【二】他称・悪の組織の目的
拠点である深雪タワーの地下に戻ったリオンは、己の私室へと向かい、服を脱ぎ捨てた。若干腰回りが細いが、綺麗に筋肉がついている肢体は男らしくしなやかだ。浴室へと向かい、頭からシャワーを被る。まだ痛覚遮断コントロールをしているため、怪我が癒えた右腕や腹部に本来は残存しているはずの痛みを感じることもない。
それから髪を洗い、体を流した後、タオルで体を拭き、着替えてからリオンは戻った。そして窓際の青い薔薇を一瞥してから、本日の目的は、 |成功《・・》したと考えていた。
――リオンが直接でた目的、それは注意を惹き付けることだったからだ。
私室を出て、リオンは応接間へと向かう。
「やぁ、リオン様。お会いできて光栄です」
そこにいたのは、県議会議員の |佐久間伸照《さくまのぶてる》だった。丸い鼻に、薄い髪の毛をしている。彼をここに招く際に、気づかれないようにするのが目的で、リオン達はハルキらを足止めしたのである。
「私は何度でも言いますが、闇青国ドゥルンケルハイトの意見に賛同致します」
「……皇帝陛下もお喜びになると思います」
平坦な声で、リオンが言う。
この国には、佐久間議員のように、悪の帝国と呼ばれる闇青国ドゥルンケルハイトの方に賛同する者も、まだ数は少ないが、それ相応に存在する。
「貴方達のクリーンな社会は、いい道標となります。私は、賞賛する!」
野太い声で語る佐久間議員を見て、小さくリオンは頷いた。
その後リオンは、二時間ほど佐久間の話を聞いていた。リオンは頷くだけで、基本的に佐久間が喋っていた。リオンは元々そう口数が多い方ではなく寡黙だが、それ以上に佐久間が饒舌だったと言える。
「それでは、皇帝陛下によろしくお伝え下さい」
「はい」
リオンが頷くと、佐久間がソファから立ち上がった。
日中は気づかれる可能性が高いが、基本的に夜異邦神を放つことはしないので、夜は正義の味方を自称する者達の本部・スフィダンテの監視の目が緩む。それもあって、堂々と佐久間は帰っていった。
その途中で痛覚遮断コントロールが一度切れたので、以後ずっとジクジクと右腕と脇腹が痛んでいたが、佐久間の様子を見計らいながら、それとなく粒輝力を用いて痛覚遮断コントロールを再発動させていた。
戦闘後に、このような会合は、正直辛くはある。
だが、これもまた軍幹部の仕事の一つである。それに、本日は、遠隔ではあるが、皇帝陛下に謁見することに決まっていた。
佐久間を見送ってから、その足でリオンは、謁見の間へと向かった。壁に大型のモニターが設置されている。少しすると、その画面に、ジーク・ドゥルンケルハイト皇帝陛下の姿が映し出された。リオンは深々と頭を下げる。
『面を上げよ。して、進捗は?』
皇帝陛下の声に、幾ばくか迷うように瞳を揺らした後、リオンは正直に答えた。
「異邦神は撃退されてばかりで、お世辞にもなにかが進んだとは言いがたいです。地上の協力者は地道に増やしておりますが、霊脈の封印の破壊は全く進んでおりません」
『そうか。お前には期待していたのだが』
「……」
『続けることは、出来そうか?』
「はい」
リオンは感情の見えない声で頷いた。
リオンにとって、皇帝陛下の言葉は絶対である。期待には答えなければならない。
その上、やはり地上を闇青国ドゥルンケルハイトの支配下に置く方が正しいと、どうしても考えてしまう。
『ところでリオン』
「はい」
『実は、これは最大の機密ゆえ、お前にだけ話しておくが、今リオンがいる国の神話で高天原と呼ばれ語られている天空の国は、実は――』
皇帝陛下が続けた言葉に、普段めったに表情を変えないというのに、リオンは目を見開き、息を呑んだ。硬直し、耳と目を疑う。
『余の用件は以上だ。リオンは、他に何かあるか?』
「……ございません」
『そうか。では、もう下がってよい』
「失礼致します……」
こうしてリオンは退出し、己の執務室へと戻った。
見れば紙の書類が山積みだった。パソコンで資料や報告書を作成し、印刷して提出したり配布したりするのが常だ。これらは地上にきて覚えた技術である。覚えられない者も多いので、配布は紙だ。日本語習得は徹底されていたが、地上の機器まではその限りではない。
「……」
一番上の書類を見れば、明日幹部会議があると記載されていた。
現在この場所では、リオンが最も位が高く、実力もある。そのため、トップ扱いを受けている。だがそれは役職ではなく、見ていた周りからの評価だ。リオンがいないと回らなくなると、多くの者が思っているらしい。
「明日の朝か」
そう考えながら、リオンは書類の処理に取りかかった。
膨大な量の書類に署名捺印をしていく。だが、それらは普段、午後七時には終了となる。帰ると決まっているのである。ただし本日は客が来たり謁見が会ったので、九時まで残業することにした。なお、残業代はきちんと支払われる。九時以降の残業は禁止されていて、万が一見つかると、懲罰対象だ。
そのため九時で切り上げたリオンは、自室に戻り、寝台に体を預けた。
またジクジクと怪我をした箇所が傷み始める。だが疲れ切っていたので、そのまま泥のような眠りについた。
――明くる日。
びしりと黒づくめの正装姿で、リオンは通路をエリルと共に歩いていた。補佐官のような立ち位置でもあるエリルから、事前に必要な情報を聞いた。
会議の場においては、一応議長は別にいるが、皆、最終決定権の持ち主であるかのように視線を向ける先は、リオンである。
会議室に入ると、既に他の面々はそろっていた。
リオンとエリルが着席すると、すぐに幹部会議が始まった。
「――と、いうわけで、霊脈の封印を解く一つの方策として、会津深雪市の深雪神社にある、草薙剣のうつしを奪取するのが有効だと考えられます。あれもまた封印の一つだと判明しました」
街の各地、街そのものが封印といえるのだが、その各所に封印の核となるものがあるのは間違いない。それを聞いたリオンは、皆の視線が本日も集まったのを確認した。言うことは決まっている。
「分かった、俺が直接出る」
こうして、会議が終わった後、その足でリオンは深雪神社へと向かった。神主の姿はない。だから堂々と進み、ご神体である草薙剣のうつし――日本刀を目にした。厳かな気配が漂ってくる。昨日皇帝陛下に聞いた話が脳裏を過ったが、そのことは頭を振って、思考から追いやった。
それを手に、リオンは転移して拠点に戻った。
――草薙剣のうつし奪取は、このようにしてあっさりと成功した。
リオンは一番下の階にある保管庫に、封印の効果を消失させる紐を巻いてから、刀を置いた。
こうして一つ、会津深雪市の封印は解除されたのである。
それを報告すると、皆が、「さすがリオン様」と述べた。
だが、誰にでも可能な任務だったと、リオンは内心で考えていた。
その後、リオンは午後は、書類をこなした。たっぷりとたまっていた書類に、無事腰を落ち着けて着手できたので、彼は非常に満足していた。どちらかというと、刀の奪取に成功したことよりも、書類を減らせる時間が出来たことのほうが、リオンは嬉しかった。