【一】ケース:1 「おはよう」から「おやすみ」までと通話
俺にはそもそもの話であるが、『おはよう』から『おやすみ』までが、分からない。
理解出来ない。
そもそもの俺の生活が不定期で、夜起きたりするからではない。
自分と会っていない時は、自分以外の場面での時間を大切にしてほしいと思うからだ。
俺は、目の前に隆杉がいる時は、スマホ類も一切見ない。隆杉しか見てない。
でも、隆杉はスマホを弄っている。それは別にいい。スマホを弄る隆杉を眺めるのも楽しいからだ。
「……雪永って全然、スマホとか弄らないよな」
「ん? だって隆杉との時間なのに、他の事しないよ?」
「……ほう。それは珍しくデレたと捉えていいのか?」
「?」
「知ってる。違うよな。ただのお前のスタンスだもんな。知ってたよ、俺」
隆杉が何を言ってるのか、俺にはちょっとよく分からなかった。
と――、隆杉とのデートをした翌日、俺はダイレクトメッセージの部屋(と、呼んでいるが、実際の名前は知らない)に打ち込んだ。そこには朝から「おはよう」とか「もう寝るね、おやすみ」とかが並んでいる。
俺は隆杉の邪魔をしたくないし、俺と会っていない時は、好きにしていて欲しいから、隆杉に「おはよう」だの「おやすみ」だのと連絡をした事はほとんどないが、このDM部屋にはちょくちょく打ち込んでいる。
『彼氏がもっとスマホを弄って欲しそうだった』
すると、すぐにDM部屋の人々から返事があった。
『もっとそばにいたいんだよ』
そういうものなのかと驚いた。俺としては、実際に会う以外の、画面越しのやりとりは、画面の向こうにも人がいるとは勿論分かっているが、あくまで業務連絡なのだと思っていた。だからこのDM部屋の存在がちょっと不思議でもあった。もう連絡する用件は無いのに、「おはよう」と「おやすみ」が毎日ある。元々は企画の部屋だった。企画というのは、俺はイラストレーターなんていう仕事をしていて、時々商業(も、界隈以外では言わないらしいが、要するに商業出版系)もしているのだが、その絵師(イラストレーターの事)の集まりのアンソロジー企画であった。
俺はこの部屋を『きっとこれが世に言う、よく話をするフォロワーって奴なんだろうなぁ』と考えていた。そこには「今日の昼食は海鮮丼を食べた」という文言と写真が並んでいる。美味しそうだなぁと思っていた。
……隆杉とやりとりをしている時間より、フォロワーと雑談をしている時間の方が圧倒的に長い。それは間違いがなかった。だが、隆杉側からもDMは来ない。便りがないのはいい知らせだとよく言うし、隆杉は「明日は空いているか?」といった必要事項はきちんと連絡してくれる。実の無い雑談は確かにしないが、必要な事はいってくれるし、愛してる隆杉の貴重な時間を俺に割いてもらうのは悪い。でもフォロワーは、たぶん雑談が好きみたいだから、俺も雑談しても許されるだろう――そんな思考で、俺は打ち込んだ。
『俺は今日、肉じゃがの味見をしたよ』
うん。
そこに意味はなかった。俺の中で、これは世間話であった。イメージでいうと、それをリアルにたとえるならば、道ですれ違った子連れのお母さんが落とし物をして、拾って手渡した際に「可愛いお子さんですね」と本心からの感想をぽつんと投げる程度と同じだ。
そして俺は思う。
大切な人の時間を使うなんて、用件がないのにしてはいけないと。
つまり――雑談で時間を消費させる相手というのは、俺の中で、『大切な個』ではなく『壁打ちなんだけど反応が返ってくる不思議なbot』だったのである。botというのは、設定すると自動的に呟く機能である。
そして俺は、隆杉と付き合い始めて舞い上がっていたが、それをbotに伝える事は無かった。だが、botの事を隆杉には伝えた。
「へぇ。朝晩挨拶して、お昼ご飯の話かぁ。親しいTwitterの人がいるんだな」
隆杉は笑顔だった。
笑顔だったのだが、目が笑っていない気がして、俺は不思議に思ったものである。
「なぁ、雪永。リモートの仕事で、スカ●プもデ●スコードもズー●も、勿論ライ●も全部入ってるんだよ、俺」
「あ、そう? よかったな」
「……いつでも通話できるよ」
「そうだな。今の世の中便利だよなぁ」
俺は直接会う事しか考えていなかったので、まさか『いや毎日通話をしたいんですが?』と暗に言われているとは気が付いていなかった。だって隆杉の家は、俺の家から徒歩五分である。会いたければ会えばいい。
「俺も最近、台湾の友達と毎日話しててさ」
「……俺とは話さないのな?」
「うん? 今話してるだろ?」
「……」
俺はこの時、何故隆杉が遠くを見ているのか、さっぱり分からなかった。
さて、俺のプロフールを綴っておこう。俺は、イラストレーター……絵師だ。元々は、アニメイターだった。在りし日の過去、アニメイター会社には、非公式に(だがほぼ公然とした)ランキングがあった。俺はその中の上から二番目、俗にいうBに属する某社にいた。心当たりがある方も、これはフィクションなので、フィクションとして眺めてほしい。
結果、激務ブラック薄給過ぎて、ある日、吐血した。胃が死んでいた。
そこで療養する事になり、東京から実家のある東北に戻った。
そしてまったりしていたら、再会したのが、地元が同じである隆杉である。隆杉は農地を相続してそちらを経営(作業は人任せ)という、地元の資産家である。つまり暇だ。俺も暇だが隆杉も暇だった。暇だったので、暇同士よく遊んでいたら、恋に発展した形である。そして俺には、過去の職の縁から、リモートで仕事が舞い込み始め、なんとか体調回復後、僻地ながらも在宅で働く事が可能になった。そこに時流としては悲しいが流行病が追い風となり、案件が爆増し、俺は今では、田舎平均よりは稼いでいる。少しでも俺のイラストを好きだと言ってくれる人がいるのは嬉しい。そしてそんな人々も、俺のツイッ●ーをフォローしてくれたりする。それは在住地を問わない。
即ち俺のツ●ッターとは、「微塵なりとも俺に興味を抱いてくれている人(ただし好きとか嫌いは分からない)」と繋がるツールだったのだが、俺はスマホ入力が苦手なので、元々ライ●が苦手で隆杉に言った。まぁラ●ンもPCでも可能ではあるが。
「緊急時は、ツイッタ●でDMくれ」
と。また、デート中も、度々迷子になる俺は、『隆杉(´;ω;`)ウッ…迷子になった(´;ω;`)ウッ…今二階のトイレの前』と、ツイッ●ーで連絡をしていた。ちなみに顔文字は適当である。
するとある日隆杉に言われた。
「俺、衝撃的だったよ。迷子連絡が●インでなく、●イッターって初めてだった」
俺はきょとんとした。
「でもイベントとかでの待ち合わせ、みんなツイッターでしてるぞ?」
「それは、水面下でライ●か、いや、そうでないとしても、いや、いやその、いや……」
「俺がイベント行った時はツ●ッターで連絡したよ?」
「……まぁ、今もお前ツイッ●ーだしな」
「うん?」
「世の中には、ツイ廃って言葉があるらしいな」
「あー、らしいな! 俺、びっくりしたよ。空リプにも全部答えるとか? 無理だよなー!」
「……」
俺は何故この時、隆杉が生温かい眼差しで俺を見て笑っていたのか、理解出来なかった。