【一】推し
俺には推し≠ェいる。
人生、三十五年も生きていると、上司もいるが、後輩も出来る。
社畜というほどではないし、そこそこ安定していてブラックというわけでもない、ごくごく平均的な会社勤めの俺ではあるが、人間関係に悩む事もあれば、仕事に行きづまる事ってある。
そんなある日、俺はRPGが原作だという、ある一本のアニメ映画を見た。
友達が見たいというから、ついていった形だ。
結果――俺は大いにハマりこんだ。
タイトルは、『永遠のグリモワール』。
ふんわりとした西洋風の貴族社会の物語であり、科学の代わりに魔導具が出てくる世界観で、舞台となるフェニキシア王国にて騎士団の面々が活躍しながら、魔獣と呼ばれる敵を倒していくというストーリーだった。
この中に、騎士団で副団長を務めている推し≠ェ出てきた。
推しは、王宮の宰相補佐官であるロイ達とは予算の問題などで対立したり、騎士団としては滞在中の辺境伯領地にて、隣国との関係に悩まされたりと、苦労が絶えないが、いつも真っ直ぐだった。人格者で、上司の信頼は厚く、部下にも好かれている。まさに……俺の憧れとするポジションだった。当初は、こんな人物になれたらと思っていたが、見れば見るほど引き込まれ、いつしかそのキャラクター……ジェイク・ブライトルは、俺の推し≠ニなった。何度も映画館へと行き、何度も推し≠フ活躍を見ている内に、俺の生活にはハリが出てきた。
気づいたら元々のRPGにも手を出していたが、そちらはまだ序盤だ。
なお推し≠ヘ別段主人公というわけではない。大層整った顔立ちのイケメンであるし物腰も穏やかだが、どちらかといえば補佐をする人物で、主人公は別にいる。
俺は何度もフェニキシア王国が救われるのを目にし、その度に自分も救われた気持ちになった。
俺のスマホの待ち受けは推し≠フ画像だし、この前コラボカフェの抽選に当たった時なんて、大感激した。最初に俺を誘った友人も、俺があんまりにもジェイクを推しているものだから、最近では心なしか生温かい眼差しを送ってくる。
これまで趣味らしい趣味も無かった俺に出来た、唯一の趣味。
それが、推しを推す事だった。
叶う事ならば、推しを見守る壁になりたい。もっと間近で、推しを見たい。
しかし推しは二次元に存在している……さすがに次元の壁は、超える事が不可能だ。
それでも、コラボカフェに向かう現在、俺の足取りは軽い。
急な仕事の都合で少し遅い時間になってしまったが、まだ間に合う。
俺は、ウキウキしながら道を歩いた。
――車が突っ込んできたのは、その直後だった。俺の最後の記憶は、眩しい車のライトである。そのまま俺は立ちすくみ、光に飲まれるようにして目をギュッと閉じた。