【五】飲み物の温度は問題ではない







「でも青波は、本当に真面目だったよな。いつも前を見ていて」

 思い出して懐かしくなりながら、本日繰り返し語った事を高良が述べる。

「……俺はお前を見ていたんだ」
「うん? まぁ、俺は先生だったからな。教師の目を真面目に見て授業を受けてくれる生徒は、頑張り屋さんだなって俺は思う」
「そう言う意味ではない」
「ん?」
「だから、そのままの意味だ。俺は高良を見ていたんだ」
「うん?」
「つまりその頃からずっと俺は――」

 青波が言いかけた時、スマホが通知音をたてた。すると顔を歪めてから、嘆息し、青波が携帯端末を取り出した。そして画面を見るといよいよ苦い顔つきになった。

「――緊急招集だ。行ってくる」
「ああ。気をつけてな」

 頷きつつ高良は、何か言いたそうだったなと考えた。だが、引き留める訳にもいかなかったので、エントランスまで青波を送っていった。笑顔で見送る。部屋を出ると青波は足早にエレベーターの方へと向かっていった。その姿が遠ざかってから、高良は扉を閉めた。

 そして腕を組む。

「今日は『オーグ』の襲撃が多いんだなぁ」

 襲撃は、一度あると連続する。というのは、時空の割れ目が消失するまで、オーグが落ちてくるからだ。軍人は、最終的にはオーグの討伐のほか、陰陽力にて時空の割れ目を閉じる事もまた任務となる。大本の大きな時空の割れ目のほかに、小さな割れ目が度々出現する。

「中々閉じないんだろうな、今回の時空の割れ目は……」

 周囲には実務経験がないと考えられている高良であるし、実際に軍学校で学んだ事もないのは事実だが――高良は、過去に時空の割れ目やオーグと関わった事がある。それが理由で、養成学校が出来てすぐ、教職を勧められた。

「……」

 教師になる以前の、二十二歳までの記憶――一般的な大学生だった頃の事を、時々高良は思い出す。しかしすぐに忘れる事に決め、高良は青波の無事を祈りつつ、シャワーを浴びてから眠った。

 こうして青波と付き合い始めて、五日目が訪れた。
 職員室へと顔を出してから、教室へと向かう。
 そしてSクラスのSHRを行った。本日の教室は、昨夜の緊急招集の噂で持ちきりで、生徒たちは口々にオーグについて語り噂話を交換していたので、誰も高良を見なかった。オーグについてのニュースも、タブレットに流れてくる情報の方が早いので、誰も高良の話は聞いていない。それでも高良は、『心配は不要だ』と、元気づけるように口にした。それが教師としての務めだと考えていたからだ。

 その後、授業が始まった。本日も合同授業であるが、誰も高良の話を聞いていない。そのままほぼいつも通りの光景がはじまり、昼休みにはバナナ味の豆乳を飲み干して、午後も授業を担当してから、高良は定時に帰宅した。

 すると、扉の前に青波が立っていた。
 驚いて目を丸くする。

「青波!」
「なんだ?」
「な、なんだっていうか……無事そうだな。良かった――こ、ここにいつからいたんだ?」
「二時間ほど前に時空の割れ目を完全消失させた結果、休暇を得た」
「そ、そうか」

 高良は思わず周囲を見渡した。二時間もここに……。
 二つの意味で胸が痛くなった。

「連絡をくれればよかったのに」

 思わずそう告げる。疲れているだろう勤務あけの青波隊長を立たせておいた事に、教え子をねぎらう優しさを持つ高良は罪悪感を覚えた。なおもう一つは、ここは教職員寮であるから、絶対に目撃者がいるはずだという、やや引きつった笑顔を浮かべてしまいがちになる懸案である。

 慌てて鍵を開けて、高良は室内を見た。すると青波が続けて入ってくる。
 その姿を確認してから、高良は少し考えるような顔をした後、郵便受けの中に手を突っ込んだ。そして合鍵を取り出した。

「これ」
「っ、高良、これは?」
「青波はその、目立つからな……次からは、これで入っていてくれ」

 高良がそう述べた。次もあるのか否かを考える事は特になかった。

「大切にする」
「大げさだなぁ」

 苦笑しつつ、高良は真っ直ぐにキッチンへと向かった。そして手を洗ったのち、冷蔵庫を見る。

「コーヒーとジュース、どっちが良い?」
「どちらでも」

 それを聞いて、高良は珈琲を二つ用意し、リビングへと向かった。
 青波はカップを一つ受け取ると、細く長く吐息した。

「お前を見ていると、ホッとするな」
「俺? そうなのか?」
「ああ。高良、こっちへ来い」
「ん? う、うん」

 求められたので、それまで正面に座っていた高良ではあったが、青波の隣へと素直に移動した。するとカップを置いた青波が、高良の肩を抱いた。

「少し疲れた」
「だろうな。働きづめだもんな。無理はするな、って言いたいけどな、隊長職は色々大変だろう? 無理をしなきゃいけない時もあるんだろうなぁ……」
「別に弱音が吐きたかったわけじゃないんだ」
「俺で良ければいくらでも聞くけどな?」
「――疲れたから、少し横になりたい」
「ん? ああ、ベッドなら貸すけど?」
「そうじゃない。高良と寝たいという話だ」
「添い寝か?」
「ヤらせろという話だ」
「!」

 そのまま強引に口づけをされて、高良は目を丸くした。
 珈琲は冷めるはずで、ジュースは氷が融けるだろうから、どちらでも問題ない――そんな思考を青波がしているとは、考えてもいなかった。こうして飲み物を味わう前に、高良は己の家であるのに、引き摺られる形で、青波に寝室へと連行された。