【六】騎士の来訪
珈琲の豆は、王国の南方で採れるものや南隣の国からの輸入品だ。魔術製法で粉にされているものが多いが、ファレルさんは自分で豆を挽くのが好みらしい。
俺とファレルさんの前には珈琲が入るカップが、キルトの前にはミルクの入る皿が置かれたが、キルトは飲まない。実際、動物の猫にもあまり牛乳はよくないと聞いた事がある。
「ジェイスは私に気をつけるようにと言うが、そしてその心配してくれる優しい心は嬉しいが、キミも気をつけるようにねぇ。人間による人間への加害のほうが、世界には圧倒的に多い」
カップを器用に持ち上げて、そう言ってからファレルさんが飲み込んだ。
頷きながら、俺も珈琲を頂く。
扉の向こうから鐘の音がし、勢いよくアトリエの扉が開いたのは、その時のことだった。
「失礼する。王国騎士団第二師団の者だ」
入ってきたのは二人連れの騎士で、声を上げた青年に俺は見覚えがあった。兄上の同級生であり、こちらも二十七歳で、師団長を務めているヴァレンさんだったからだ。ヴァレンさんはダイヤを家紋にもつ公爵家の人間でもある。
もう一人は、どこかで見たことがあるが、咄嗟には思い出せない騎士だった。装束で騎士だと分かる。
二人は俺を見ると、どちらも驚いた顔をした。ヴァレンさんはともかく、やはりもう一人もどこかであったことがあるのだと思う。
「ジェイスじゃないか。ここで何をしてるんだ?」
「あ、ちょっと珈琲をご馳走に……俺はそろそろ帰りますので」
慌てて俺はカップの中身を飲み干す。
「王国騎士が、私になんの用かね?」
ファレルさんはそう言いながら、ゆっくりとカップを傾けている。第二師団というのは、主に王都の治安維持を担当している存在だ。犯罪者の摘発や、事件の捜査、取り調べなどを行う。第一師団が魔獣討伐を主要な任務としており、第三師団は国境警備だ。
「最近起きたぜんまい狩りのことで少し話を聞きたいんだが……」
ヴァレンさんはそう言うとチラリと俺を見た。慌てて俺は立ち上がる。邪魔をしては悪いだろう。
「ファレルさん、ご馳走様でした。行くぞ、キルト」
「キース、ジェイスを送ってくれ」
「はい」
キースと呼ばれた騎士が、静かに頷いた。俺は見覚えのあるその青年の揺れるタークブロンドの髪と目を見て、慌てて首を振る。
「あ、一人で大丈夫なので」
「――ジェイス。自分の身分を考えるように。グレイグが知ったらまた心配するんじゃないか? いくら王都の治安がいいといえども、公爵家の人間が供の一人もつけず」
「……」
俺は曖昧に笑った。キルトがいるから大丈夫だという感覚が強かったが、返す言葉がない。
「とにかく、キースにきちんと送ってもらうえ」
ヴァレンさんはそう述べると、ひょいひょいと手を振った。キースさんが会釈をしてから、改めて俺を見る。
「参りましょう」
「え、えっと……はぁ……はい」
こうなっては仕方が無いと考えて、俺は素直に送ってもらうことにした。
とはいえ外食予定であるから、大通りまで出たら、適当な理由をつけて別れようと考える。
こうして俺は、キルトとキースさんと共に、黒のアトリエを後にした。