺ほど相応しい者は、他には存在しない」
「具体的には、どんな風に相応しいの?」
「俺の隣にいれば、すぐに分かるはずだ。俺がお前を守ってやる」

 抽象的過ぎて、さっぱり分からなかった。

「大体、火のエレメントが万年欠乏状態のバルトと、まぁそれなりに満ちている土地の出自なのに頼りにならないアルと比較されてもな。リオンの民ほど火に恵まれている民はいないし、俺はその長だ」

 ジェイクがそう述べると、唇の両端を持ち上げた。まじまじとその表情を見て、僕は考える。火のエレメントは、どうやら神子が供給可能らしく、多分それを伴侶に渡すのが一番の仕事となるのだろうとは分かったが、具体的にはどうするんだろう?

「ねぇジェイク」
「なんだ?」
「僕は火のエレメントを供給可能なんだよね? 不死鳥の力というんだっけ」
「ああ。お前は神子だからな」
「どうやって供給するの?」

 素直に僕が尋ねると、ジェイクが目を丸くした。そして僕まで歩み寄ると、じっとこちらを覗き込みながら、僅かに首を傾げた。

「ヨル様から聞いていないのか?」
「伴侶の営みだって言われたけど」
「その通りだ」
「つまり、どういう事?」
「は? 一般的に、伴侶となったら、何をする?」
「そもそも伴侶というのがよく分からないんだけど」

 僕が答えると、腰に両手を添え、ジェイクが姿勢を正した。

「とりあえず座れ」
「うん」

 促された僕は、ジェイクと共に並んで横長のソファに座した。

「伴侶というのは、即ち恋人同士が結婚した状態だ」
「恋人同士……でもさ、僕と候補者三名の場合は、恋愛っていうより、国王選定の関連なんでしょう?」
「俺はきちんとお前を愛してやる。その用意があるが――まぁ、良い。そうだな。その理解でも構わないだろうな。が、やる事は愛があろうがなかろうが同じだろう? 伴侶となれば」
「具体的には?」
「カナタは過去には恋人がいなかったのか?」
「悪かったな! どうせいないよ!」

 思わずムッとして僕が声を上げると、ジェイクが吹き出した。

「俺は別段、どこぞのむっつりが治める領地の神話に出てくるようなユニコーンとは違って、初物を求めたりはしないが――そうか。俺しか知らないとなれば、気分は良いかもしれないな。教え甲斐がある」
「何の話?」
「教えてやろうか?」
「そうさっきからお願いしてるよね?」

 不貞腐れながらそう続けると、ジェイクが不意に僕の肩を抱き寄せた。体勢を崩して、僕はジェイクに倒れこむ。

「な、なに?」
「教えてほしいんだろう?」
「口頭で教えてほしいんだけど、触る必要があるの?」
「あのな。恋人同士は一般的に、キスをしたり体を重ねたりする。これは良いか?」
「っ」

 そのくらいの知識は僕にもある。うっかり赤面しそうになってしまった。

「火の叡智紋を持つ神子と体を繋ぐと、火の民の長は力を得る事が出来る」
「え……?」
「つまりカナタとキスをしたり、ヤったりすると、俺達はより強い力を操れるようになる」
「な」

 愕然とした僕は、目を見開いた。

「特に火のエレメントが欠乏した状態にある時なんてな、そばにお前がいるだけで、欲しくて欲しくて仕方がなくなるはずなんだよ。その点、常に火のエレメントが満ちている俺は、紳士的に対応できる。余裕がある」
「待ってくれ、それって、バルトは僕とヤりたかったって事なの?」
「――キスの一つもしてやらなかったお前が残酷だと俺は思うぞ」
「そ、そんな事を言われても!」

 じわじわと頬が熱くなってきた僕は、思わず両掌で顔を覆った。暫くそうしてから、チラリと指の間からジェイクを見る。すると不意に手首を取られた。

「そんな顔もできるんだな」
「へ?」
「真っ赤だぞ」
「う……」

 仕方がない。僕は、下ネタにあまり免疫がない。

「生意気だなと思っていたけど、印象が変わった。カナタは可愛いな」
「やめてくれ!」
「これは落とし甲斐がありそうだ」
「待って、待って、僕はそんな事を言われても困るんだ!」
「おいおい……そこまで照れられると、俺まで照れるだろ……」

 ジェイクは僕の肩から手を放し、困ったように笑っていた。その耳がちょっとだけ朱く見えたから、彼もまた本当に照れていたのかもしれない。