【四】間違っている優しさの発揮と呼び方(★)
――夜。
食後、シャワーを浴びた高良は、リビングの座布団の上で、無駄に正座をしていた。
『昼と夜はあけておいてくれ』
青波の言葉が、高良の脳裏で甦る。用事があったら連絡と言うことは、会う方が前提らしい。
インターホンの音がしたのは、午後九時半過ぎのことだった。ビクリとしてから玄関へと向かい、モニターを見ればそこには青波が映っていた。
考えてみると他の教職員に青波の姿を目撃されて関係を聞かれても困る。
そう気付いて、慌てて高良は扉を開けた。
「どうぞ……!」
「失礼する」
入ってきた青波の後ろで、扉が閉まる。不意に高良を後ろから青波が抱きしめたのは、その直後のことだった。
高良も背が低いわけではないが、青波は特別に高い。
長い腕で高良を抱きしめ、ギュッと力を込めた。
驚いて硬直した後、高良が振り返ると、今度は青波が両手で高良の頬に触れ、チュッと唇に触れるだけのキスをした。
高良は完全に真っ赤になった。
なんだこれは。まるで本当の恋人のようだ――いや、本当に現在の自分達は恋人なのか? と、焦る。
「寝室は奥か」
「……!!」
それを聞いて、高良は硬直した。前回は土曜日だったから、翌日曜日にゆっくり休んで回復できたが、明日は学校だ。
「青波隊長……」
「ん?」
ブーツを脱いで、青波が中に入る。リビングへと進んでいく青波を、高良は追いかけた。
「今日は、できません」
「何が?」
「え……そ、その……」
口に出すのが恥ずかしくて、一時口ごもったのち、高良は勇気を出した。
「SEXです……!」
真っ赤になって目をつぶっている高良。振り返った青波が、じっと高良を見ている。
「どうして?」
「だって明日学校だし」
「俺も仕事だが?」
「俺と青波隊長では体力が……何回もするし、激しすぎて、丸一日は動けないから……つまり無理!」
高良が述べると、青波が親指で唇を撫でた。
「では、優しく一回だけ」
「え」
「それが望みだろう?」
「!?」
「寝室へ行く。服を脱げ」
青波が寝室の扉を開けた。中へ入りながら首元を緩めている。後ろからゆっくり続いた高良がおろおろしていると、上半身の服を脱いだ青波が言った。
「脱がせて欲しいのか?」
「あ、一人で平気です……」
何だか青波に丸め込まれているような気分になりながら、高良もTシャツを脱ぎ、下衣をおろした。お互いに最初から全裸で事に及ぶのは、初めてのことである。青波は手にローションのボトルを持っている。高良はチラリとベッドを見た。
「上に。膝を立てて横になれ」
「……」
こうして夜が始まったのだが、高良はすぐに泣き叫ぶことになった。
「う、うあ……あ……も、もう……いゃぁ……」
一時間もかけて高良を指でゆっくりとほぐした後、漸く挿入したと思ったら青波は全然動いてくれないのである。もどかしすぎて全身が小刻みに震え、快楽がせり上がってくるのに果てられないものだからボロボロと高良が泣いた。
「いや? 可能な限り優しくしているが?」
「嘘つき……っ、嘘……あ、あ、ああああ、待って……も、もう、俺、ぇ……」
イきそうだとうったえると、完全に青波の動きが止まる。
「やだ、なんで――あ、ひぁ」
「一回だけなんだろう? 大切に味わう事に決めている」
「お願い、お願っ、ぁ……も、もう、ダメ、あ、あ、あ、あ、あああ……おかしくなる。お願い動いて」
「今も優しく動いてるだろ」
「いや、いや、あ……もっと、ぁ、もっと……あ、あ」
「どんな風に? 激しくしてはダメなんだろう?」
「激しくて良いから、ぁ……ああああ、あ、青波、ひ!」
高良が名前を呼んだ瞬間、ガンガンと激しく青波が打ち付け始めた。その衝撃で高良は果てた。
――事後。
ぐったりとしている高良を、ベッドサイドに座った青波が見ていた。
気怠い視線を高良が向ける。
確かに動きは優しかったかもしれないが、あんなに焦らされるというのはただの意地悪だ。
「……次からは、時間制限も設けないと、青波隊長には伝わらないみたいだな……」
「青波で良い」
「ん?」
「呼び捨てで構わない」
「――お前が生徒だった頃はともかく、今は立場が違うからなぁ」
「呼べ」
「……ふ、二人だけの時なら!」
高良が折衷案をひねり出すと、青波が顎で頷いた。
そして青波は、横になっている高良の目を見た。
「高良」
「ん?」
「――高良先生」
「だからなんだ?」
「高良」
「? なんだよ?」
「俺は高良と呼ぶ」
「好きに呼べば良いだろ?」
高良が首を捻っていると、青波が小さく苦笑した。その表情の意味は分からなかったが、眠くなった高良は目覚まし時計をセットする。
「おやすみ。青波も早く帰って寝るようにな」
しかし確かにこっぴどく抱き潰されなかったからなのか、翌日高良の体は大分楽だった。
それにほっとしながら朝、職員室に顔を出した後、担任をしている一年S組へとSHRのために、高良は向かった。
十人の生徒達は既に教室に着ている。
チャイムを聞いてから扉を開けた高良は、微笑を浮かべた。
「おはようございます!」
高良の言葉に座っていた生徒達が顔を上げる。SHRの時間は、生徒達も高良の話す事務連絡を真面目に聞いたり、出席確認に返事をしたりする。授業の他は、朝夕のSHRが高良の主な仕事である。
一名一名の名前を呼び、今日も全員が来ている事を高良は確認した。
この後は一度職員室へと戻る。それがいつもの事なのだが――……
「高良先生、質問があります」
珍しく高良は生徒に声をかけられた。
「なんだ?」
「青波隊長と親しいんですか?」
その言葉に高良が息を飲む。クラス中の視線が集まっている。硬直した高良は、別に恋人同士かと聞かれているわけではないはずだと、考え直す。全体放送で呼び出されたからだろう。
「えっ……と……教え子だよ」
高良が答えると、珍しく生徒達がキラキラした瞳で高良を見たのだった。
滅多にこういう眼差しを向けられる事は無いので、高良は複雑な気分になった。同時に、やはり青波の人気はすごいのだという事も改めて理解する。
それはこの日の合同授業の時も同じだった。
珍しく生徒達の多くが高良を見ていて、滅多にない質問をされたと思ったら――青波についてだった。
「青波隊長は、どんな学生でしたか?」
その言葉に、高良は記憶を掘り返した。まずテストの成績はトップクラスだったと言える。しかし高良のテストは簡単なので、みんなトップクラスだ。では、授業態度は――……
「いつも前を見ていて、教えている俺をじっと見て、俺の言葉に頷きながら耳を傾けていて……うん。非常に真面目だった」
みんなが尊敬したような眼差しになった。
こうして授業を終えて職員室へと戻りスマホを見ると、『急な出撃で今日は昼は会えない』と、来ていた。『了解』と返しつつ、やはり現実感はわかない。
この日は、バナナ味の豆乳を昼食とした。
放課後になり、定時になり、高良は帰宅した。
夕食を食べ、入浴を済ませ、午後の八時を迎えた。インターホンがなったのは、その時である。青波だろうと考えて、高良は玄関に向かった。モニターにはやはり青波が映っている。
「こんばんは。出撃だったんだろう? お疲れさま」
高良が微笑すると、青波が目を丸くしてから、小さく頷いた。一歩高良が下がって中へと促すと、青波が入ってくる。
それから高良は、コーヒーを二つ用意した。それをテーブルの上に置いてから、高良は小さく苦笑した。青波は口布を下げて首元を緩めている。
「今日な、生徒達お前のことを沢山聞かれたよ。やっぱり全体放送での呼び出しは目立ちすぎだったんだな」
「俺のこと? 例えばどんな?」
「どんな生徒だったかとか」
「――高良は、生徒だったときの俺を覚えているのか?」
「当然だ。俺、生徒のことは、みんな覚えてるよ」
懐かしくなってニコニコ笑っている高良を見て、青波が座りながら吐息した。それからカップを手に取る。
思えば、この部屋で雑談をしたことは、まだ無かった。
「青波こそ、俺の事なんて忘れていただろう?」
高良が苦笑すると、コーヒーを飲みながら、青波が目を細くした。
「……」
「青波?」
「俺はお前を忘れたことはない」
「そうか。何だか嬉しいな。俺ってほら、印象薄いだろうし」
みんなあんまり高良の授業を聞いていないから、高良はそう考えているのだった。