【4】好奇心(☆)



 それから僕は、好奇心で、藍円寺さんについての情報を収集した。
 何でも、廃寺に近い藍円寺の住職さんは――……除霊でご飯を食べているらしい。
 凄腕のお祓い屋さんなのだと評判だ。

 藍円寺をキーワードに、やって来たお客様の心を読むと、ほぼ十割、そんな評価が出てくる。うちに来る住職さん――藍円寺享夜さんは、三人兄弟の末っ子らしい。末っ子とは言うが、年齢は今年で二十七歳だと聞いた(読んだ)。

 この土地のすごい所は、当初に聞いていた通りで、心霊現象を受け入れている住人が多いという所である。そちらをキーワードに検索すると、『名門・玲瓏院』と、最初に出てくる。そちらが、元々の藍円寺さんの本家でもあるらしい。

 先祖を遡ると、玲瓏院家もお寺だったらしく、そこから別れたのが、この小さな集落の藍円寺なのだという。だから分家みたいだ。玲瓏院の方は、あんまりにも除霊能力に長けすぎていて、その昔、時の偉い人に『今日から、寺ではなく院と名乗るように』と言われたという経緯により、玲瓏院になったらしい。そういった逸話が大量にあるようだ。

 なお、二番目にすごいのは、『御遼神社』の人々らしい。三位以下からの評価は、人によって違った。多めの三位評価は、『瀧澤教会』という所だったが。多宗教な土地だ。

 その藍円寺さん――凄腕除霊師らしいし、実際に僕から見ても非常に特筆すべき膨大な霊能力を持っているのは間違いないが……僕達が妖怪だとは気づいていない。僕には、すぐにその理由が分かった。藍円寺さんは、”視えない”のである。視覚的な話だ。ただし彼は、気配を感じ取る事が出来る。なので、視えなくても、存在するのが分かるのだろう。

 が、僕らは、常に妖怪バレしないように、人間の気配を創り出して放っている。さらに僕らの方が圧倒的に力が強い。だから、藍円寺さんに気づく事は、基本的に困難なのだ。

 そんな藍円寺さんは、心を読むと、いつもどちらかというと、ビクビクしている。
 しかし外面は、やはり、上から目線が多い。
 眼差しも冷ややかで、見下している風だ。

 切れ長の瞳を細める時なんて、その気は無いのだろうが、睨んでいるようにしか見えない。薄い唇の端を持ち上げた所を見ると、嘲笑されている気分になる。しかしこれもめったにない貴重な笑顔であり、基本的には仏頂面だ。

 最近では、ちょくちょく訪れるが、いつも閉店間際である。ただ、少しだけ最近時刻が早い場合もあって、その時、ごくたまに待っていてもらう時がある。そんな時の彼――即ち今もそうであるが、長い足を組み、腕を組み、周囲に『近づくな』『話しかけるな』というオーラを全力で放出しているように見える。

 怖くて話しかけづらい。間違いなく、僕が街の人ならば、会釈程度で後は避ける。

 今日の藍円寺さんは、ボタンのあるラインに柄が入ったシャツと、ジーンズだ。いつもよりもラフな格好である。しかしながら、実際の内心は兎も角として、表情は不機嫌極まりなく、今にも世界を滅亡させそうな、何でも射殺せるような目つきだ。ちなみに、内心の方は、

 ――もう無理、肩重すぎる、これだから街コンとか人混みなんかに行くんじゃなかった……けどな、俺も、そろそろ童貞を脱出したいしな……カノジョ欲しいんだよ……うああ……なんで出来ない……何が悪い、いや、それより、頭・首・肩・背中・腰、全部痛い、重い、最悪。何なんだろうな、コレ本当。人混みに行くたびにコレって、俺もしや、集団恐怖症とか患ってるのか? 兄貴に見てもらうべきか? えー? あの万年人が来ない精神科のクリニック経営者に? 腕が怪しすぎる。

 と、彼は考えている。別に世界を滅ぼすつもりなど無い様子だ。
 その上、本当にマッサージを気に入ってくれているリピーターさんである。
 まさか自分が、エロ吸血行為を都度されているとは思うまい……。
 彼の童貞脱出は、多分そう遠くないと僕は確信している。

 さて、本日も最後に――藍円寺さんの番が来た。

「どうぞ、横になって下さい」

 ローラが笑顔で対応する。藍円寺さんが不機嫌そうな顔で、着替えた後、顎で頷いた。こう、しょうがないから座ってやるよ、と、見える仕草である。いつもの事だ。これが――いつも暗示後、デレデレのドロドロになるのである。僕は、それを見る(透視する)のが楽しくて仕方が無い。

「ああっ、あ、ああ」

 今日のローラは、最初から噛み付いた。暗示がかかってからすぐだ。すぐに一糸まとわぬ姿にされた藍円寺さんは、寝台の上に太ももを開いて座らされていて、その間に膝をついてベッドに上がったローラに、壁へと追い詰められた。そして、ガブリだ。抵抗しようと持ち上げた手首を、両方ローラが掴んで、壁に押し付けている。そんな状態で、うなじに噛み付かれている藍円寺さんは――……実に気持ち良さそうに、顔を蕩けさせている。

 ローラの牙が刺さる時、基本的にローラが意図しなければ、そこに生まれるのは、痛みではなく快楽らしい。意図すれば痛くする事は可能らしいが――快楽を感じている血液の方が、美味しいらしいのだ。

「あ、あ、ああっ、ン」

 次第に藍円寺さんの体から力が抜けていったようで、無意識の抵抗が止まった。
 するとローラは、藍円寺さんの背に手を回して抱き寄せながら、さらに深く牙を突き立てた。そしてもう一方の手を、藍円寺さんの既に反応を見せ始めていた陰茎に伸ばす。軽く握って、親指で鈴口を刺激し始めた。

「あああ、うああ、あ」
「お前、本当にこうされるの好きだよな」
「あ、あ、大好きっ」
「そうそう、その『好きっ』の『っ』だ。覚えてきたじゃねぇか」
「あああああ、あ、あ、あ、イく」
「ダーメ。今日も、俺が許可するまで、出すな。『命令』だ」
「うああっ、あ、あ、嘘、あ、イけなッ――うあああ」

 先走りの液が、だらだらと溢れている。
 それを掬ってひと舐めしてから、ローラが藍円寺さんの中に指を挿入した。

「うう、あ、ああ――!!」
「最初から三本入るようになったな」
「あ、あ、あ、あああ! 頼む、まだ、まだ、動かさないでくれ」
「ダメだ」
「いやああっ、あ、あ! ああっ!」

 三本の指をバラバラに動かし、ローラが藍円寺さんの中をどんどん解していく。何度か指を広げるようにし、藍円寺さんの菊門を虐める。その後、指を揃えて抽挿を始めた。その動きは、早い。

「あ、いやぁあっ、あ、あ、ああっ、ン――!! ん!! んぅ!」
「いや? 気持ち良すぎてか?」
「うん、うん……! うあ、あ、気持ち良い、あ、ああ!」
「素直になってきたな。俺好みだ」
「あ、あ、あ、気持ち良い、そこ、ソコ、もっと、もっと、あ!」
「その調子だ。よし、今日は褒美をやろう――中だけで、イかせてやる。ドライオーガズム……お前を雌にしてやるよ」
「うああああああああああ、あ、あ、あ! 強い、強っ、だめだ、俺、あ!!!」

 グチャグチャと卑猥な音がする。ローラの指先から、吸血鬼特有の甘い薔薇のような芳香を持つ体液が出ているせいだ。それがあるから、本来はローションもオイルも必要ない。使う場合は、気分らしい。さて、今日のローラは自分の体液を塗りこめる方を選択している。これは――催淫暗示もかけられる。精神的にも肉体的にも、だ。要は、媚薬となり得る代物だ。使い方、使う意図次第であるようだが。

「あ、あ、あ、あ、イく。や、イきたっ、あ、ア、ぁぁ、ァ、あ!!」
「前では禁止だ。『命令』だ」
「やぁああああっ、あ、あ、あ、あ、だめ、だめ、あ、なんか、あ、クる、嘘」

 藍円寺さんは、快楽を『嘘』と言って、いつも受け入れるのを怖がっている。
 信じられないほどに、気持ちが良いらしい。
 ――まぁ意識的童貞の彼は、哀れな事に、ローラにこうやって暴かれるまで、性的な接触を他人と持った事が一度も無かったようだから、仕方が無いのかもしれないが。

「ダメ、無理、イく、イきたい、あ、あ、イけないっ、あ、イかせてくれ、あああ!」
「だーかーらー。中だけで、イけ」
「うあああ!!!! ――、――ひ、ああああああああああああ!」

 その時藍円寺さんが絶叫した。
 中だけで、彼は絶頂を迎えたらしい。体がピクピクと震えている。
 ――ドライは、射精感が長く感じる、らしい。しかし実際には、射精できていない。

「あ……ハ……っ……っっ、っ」

 藍円寺さんが震えている。白い肌が、特に頬が、朱く染まっていた。
 まだ絶頂の波に襲われているらしく、全身を震わせながら、瞳が虚ろになっている。
 チカチカと快楽の色と艶が宿る黒い瞳が、本当に綺麗だ。

 男らしい俺様が、子羊のように追い詰められている姿――たまらない。
 異性愛者の僕ではあるが、ちょっとヌいてきたい気分にさせられる時がある。

「今のその感覚、よく覚えておけよ」
「あ、は、ァ……っ――! あ、あ、ああああああ! だめだ、あ、ヤダ、あ、やだやだやだ、まだ、まって、や、そこ駄目だ、あ、また!」
「もう一回イけ。中だけで」
「うあああああああああああああああああああああああ」

 藍円寺さんの前立腺を、容赦なくローラが刺激する。絶叫して号泣している藍円寺さんは――ガクガクと震えているが、非常に気持ち良さそうな顔をしている。

「だめぇぇっ、イく、あ、またイっちゃう、うあぁああ」
「中でなら、いくらでも果てて良いぞ」
「あ、あ、あああっ、あ、あア――!!」

 再び藍円寺さんが、ビクンとして動きを止めた。酸素を求めるように、必死に色っぽい唇を開けて、涙を零しながら、空イキした。先程よりは、快楽がちょっと少ないようだが、その分体が慣れたのか、持続が長いらしい。頭が真っ白になっている。

「ひあっ!」

 その状態で、ローラが、藍円寺さんの首筋に噛み付いた。ローラの瞳が、獰猛に笑っている。ああ、美味しそうで羨ましい限りである。

「っ」

 結果――快楽が強すぎたらしく、藍円寺さんが気絶した。
 ローラはその後も吸血を続け、満足した後、藍円寺さんの陰茎を握って果てさせてあげていた。そして最近では、最初から脱がせるので綺麗なままの下着を身につけさせ、バスローブも着付けなおす。その上で、指先で傷口に触れる。すると、誰が見ても(よほどの霊能力者でもない限り)傷口が見えなくなる。傷が無いように見えるのだ。

 それからローラは、藍円寺さんの体の各地をバシバシバシと叩いて、微弱な妖魔を追い払った。あとは、暗示を解けば――いつもの通りで、”マッサージ”の終了である。

「お疲れ様でした」
「……ああ。また来る」

 目が覚めた藍円寺さんは、自分の服に着替えながら、そう言った。
 そんな彼の内心は、

 ――やっぱりここのマッサージ最高!
 ――全身の重みも痛みも全部取れた!
 ――俺のマッサージ店ジプシーも終了だ!
 ――天国を見つけてしまった!
 ――明日も来たい。寧ろもっと長時間マッサージされたい!
 ――いつか一日中……は、サービスしてないよな……。
 ――俺、まずい。このマッサージしてくれる、絢樫さんって人に恋しそうなくらい、マッサージにハマっちゃったよ。

 で、ある。本日も、彼は一切、僕達が妖怪だとは気付かなかった。
 自分がどんどん開発されていると知った時、彼はどうなるんだろう。
 僕は、ちょっとそれも気になっているし、いつか気付いた所を見てみたいとも思っている。と、まぁ、このようにして、本日もCafe絢樫&マッサージは、閉店した。