【三】「解決方法は?」「SEXだ」
――封印の一種である草薙剣のうつしが奪われた。
その事実に、正義の味方の本部・スフィダンテには激震が走った。
「まだ悪の組織のアジトは見つからないのか!?」
思わずガイが険しい声を出すと、粒輝モニターに向かってコンソールを叩いているファレルが振り返って叫び返した。
「今やってます!」
「とにかく草薙剣のうつしを一刻も早く――」
「そんなことは分かってます!」
メガネの位置を直しながら、珍しくファレルが怒っている。彼にもまた焦りがあるのだろう。
粒輝モニターでは、粒輝力を使って、指定した条件の対象を、リアルタイムで映し出すことが可能だ。しかしその指定条件に対して、事前に検索不可能として遮断を行うことが出来る。たとえば、闇青国ドゥルンケルハイトの国籍保持者といった指定条件では、何も映らない。それは悪の組織が遮断しているからだ。今回であれば、『草薙剣のうつし』という条件も、既に遮断されていた。
「ん……こんな時に……――ガイ博士、希聖国からの通信です」
「繋いでくれ」
ガイが答えると、モニターの画面が切り替わり、そこには希聖国ポラールシュテルンの総帥であるヒューゴの姿が映し出された。
『やぁ、久しいねガイ博士』
「今、こちらは緊急事態なので手短にお願いします」
『実はねぇ、我が国が受け入れている月冴国シュテルネンリヒトの生存者による自治政府が、今回、他の生存者やその末裔の保護を正式に決定し、希聖国として、それを支援することになったんだ』
「はぁ」
『なんでも、疫病災害の後、大部分の生存者は希聖国へと逃れた。またごく少数は闇青国にいたとも言われている。今回は、地上に逃れた者がいるという調査結果があり、そこで君達にも、地上にいる月冴国シュテルネンリヒトの生存者及びその末裔を探し、保護して欲しいんだ』
ヒューゴ元帥からの突然の依頼に、ガイは舌打ちしたくなった。
「元帥、今は繰り返しますが非常事態なんだ。そんな暇は――」
『こちらも非常に大切な、任務≠セ。将校でもあるガイ博士には、この意味が分かると思うがね?』
ガイは言葉に詰まった。元々は軍の研究所で粒輝力について研究していたため、この通信が軍からの命令だというのは、勿論理解していた。ガイが押し黙ると、ヒューゴ元帥が続ける。
『それに希聖国は月冴国に補償をすると約束している。我々の特性の問題だ。不幸な事件が多発しただろう? 』
ガイが目を眇める。
実は過去、希聖国の人間が、月冴国の人間を欲望のままに蹂躙する事件が多発した。これは、ガイも知っている。その引き金となったのが、お互いの特性だ。
希聖国の国の色に染まった粒輝力の流れる血を持つ人間は、月冴国の国の色に染まった血を持つ者に粒輝力を注ぐと、月冴国の人間の快楽を強制的に煽ることができる。強制的に欲情させることが可能だ。方法は簡単で接触して粒輝力を相手に向かい放つだけだ。最も効果的なのは、体液を相手の体に取り入れさせること――即ちキスやSEXだ。無論希聖国の者にそうされると月冴国の人間は、ただではすまない。よって、希聖国の人間が、無理矢理快楽を与え、月冴国の人間を嬲ったという歴史がある。
中には、自然に恋愛をし、結婚などをした両国の人間もいた。特にそういう者達が中心となり、それらの強制的な強姦行為を犯罪として取り締まるようにと、ずっと提唱してきた。だがこれに関しては、希聖国は保護している側であり強く出て、自分達の非を認めることはせず、自国の人間を罪に問うことはしなかった。今も、天空の希聖国ポラールシュテルンでは、一定の被害がある。逆に、夜の街で性を売る月冴国の人間も珍しくはない。
ちなみにこの、血が国の色に染まるという現象は、特に血液中に粒輝力が宿り流れているために、それぞれの天空の国ごとに、その粒輝力が影響を受けて変化していくことだ。過去の研究では、曾祖父母から曾孫までの間は、その国を離れても、遺伝するという報告がある。他国の血が混じるにつれ、快楽を覚える度合いは減っていくとも言われている。
ともあれ、希聖国ポラールシュテルンは善良な顔をしているが、避難民に無理矢理そうした行為をした過去もあると言うことだ。決してただの正義の味方ではない。だが、ガイはそれを、ハルキに伝える事はしない。
『少しは、我々も保護に動いているという姿勢を見せなければならなくてね。悪いが今日中にその地域の、捜索結果を伝えて欲しい。指定条件は、月冴国シュテルネンリヒト≠セ。見つからなければ、見つからなくても構わない。では、良い報告を期待するよ』
その言葉が響き終わると同時に、粒輝モニターがブラックアウトした。そして少し間を置いてから、元々の捜索用の画面に戻った。同じ場で通信を聞いていたファレルが、座ったまま、ガイを見上げる。
「どうするんですか?」
「……仕方が無い。さっさと終わらせて、草薙剣のうつしの捜索に戻るぞ」
「分かりました。指定条件を月冴国シュテルネンリヒト≠ナ調べてみます」
直後、二人は呆気にとられて息を呑んだ。
粒輝モニターに映し出されたのは、二人から見ると悪の組織の幹部である、リオンだったからである。背後にベッドが見えるので、どうやら私室のようであるが、服装がいつもの通りの黒づくめの正装だった。自宅か、アジトか。ガイは最初にどちらの可能性が高いかと頭を回転させたが、その瞬間、画面越しにリオンと目が合った。
『粒輝モニターか。よく俺の位置が特定できたな』
こちらの探知に即座に気がついた様子で、どこか気怠い声を出し、似たような気配を放つ眼差しをリオンが向けてくる。その瞬間リオンの操作で上書きされ、映像通話状態になった。実際、これまでどんな指定条件でも見つからなかったのだから、偶発的にであるにしろ、これは非常にガイと正義の味方達にとっては僥倖だ。
それからすぐに、ガイは今回の指定条件を思い出し、ハッとした。
「お前、月冴国シュテルネンリヒトの血を引いているのか?」
外見の年齢からして、リオンが生まれた頃には、とっくに月冴国は滅亡していたので、険しい顔ながら、ガイは率直に疑問を投げかけた。
『ああ』
するとあっさりと返答があった。
『それが?』
ガイが言葉を失っていると、何度かリオンが頷いた。
『確かにそれは、指定条件には入れていなかったな』
「――話がある」
そう続けたガイの声に、ファレルは敵とは言え保護をするのだろうかと考えていた。
『なんの話だ?』
「対面して直接話す」
『今言えばいいだろう』
「直接だ」
『言えないのか? 聞かれてはまずい第三者に傍受でもされる恐れがあるのか? 自分達で粒輝モニターを展開しておいて滑稽だな』
リオンの声に失笑が混じった。しかし画面を睨み付けたまま、ガイは動じずに続ける。
「少しで構わない」
真剣なガイの様子を不審そうに見ていたリオンは、それから沈黙を挟み、形の良い目で瞬きをしてから、嘆息した。
『……一ヵ月後の二十一日なら空いている』
ファレルは、まさか譲歩するとは思っていなかったので、驚いた。
そんな彼の横で、ガイが首を振る。
「今すぐ、なるべく早くがいい」
その声に、ファレルは再び驚いた。先に保護の仕事をするのだとしても、別に一人見つけたのだから、それを報告し、保護自体は一ヵ月後で問題が無いように感じたからだ。
『それならば……今、十分程度でいいならば可能だ』
「分かった、それでいい。粒輝転移技術で、こちらへ来られるか?」
『そこは、お前達が自称している正義の味方の拠点だろう? 俺に場所を知らせて良いのか? そちらへ行っても、俺は拘束される危険性はさして感じないが、その場所を知って、今後俺がそれを利用しないつもりもない」
「構わない」
『そこまで言うのならば、いいだろう。覚悟するといい』
そうモニターから声が響いた次の瞬間、二人の背後に立つ気配がした。
振り返った二人の前には、黒づくめのリオンがいる。
「それで? 用件はなんだ?」
リオンの冷淡な声にが響いてすぐ、ガイが一歩前へと出た。
「その口元の布を外せ」
「何故?」
「いいから外せ」
「?」
完全に困惑した様子で首を傾げたリオンに、ガイが繰り返す。
「早くしろ」
戸惑った様子だったが、リオンは素直にネックウォーマーのような形の布を引き下げた。別に顔を見られて困ることもない。それは過去に何度か見せたことがあるからだ。
「これで、い――」
いいか、と。
リオンが聞き終わる前に、唇を唇で塞がれた。何が起こったのか分からず、リオンは目を見開く。するとガイがリオンの胸元の服を掴み、引きよせる。咄嗟の唇を開けたリオンは、すぐにそれを後悔した。薄らと開けた唇から、口腔へと、ガイの舌が入り込んできたからである。慌てて突き飛ばそうと、リオンが片手を持ち上げた、その時である。
――ゾクリ、と。
リオンの背筋に未知に近い熱が走った。
「っ」
舌を絡め取られると、その舌から全身へと、またゾクリという感覚が拡がっていく。大混乱して動きが止まったというよりは、急に降ってわいた熱のせいで、リオンは動けなくなってしまった。
ガイは今度はリオンの顎を持ち上げて、また角度を変えて深いキスをする。
キスをされる度に、不可思議なことに、全身が炙られたように変わっていく。
「――もう十分経ったな。もう帰っていいぞ」
ガイが手を離して告げると、荒く息をしながら、キッとリオンが睨んだ。
唇を震わせており、その瞳は怒りと――艶で濡れていたが、結局リオンは何も言わず、無言で転移して帰った。
「ガイ博士、ちょっと……」
さすがにこれは、見ていたファレルにも衝撃的だった。
「たしか、保護するという話では? 率先して加害者になってましたよね?」
「リオンは確かに月冴国由来の人間かもしれないが、敵であることに変わりはない。保護する前に、倒す――とまでいかずとも、色々聞き出すべき相手だ。違うか?」
「それはそうですけどね。うつしの場所とかうつしの場所とかうつしの場所とか」
「ファレル。そのまま粒輝モニタリングを続けてくれ」
ガイがそう支持を出す。
画面の向こうでは、扉に背を預け、両腕で体を抱き、丁度しゃがみこんだところのリオンの姿がある。真っ赤な顔をしており、涙を浮かべた瞳は蕩けている。一人で震えながら、舌を出して息をしている。映し出されているのを忘れている様子だ。
「敵アジトで映るもの全ての記録も取ってくれ」
「人使い荒いですね、やってますけど。でも、本当にいいんですか? なんだか、泣きそうになってますよ、リオンさん」
「中途半端に粒輝力を注いだからな。本来は、一度注ぎはじめたら、ある程度までは注ぎ続ける。今回みたいに、煽っただけの場合だと、放っておくと熱はどんどん酷くなる。今はまだ序の口だ、きっと夜には立てもしないだろうな」
冷めた表情で蕩々と語ったガイを見て、思わずファレルは怖いと思ったが、余計な言葉は挟まなかった。
画面の向こうでは、ついにガクガクと震えて、リオンが座りこんだ。
いつも毅然としている姿からは考えられないくらい、凄艶だ。
その時、ノックの音がした。
『リオン様、幹部会議のお時間ですので、事前にご確認頂きたい書類が――』
『ッ、少し待て、すぐ外に出る……』
声の主は、音声照合でエリルだとすぐに判明した。必死で立ち上がったリオンは涙が滲む目を、一度ギュッと閉じてから、震える手で口元の布を引き上げた。そして――なんでも無い素振りで扉を開けた。
ガイとファレルからすれば、よく見れば手が震えているし、無理をしているのが分かりきっているのだが、書類を手に持っていたエリルは気づいていないようだ。
「時間が迫っておりますので、歩きながらご報告させて頂きます」
「……ああ、分かった」
こうして二人が通路を歩きはじめた。それに従い、映り出す風景から、敵アジトの構造や構成員などのデータを収集していく。地下十三階の会議室へ到着する頃には、リオンは頷くか首を振るかだけになっていたが、特にエリルはそれでも疑問に思わないようだった。
こうして円卓がある会議室に、二人が入った。
「幹部の生態情報を全て記録してくれ」
「やってます。それと、敵アジトの特定に成功しました。リオンさんの現在地は、深雪タワーの地下です。そこが確実に悪の組織のアジトです」
「よくやった」
「どうします? すぐに踏み込みますか?」
「――まずは、そこに草薙剣のうつしがあるか否かだな。もしあるのならば、服を偽装して、内部に潜り込み、取り戻す方が早いだろう。殲滅するのはその後でも問題は無い」
「なるほど」
そんなやりとりをしつつ、二人はじっとモニターを見ていた。画面の向こうでは、リオンが平然とした素振りで応答している。
「辛いだろうに真面目に会議に出てるのは凄いな」
ガイがそんな感想を零した。
その後会議は、二十分ほどで終了した。するとリオンが誰よりも早く立ち上がり、先に会議室を出た。そしてエレベーターに乗り、その後の通路は早足……次第に走るようにして、自室に戻って鍵を閉めると、口元の布をおろして、床に崩れ落ちた。両手を口に当て、必死で息をしている。よく見れば、瞳にはチカチカと情欲が宿っている。その内、リオンの息づかいがおかしくなった。
「ガイ博士。あれ……過換気症状じゃありませんか?」
「そうみたいだな」
「すごく苦しそうに、泣きながら息をしてますけど……」
「だからなんだ?」
知らなかったわけではないが、ガイには中々に残酷なところがあるなとファレルは思った。ハルキに対するような明るい先生というようなイメージは、もうどこにもない。ここにいるのは、敵を倒すために罠に嵌めた一人の軍人だとしか表せない。
「そろそろ立てなくなるか」
ガイはそう言って腕時計を一瞥した。
だが、画面の向こうで動きがあった。
無理矢理テーブルに手をついて立ち上がったリオンが、卓上にあった煙草のようなものを口に銜えて、火を点けたのである。紫煙が薄暗い室内でのぼっていく。過換気症状の治療として適切には思えないとファレルは考えていたのだが、見ていると次第にリオンの呼吸が落ち着きはじめた。どころか体の震えや、目元の涙も引いている。そしていつも通りの冷酷な目に変わった。それからすぐに、射貫くように、画面越しに二人を見た。
『ずっと粒輝モニタリングしていたのか?』
キッと睨まれ、再び上書きされ映像通話状態になったものだから、焦ってファレルはガイを見る。
『これは一体なんなんだ?』
非常に冷ややかなリオンの声に、ガイが白衣を腕まくりした腕を組んだ。
「そちらこそ、どうやって抑えたんだ?」
『快楽抑制――媚薬対処のための、吸引型の対処薬を今吸引している。見えているのだろう?』
リオンはそう言って、煙草を持つ手を軽く持ち上げた。
『だがこれでは根本的な解決にはならない。これを吸い終わって少し経過すれば、原因を解決しなければ、また同じ状態に戻る。だが、何が起きているのか、俺には分からない』
するとガイが、小首を傾げた。
「お前は、月冴国の人間と希聖国の人間のそれぞれの特性を知らないのか?」
『どういう意味だ? 俺は両親と双方の祖父母が月冴国の人間と言えるから、俺もまたその血を引いているとは言えるが、生まれも育ちも闇青国だ。月冴国に関する知識など欠片もない』
「ほう。純潔なら、なおさら辛いだろうに。教えてやる、いいか? 月冴国の人間――即ちお前は、希聖国の人間、たとえば俺に、粒輝力を注がれると、体が快楽を感じるんだ。その結果、欲情して、今のお前のように、快楽を抑制するような薬が必要な状態になる」
『解決方法は?』
「お前の場合、希聖国の人間の粒輝力がある程度血液中に浸透する状態になれば、収まる。そのために必要な量を計算すると、一番効率的で早い方法は一つだけだ」
『それはなんだ?』
「SEXだ」
『!』
それを聞くと、あからさまに硬直し、リオンが目を見開いた。
唖然とした様子で、こちらを凝視している。
するとガイが顎を少し持ち上げ、ニヤリと笑って続けた。
「どうする? 俺に抱かれるか? そのまま我慢するか? 我慢しても酷くなるだけだが」
その声に、リオンが息を詰める。
それから素早く瞳を揺らしてから、リオンが眉間に皺を刻んで、険しい顔で聞いた。
『一回だけでいいんだろうな?』
「ああ。今の状態は、一度俺と寝れば解消される。だが癖になる者が多い。一回注がれると、快楽の記憶が強すぎて、また欲しくなるようだな。お前がどうなるかまでは、俺は知らん」
せせら笑うかのようなガイの声が響く。これではどちらが悪役か分からないなとファレルは片手で目を覆った。
「抱かれたいなら今すぐ転移してこい。俺の気が変わらないうちにな」
ガイがそういった直後、その真横にリオンが姿を現した。非常に嫌そうな顔をしている。忌々しそうにガイを睨み付けている。
計画通りだと考えながら、ニッとガイは笑う。
それに笑みを返すでもなく、怖い表情でリオンは沈黙している。
「ファレル。俺はリオンと少し移動する。残りの作業は頼んだぞ」
「は、はい!」
ファレルが頷いたのを見て、笑顔で片手を挙げて振ってから、今度は表情を消し、ガイは視線をリオンに流した。
「着いてこい」
歩き出したガイの後に、静かにリオンが従った。