【3】「開けておけ。最後の客だ」(☆)
さて、翌日からであるが――喫茶店側、全くと言って良いほど、客が来なかった。
近隣に競合店があるわけでもないし、立地が悪いとも言えない。
小さなスーパーの近所だから、一服には最適だし、駅から住宅街に向かう途中にある。
なおその住宅街を抜けた先には、廃寺に近い、ほぼ檀家ゼロのお寺があるそうだ。
何故そんな事が分かるかと言うと、喫茶店とは異なり繁盛しているマッサージのお客様が話していくからだ。話すというよりは、僕が心を読んでいるだけだが。
――すごい!
――なんだこのマッサージは!
――まるで藍円寺の住職さんに、運良くお祓いしてもらえた時の如し!
まぁ、大体こんな事を、マッサージのリピーターが、特に考えている。三日目からはリピーターがついた。必要性に疑問があったリストは大活躍中であり、順番待ちの人で、喫茶店の椅子も埋まっている(しかし、カフェ目的での来客者はゼロだ)。
開店から早二週間。喫茶店用では無い椅子が、店内に五、外に二十ほど増加した。
全部埋まっている事も珍しくない。
では、ローラは懸命に働いているのか……? 否である。
ローラは、人間に簡単な暗示をかける事が可能だ。
そのため、マッサージスペースに呼んだ後、ぼんやりさせて、マッサージをした気分にしてから、最後としてパンパンと除霊を行い、「終わりましたよー」として完了している。初日の一人目以降、一回もマッサージを実際にはしていない……。僕は何も言うまい。上手いマッサージをしたと暗示で思い込む方が、下手くそなローラのマッサージを受けるより、あるいは幸せなことであると思うから。
そんなこんなで、僕は、藍円寺さんとは、どんな人なんだろうと思いつつ、リストの管理に追われていた。
今日は、雨だ。比較的雨足が早いせいなのか、客も少な目だった。
閉店作業をしつつ、それでも一枚に三十名名前が書ける所、三枚も埋まっているのだからすごいよなと思う。一人しかマッサージ師はいないが、客は複数いると信じている。だから回転の速さを誰も疑問に思わないらしい。そういう暗示も混じっているのだ。
「ん」
僕は、外扉の窓を吹きながら、動きを止めた。
非常に強い思念を持つ人間が、この店に向かって歩いてきたからだ。
――何というか、霊能力と俗に呼ばれるような力が強い人物の場合、他の一般人よりも、僕には、はっきりと心が読み取れるのである。さらに強力な力を持つ場合は、見えないように遮断されるので、一切読めなくなるが、多くの場合はダダ漏れに感じる。
僕は目を閉じて、雨の中を歩くその人物を透視した。
黒い傘をさしている。
目的地は、確実にこのお店だった。
気配を感じて振り返ると、ローラが僕を見てニヤリと笑った。
「開けておけ。最後の客だ」
頷きながら、僕は扉の鍵を回した。
そして、ささっと、まだ開いている風に、各箇所を整える。
そうしていると――ギギと音を立てて、扉が開いた。
傘を閉じながら入ってきた客を、僕とローラは、ほぼ同時に見た。
「まだ、開いているか?」
「ええ、開いていますよ」
答えたのは、ローラである。
入ってきた黒髪黒瞳の青年は、切れ長の目を僅かに細めると顎で頷いた。
第一印象は、『偉そう』という感じである。物言いも、どことなく上目線だった。
――僕には、それが意外だった。先程まで読んでいた彼の内心と、著しく違うからだ。
まぁ、よくある事ではある。人間とは、見た目によらない生物だ。
それが面白いのだろう。そう考えながら、リストを見て、僕は目を見開いた。
短髪の客は、リストに『藍円寺享夜』とあった。
アイエンジキョウヤ……?
これは、噂に聞く――藍円寺の住職さんの名前だ!(と、僕は知っていた)
小さく息を飲み、僕はマッサージスペースへと視線を向けた。
すると、ローラも気づいているらしく、僕を見てニヤニヤと笑った。
楽しそうだ。
――俺達に気付いた様子ゼロだが、お手並み拝見だな。
わざとらしく、ローラが僕に感情を読ませた。吹き出しかけたが、僕は平静を装う。
藍円寺さんは、見ていると(透視)、ローラに促されて、寝台にうつぶせになった。
住職さんだと聞いたが、私服なのか、それともいつもの事なのかは不明だけど、白いシャツとカチッとしたジャケット姿だった。結構洒落ているし、似合っている。それを着替えた上で、マッサージが始まった。
なんと――……今回、ローラは、実際にマッサージを開始したのである。
暗示では無い。勿論、暗示もかけていた。『今から始まるマッサージは非常に上手い』という、いつもかけるものだ。だが、マッサージも本当に開始したのだ。
暗示によりどこかぼんやりとしている藍円寺さんの、マッサージ用バスローブの紐を、あっさりとローラが解く。結果、下着のボクサー以外、肌を露出した形で、今度は藍円寺さんが寝台に仰向けになった。その肌に、ローラが触れる。
最初は、頬。次に唇――まぁ、この時点で既に、マッサージとは言えないだろう。
僕にはすぐに分かった。ローラは、二週間目にして、ようやく『現物(食料)』候補を見つけ出したのである。実際に吸血する前、ローラは、より美味しく喰べられそうな場所を物色する癖があるのだ。
薄い藍円寺さんの唇を、ローラが何度かなぞる。それから顎を持ち上げ、じっと藍円寺さんの顔を覗き込んだ。とろんとした瞳の藍円寺さんは、されるがままだ。首筋をローラの指が撫でていき、鎖骨をなぞる。すると藍円寺さんが小さくピクンとした。
そのままローラの手が胸の突起まで降りて、まるで愛撫するかのように、優しく弾いた。
「ぁ」
すると、藍円寺さんが声を漏らした。異性愛者の僕まで、ちょっとグッと来る嬌声だった。これは、別に彼が感じやすいから声が出てしまった、とかではない。ローラの指先が、吸血活動を容易にする為に、人間に快楽を与える能力を最初から備えている事と、暗示のせいで声を堪えるという概念が欠如してしまっている事が理由だ。
ローラの指先が、藍円寺さんの腹部まで降り、これだけは本当にマッサージ風に、骨盤部分をぎゅっと押した。しかしその強さが優しく甘かったらしく、藍円寺さんが震えた。見れば――ボクサーの中で、既に藍円寺さんのモノが反応しているらしかった。
それから太ももの付け根を、ローラが撫でる。ローラがお気に入りの吸血箇所の一つだ。理由としては、人間が痕に気づきにくいという事もあるのだろうが――ローラが好んで吸うのが血液だけで無い事も、大きな理由である。ローラは、人の精液や愛液も大好物なのだ。中でも男性が好きな理由は、陰茎から精液を飲みやすいからだと語っていた事がある。
「ぁ……ァ……ぁ、ぁ……」
藍円寺さんが瞳を涙で滲ませた。息が少し上がっている。色っぽいなぁと僕は透視してしまう。盗み見ているようで悪いが、僕はローラの吸血風景を見るのが、比較的好きなのだ。
藍円寺さんの下着の上から、ローラが非常に緩慢に性器を撫で上げた。
するとぶるりと藍円寺さんが震えた。その瞳が、更なる刺激を懇願しているのが分かる。濃い灰色の下着を、先走りの液が濡らしている。既にキツそうだ。ニヤリと笑ったローラが、下着を太ももまで下げると、とっくに反り返っていた藍円寺さんの陰茎が空気に触れた。今度は直接、その筋をローラが指でなぞる。
「ああっ」
悶えた藍円寺さんが、僅かに体を退こうとした。
しかし、ローラはそれを許さず、腰を強く抱き寄せた。
そして片手で陰茎を握ると、それを少し早めに動かしながら、左の乳首に吸い付いた。
「うあっ、ァ、ああっ! ぁ、ア、あン――」
「俺のマッサージ、気持ち良いだろ?」
「あ、あ、ああっ、ン、んっ!! あ、出る、うあ、嘘」
「ダーメ。俺が満足するまで、許さん」
「ぁ、ぁぁぁ、あ、ああああ」
ローラの手が、藍円寺さんの根元を戒めた。
むせび泣く藍円寺さんに気をよくした様子で、ローラは左の乳首を唇ではさみ、舌先でチロチロと乳頭を嬲っている。いやいやとするように、藍円寺さんがギュッと目を閉じて頭を振っている。
どこか俺様風だと先程まで外見的に感じていたせいか、子供のように涙する藍円寺さんに、僕は正直楽しくなってきた。虐めがいがあるタイプというのは、彼のような人物の事だろう。僕がこう言う気分なのだから、ドSのローラなんて、愉快で仕方がないはずだ。
「ぁ、ぁ……ゃぁ……あ……ああっ」
「左の乳首、気持ち良いんだろ?」
「やぁっ」
「右も触ってもらいたいか? 初めて触られた左乳首に夢中みたいだが」
「ぁ、ぁ、触ってぇっ」
「じゃ、下は我慢だ。いいな、これは『命令』だ」
ローラが暗示をかけた。可哀想な事に、これで藍円寺さんは、自分意思では射精が困難になってしまった。暗示は、肉体にも効く。限界が訪れない限りは、暗示が優先されるのだ。そして限界というのは、死傷するような場合なので、基本的に訪れない。
「出したい、出したい、ア!」
「でも、乳首も気持ち良いんだろ?」
ニヤニヤしながら、ローラが左の乳首を甘く噛む。そして右の乳首は、強めに指で摘んだ。それから指を振動させるようにして乳首を弾く。藍円寺さんが背を反らせた。ボロボロと泣き始めた。喉を震わせながら、快楽に堪えきれない様子で震えている。
「うああ、ああああ、待ってくれ、あああああ」
「んー、どこから吸おうっかなア」
「あ、ハ、ああっン」
両方の乳首を散々嬲られた藍円寺さんは、陰茎を固く張り詰めさせている。
その瞳のそばの涙を、ローラが舐めとった。藍円寺さんは、僕から見ても色っぽい。
舌を覗かせて必死に吐息している。
「やぁっ……ッ、ンぅ」
ローラが、藍円寺さんの下着を取り去り、陰茎を舌で舐めた。筋を何度か舐めた後、口に含む。そしてしゃぶり始めた。藍円寺さんが号泣した。イきたくてイきたくて仕方が無いと伝わってくる。しかし、肉体的に暗示のせいで、果てられないのだ。強すぎる快楽から、藍円寺さんが両手でローラを押し返そうとする。しかしローラの髪の毛をかき混ぜるだけの結果に終わった。
「あ、ああっ、ン、あ、ああ! 頼む、頼むから、も、もう出させてくれ」
「イかせてくれ。言い直せ」
「イ、イかせて……ああンっ」
「ローラ様のお口に出したいんですっ、って、言ってみろ」
「ロ、ローラ様のお口に……ぁ……出したいんです……」
「やり直しだ。最後の『ですっ』の小さい『っ』が重要なんだよ。可愛らしく言え」
「だ、出したい……ですっ、ぁ、ぁ、ああああああああああああ!」
淫語(?)を言わせた後、ようやくローラがイかせてあげた。
しかしこれは決してご褒美では無いだろう。
単純にローラが食事をしたかったに過ぎないはずだ。
現に、実に美味しそうに精子を飲んでいる。
――僕らが人間と同じ食事をするのは、ただの娯楽である。
「うああああああ、や、そんな所、あ!」
ローラが、藍円寺さんの後孔に指を二本同時に入れた。マッサージ用のオイルをつけてはいるが、すんなりと入ったのはそれが理由ではない。ローラの体が、人間に対して、性行為をしやすくする特質を持っているおかげだ。ローラの指が入る時、それは男女も処女童貞も何も問わず、百戦錬磨の壺のように、人間の体は解れる(と、読んだ事がある)。
「嘘、嘘、あ、ああ!」
「ほら、全部入った」
「嘘、あ!!!!」
「嘘? 気持ち良いのが嘘だって?」
「あ、あ、あ」
「嘘じゃないだろ? こうすると、もっと良いだろ?」
「うああああああああ」
ローラが指で藍円寺さんの中をかき混ぜる。すると声を上げた藍円寺さんがボロボロと泣き出した。しかしその瞳には、快楽しか宿っていない。完全に震えている唇が、初めての刺激の虜になっている様を象徴している。
「へぇ、ココか。ココが好きなのか?」
「いやあぁっ、あ、あ、あああああ!」
「前立腺っていうみたいだぞ?」
「あ、ああっ、は、あ、ああっ、あ、嘘、ま、また出る」
「後ろを弄られただけで、果てる。今後は、永劫お前の体はそうなる」
「うああああああああああああああああ」
藍円寺さんが射精した。そのままローラの腕の中に崩折れた。
肩で息をしている藍円寺さんを、ゆっくりとローラが横にする。
そして、一体どうやっているのかは不明だが、下着を洗濯済のように綺麗にし、それを穿かせ、バスローブも着付けた。そうして藍円寺さんの呼吸が落ち着いた頃、指をパチンと鳴らした。暗示を解いたのである。この合図によって解ける暗示と、解けない種類の暗示が存在するらしい。解いた直後、数分間は、人間はぼんやりとしている。その、まさに現在、ローラが藍円寺さんが大量に体にまとわりつかせていた弱い霊達を全て祓った。手で払ったのである。霊能力が強い人間には、それだけ多くの霊がまとわりつく。本当に強い、それこそ職業的な除霊師等には、逆に一般人よりまとわりつく霊は少ないが。
「終わりましたよ」
ローラが、先程までとは著しく異なる微笑を浮かべた。
藍円寺さんが、我に返ったように大きく目を見開き、上半身を起こした。
――すごい!
――なんだこのマッサージは!
――まるで本家のご隠居に肩揉みしてもらった時のような感覚だ!
僕は、藍円寺さんには藍円寺さんなりの藍円寺さん(じゃないけれど)が存在するんだなとは思いつつ、藍円寺さんもまた、他のお客様達と変わらない感想を抱いた事に少しホッとした。
「……また来る」
こうして、藍円寺さんは帰っていった。
僕とローラは笑顔で見送ってから、閉店作業を再開した。
「美味しかった?」
「おう。血を今日は我慢しても良いかな程度に、美味い汁をご馳走になったな」
「へぇ。珍しいね。大好物とは言え、血も、いつもはとるのに」
「――ま、気分だな」
「ふぅん。また来てくれるかな?」
「絶対来るね。断言しても良い。あいつ、相当、微弱霊魔被害の頭痛肩こりに悩んでた」
そんなやり取りをしながら、僕達は笑いあった。
人間の感性だったらきっと、笑い事では無いのだろうが、僕達は妖怪である。
僕は、そう考えながら、店の外にCLOSEの看板を下げた。