【二】神様
「……っ」
俺は交通事故に遭ったように思っていたのだが、瞼の向こうの光が収束したので恐る恐る目を開けると、そこは真っ白な空間で、豪奢な椅子が一脚ある場所だった。
椅子には白銀色の髪に藍色の瞳をした、一人の青年が据わっている。
その左右には、フェニックスとグリフォンがそれぞれ控えていた。
架空の生物だが、俺はそれを、何度も映画で見た。『永遠のグリモワール』に出てくる神の遣いと同じ姿だったから、すぐにそれだと悟った。
「残念だけど、君は亡くなったよ」
「……!!」
目の前の青年が俺に流すように視線を向けて、水のような静かな声音を放った。
「実は、神子召喚の手違いがあって、『現代ニホン』に影響が出てしまったんだ。ある意味、僕の世界の者の過失と言えるから、救済処置をしなければならなくなって、今僕は君の前に生じている」
「ええと、貴方は……?」
「創造神と呼ばれる事が多いけれど、文献にはシエロと記載される事があるよ」
「はぁ……」
「死者の蘇生は不可能だから、君の魂を転生させるという事で、『こちら』の神々とは話がついているんだ」
「そうですか……」
俺は何処かで聞いた話だなと思った。俺の友人は、異世界転生もののお話が大好きで、こういった展開のお話を何度か語っていたようにも思う。
「丁度僕も、時に僕の手足となってくれる存在を探していたから、ある意味では丁度いい。君には転生後、時々僕の手伝いをしてもらおうと思っている」
「はぁ」
「転生先の僕の創った世界は、君が知る『永遠のグリモワール』によく似ている。元々は、あれを書いた者を神子として召喚するはずだったんだけどね……ある種の異世界予知だったから。でも、失敗は失敗だし、君には十分に知識があるようだから、いいかな」
自称神様はそう言うと、僕をじっと見た。
「転生に際して、何か一つ、願いを叶えるよ。何か望みはある? 僕側の過失でもあるから、多少の無理を言ってもらっても構わないよ」
それを耳にして、俺は目を見開いた。
「あの、それって俺は、『永遠のグリモワール』の世界に行くって事ですよね? 簡単に言うと」
「そうだね」
「だ、だったら! 俺の推し≠ェ存在するって事ですよね!?」
「推し? なに、それは?」
「ええと……ええと……ジェイク・ブライトルという人物は存在しますか!?」
食い気味に俺が聞くと、ゆっくりと瞬きをしてから、神様が頷いた。
それを目にした俺は、ガッツポーズをしそうになった。
「俺の望みは一つです!」
「だから、それはなに?」
「推しを見守る壁になりたい!」
「は?」
「俺、俺、大好きな推し≠フ活躍を、この目で見たいんです! でも、自分は別に関わりたくないっていうか。即ち、壁!」
「……つまり、同じ空間にいても、相手には察知されずに、風景に同化するというような状態でいいのかな?」
「そんな感じですね!」
「ふぅん。では、そういう能力を授けた状態で転生させるよ。君の任意で、魔法陣を脳裏に思い浮かべると、その状態になる。そしてまた、こちらの魔法陣を思い描けば、その力は消える。僕の手伝いをしてもらうにも、『風景同化』の技能は有用かもしれないね」
「? よく分からないですが、俺、は! 推しを見守る壁になりたい!」
「その望み、叶えるよ」
神様はそう言うと、俺に向かって右腕を伸ばした。すると淡い緑色の光が、周囲に満ち始めた。
「それでは君の新しい生が、順調である事を祈る。必要があれば、こちらからも接触させてもらうからよろしくね」
その言葉が終わる前に、俺はそのまま緑色の光に飲み込まれたのだった。