【三】呼び出し







 スマホが震えて青波が帰って行った。その直前でトークアプリのIDを半ば強制的に交換させられ、電話番号等も交換したが――恋人になったなんていう自覚はまるで起きないままで、高良は日曜日を過ごした。日曜日は、青波はやってこなかったし、連絡も無かった。高良から連絡する事もなかった。何せ、用事も無い。

 こうして月曜日が訪れた。

 本日も高良は少し困った顔で笑いながら、真面目に授業をしたが……誰も聞いていない。
騒がしい教室で、生徒達は皆好きなことをしている。高良は気弱すぎて、生徒に注意が出来ない。

 ……。

 こうしてこの日も、授業終了を告げる鐘が鳴った。この後は昼休み、昼食の時間である。
 高良がそう考えた時、ピンポンパンポンというような音がした。

『高良雛瀬先生、五階昼顔ラウンジにて青波悠河第一部隊隊長がお待ちです。至急昼顔ラウンジへ向かってください。繰り返します――』

 ――!?
 高良は目を見開き、唖然とした。何の用だというのか。全体放送で呼び出された。連絡先を交換した意味!!

 それともなにか、仕事関連で呼ばれたのだろうか? 本来、全体放送というのはそう言うときに使われるはずである。

 しかし場所が、昼顔ラウンジだ。この軍施設の中で、二番目の高級店である。一番はレストランで、二番目がカフェである昼顔ラウンジだ。高良は焦った。果たして手持ちの現金及び電子マネーで、昼顔ラウンジの高い値段を支払うことが出来るのだろうか……と。

 しかし公的に呼ばれているのだから行かないわけにもいかない。
 キリキリ痛む胃に手を添えながら、高良はエレベーターに乗った。
 すると乗り合わせた軍人達が、不思議そうに高良を見た。


 高良を知らない軍人はいない。
 十年前に軍学校が出来た時から高良は教師として働いているから、学校を出ていない軍人はいないので、みんなが高良を知っているのだ。全員が、高良の授業を受けたことがある。高良の顔を知らないのは一般職員くらいだ。高良本人は忘れられていると考えているが、意外と高良のことを覚えている軍人は多い。

 視線を感じつつ高良は、青波に呼び出されたせいだと、正確に理解していた。

 泣きたい気持ちで五階で降りて、昼顔ラウンジへと向かう。すると出てきた店員が、高良を窓際の特別席へと案内した。そこには青波が座っていた。店員が引いてくれた椅子に、高良は愛想笑いを浮かべてから座った。店員が去っていく。それを確認してから、高良は高速でちらっとメニューを確認した。うん。払えない! 無理! 高い!

 そう考えてから、高良は改めて青波を見た。

「あの……なにかご用ですか?」
「……」
「用があるにしても……全体放送って……」
「なにか頼んだらどうだ?」
「水で!」
「――それはすぐに帰ると言う意思表示か?」
「違います。ノーマネーです」

 反射的に高良が答えると、青波が腕を組んで首を傾げた。

「出す」
「そう言うわけには……!」
「良いから好きなものを頼め。早くしろ」
「え。本当に良いなら俺、この、キャラメルフラペチーノがいいです」
「――それで昼食になるのか?」
「俺いつも、バナナ味の豆乳が昼食なんで」
「……」

 青波が信じられないものを見るような目つきをした後、店員を呼んだ。そしてキャラメルフラペチーノを注文した。

 青波自身の前には、ホットコーヒーがある。
 キャラメルフラペチーノはすぐに運ばれてきた。非常に美味である。高良は、笑顔になった。それをじっと青波が見ている。

「……」
「……」

 半分ほど飲んだところで、高良はお互いに無言であることに気がついた。そもそも何でここに呼ばれたのか、さっぱり分からない。

 そう考えると気まずくなってきて、無意味にストローで生クリームをかき混ぜてしまった。

「あ、あの、青波隊長」
「なんだ?」
「ええと、ご用件は?」
「……一緒に昼食をと思っただけだ」
「え?」

 高良は純粋に驚いた。青波は顔を背けている。

「……俺に構わず、青波隊長は何か食べてくださいね?」
「俺は既に食べた。これは食後のコーヒーだ」
「あ、そうだったんですか。よかった」
「……」
「だけど全体放送は心臓に悪すぎた! 普通にアプリで連絡を下さい!」
「――逃げられるかと思ったんだ。全体放送なら、絶対に来るだろう?」
「何か重大なお話でも?」
「だから……昼食でもと思っただけだ」

 ここに来て、高良はハッとした。もしかして……恋人同士になったからという気遣いか、と、やっと理解したのである。

「……あの、青波隊長。別に、こ、こ、恋人とか、その、気にしなくても……」
「……」
「本当……全然、あの……」
「俺は恋人とは一日一度は会いたいが?」
「!」
「今後、昼と夜はあけておいてくれ。用事があるときは連絡を」
「え!? そ、それって……毎日って事ですか?」
「ああ」

 あっさりと頷いた青波を見て、高良は気が遠くなりそうになった。しかし、ノーと言えない高良である。

 小さく頷いた……。
 このようにして、月曜日の昼食の時間が流れていった。