【3】夢じゃなかった……!(★)
恥ずかしくなって俯こうとしたら、ローラが俺の顎の下に指を添え、上を向かせた。
「さすがに僧侶だけあって、その袈裟だのをつけている方が、いつもより力が増して、美味そうだな」
獲物を取るような瞳に変わったローラを見て、俺はゾクリとした。
……これらの品は、吸血鬼には、効果がないようだ。
が、俺を魅力的なご飯に仕立ててくれたらしい。ありがとう、ご隠居!
「和服のお前、いいよ。色っぽい」
ローラが俺の耳元に唇を寄せて、そう言った。瞬時に赤面し、俺は硬直した。
これからも、俺は、最初の意図とは違うが、袈裟と念珠類を身に着けよう。
そしてなるべく美味しい食材になり、ローラに優しくしてもらおう!
そんな思いと当時に――あんまりにも至近距離にローラがいるから、心臓が緊張のあまりドクドクドクドクと煩い。もしローラに、鼓動の音を聞かれてしまったら、どうしよう。恥ずかしくて死ねる……。
「!」
その時、ローラが俺の唇を端正な指先で、何度かなぞった。
狼狽えて一歩後ろに下がろうとすると、腰に手を回され、じっと覗き込まれた。
唇が震えそうになる。どんどんローラの綺麗な顔が近づいてくる。
そして――……「っ」
気づくと、俺は唇を奪われていた。
夢の中では、何度もローラとキスをしたことがある。
だが――意識的には、俺にとっての、ファーストキスだった。
そ、そ、それも、大好きな相手、ローラが相手だ。感涙しそうだ。
最初はそう思ったが、触れるだけかと思いきや、すぐに口づけが深くなり、俺は動揺した。
「ッ……っ……」
舌を絡め取られ、歯列の裏をなぞられた時、俺の体が震えた。
角度を変え、深々とキスをされるだけで、腰から力が抜けていきそうになる。
だがそれよりも問題は、俺はキスなどしたことが夢の中でしかないため、息継ぎ方法が分からないことだった。次第に息苦しくなり震えていると、ローラがやっと口を離してくれた。
だから肩で息をしていると、今度は強引に顎を捕まれ、不意打ちのようにキスをされ、舌を引きずり出される。
「ン」
そうして甘噛みされた時、俺の体が跳ねた。
濃厚とはいえ、何度も何度もそのままキスをされていたら、それだけで俺の体は熱くなった。相変わらず息継ぎの仕方が分からないから、必死で呼吸をしている内に――俺の全身に、快楽が押し寄せ始める。ローラの舌が差し込まれている口から全身に、響くように何か、青を連想させるような快楽が広がっていくのだ。
「っ、ふ、あ」
もう立っていられなくなって、俺はローラの胸元に倒れ込んだ。
彼の服をギュッと握る。俺の指先は震えていた。
「息継ぎの仕方を、忘れたのか?」
すると小馬鹿にするようにローラが言った。
羞恥に駆られて、俺は顔を上げることが出来ない。そうしていると、ローラが俺の耳朶を優しく噛み、続いてうなじから首筋を舌でなぞり始めた。
「ぁっ……ッ……」
その舌が触れた箇所から、ジンジンと快楽が入り込んでくるようだった。
舐められただけで、いくら恋をしているからとはいえ、こんな風に体が反応するのはおかしい。俺は自分のものが反応したのをはっきりと意識しながら、そう考えた。
「っ……」
しかも、声が漏れそうになる。だが、恥ずかしいから、必死で俺は声をこらえた。
きつく目を閉じながら――同時に、今まで見ていた夢、だと思っていた行為は、現実のものだったのではないかと漠然と考える。腕時計を一瞥すると、既に十分ほど経過している。他の客達とは、違う。これは、俺がより美味しい食料である証拠なのかもしれない。
ローラが、俺だけに、こうしてくれているのならば良いなと、思わず願った。
「どうした? 今日は静かだな? いつもは煩いくらい啼くくせに」
「っ」
「もっともっとって、ねだるだろ? お前。『そうだろう?』」
ローラの声を聞いて、俺は恥ずかしくなり、泣きそうになった。
確かに俺は、夢だと思っていたこれまでの間、いつも子供のように涙していた気がする。
恥ずかしいことを散々口走っていたような気がする。
だが、意識が明確な今、俺にはそんなことはできない……。
「――ま、たまには良いか。脱げよ」
「……」
「なんだ? 脱がせて欲しいのか?」
ローラがニヤリと笑った気配がした。
「着たままってのも良いな」
軽く寝台へと押され、反射的に座り込むと、ローラが俺の後ろに回った。
「!」
そして俺の和服の合わせ目から手を入れる。
差し込まれた右手が俺の肌を這い、胸の突起にすぐに触れた。
「ッ」
軽く弾かれた瞬間、俺は緊張でガチガチになった。好きな相手に、自宅で普通に夢見た(そうなったら良いな的な意味で)――触られている。内心は歓喜に溢れていた。だが、他者と性行為をした経験が、記憶にある限り、実体験としては一度もない俺は、即ち童貞だと思うから、緊張してどうしていいのか分からない。
「っく」
思わず両手で唇を覆ったのは、着物をはだけられて、陰茎を握られた時だった。
既にガチガチに反応していた俺のものを、ゆるゆるとローラが握って動かす。
そして鈴口にその指先が触れた時、俺は息が凍りついた気がした。
何かが、入り込んできたような気がしたのだ。
それが何かは分からないが、染み入るように、快楽としか表現できない何かが流れ込んできた。
「ぁ……うああっ」
いきなり壮絶な快楽に襲われ、俺は声を上げていた。こらえるという意識や恥ずかしいという思いよりも、気持ち良すぎて怖かった。
唇から離した両手を無我夢中で動かし、ローラの手を退けようと試みる。
すると逆にその手を取られ、寝台の上に押し倒された。
いつの間にか、手際良く取り去られていて、俺はほとんど服をまとっていない。
ただ、数珠はしっかりと手首にあるのを確認してしまった。
「ひっ、あ、出る」
その時、ローラに口で陰茎を含まれ、俺は思わず口走った。
押し返そうとしたが、体に力が入らない。
「ん? 出せると思ってるのか? 今日『も』お前は出せない。これは『命令』だ」
「!」
「自慰も禁止。俺以外の手じゃ、永劫お前は果てられない。『そうだろ?』」
俺はローラの声を聞いて、夢の中でも繰り返し、その言葉を耳にしたように思った。
そして――これを聞いてしまうと、俺の体は、それに従うのだ……。
「っぅ……ぁ……」
その時、ローラの指が、俺の後孔の中へと入ってきた。ゾクゾクと全身に快楽が走る。指先は、驚くべきことに、すんなりと入った。夢の中ではいつもそうだったとはいえ、俺には衝撃的だった。
「ふ、あ、うああ」
しかも――気持ち良いのだ。指がただ入ってきただけなのに、触れている箇所全てから、壮絶な快楽がこみ上げてくる。俺の体は、おかしい。
「ッッッ――ン」
再び声を殺そうと試み、自身の両手を唇に当てる。
するとニヤリと笑ったローラが、俺の前立腺を激しく突き上げた。
「っ! ん、ンッ……ぅ、ぁ……ああああ」
指を小刻みに揺らされると、もうダメだった。腰の感覚がなくなり、全身が蕩けてしまったようになる。気持ち良すぎて、涙が出てきた。
これでは、声をこらえるなんて不可能だ。だが、甘ったるい声を出すのが恥ずかしい。
俺にこういった行為をしているのはローラだが、もし気持ち悪いなどと思われていたらと考えると、どうしても躊躇してしまう。
「藍円寺は、本当にココが好きだな」
「……」
「そうだろ? 言ってみろよ、いつもみたいに」
ニヤニヤしているローラの声が恥ずかしすぎて、俺はそちらの意味でも泣きたくなった。
だが口からは嬌声しか漏れないし、違うとは言えない。俺は、この刺激の虜だ。
「言え」
「……っ、ぁ」
けれど、恥ずかしくて言えない。すると、ローラが片目を細めた。
「なんだか今日は、暗示の効きが悪いな。服を見ても仕事帰りっぽいし、珍しく珈琲なんか飲んでいたしな。疲れてんのか? 人間って、疲れてると、効きが悪いんだよな」
ローラはそう言うと、俺の頬に触れた。
「――あんまり無理をするなよ、藍円寺。また、風邪をひいたり、体調を崩して俺を心配させたりするな」
それを聞いた時、一瞬、俺の思考から快楽が消えた。
嬉しかった。純粋に、嬉しかった。
ローラが俺の心配をしてくれたという事実が、どうしようもなく嬉しい。
「まぁ、たまにはな。ああ、今日は優しくしてやるか。お前は、優しいのが好きだしな」
「ぁ」
指を引き抜きながら、ローラが微苦笑した。
「無理させて、お前に会えなくなる方が辛い」
俺の胸は、その言葉に満ち溢れた気持ちになった。
それから、太ももを持ち上げられ、ゆっくりと挿入された。
俺にとっては、意識的には初めての経験だったが、俺は自分が、ローラの熱を求めていたと、はっきりと自覚した。
緩慢に進んできたローラの陰茎は、俺の奥深くまで進むと、感じる場所を優しく嬲る。
「う、ァ……んぅ……」
「俺と繋がるの、好きか?」
気づくと俺は、その声に、快楽に涙しながら小さく頷いていた。
無論、響いてくる青い漣のような気持ち良さも好きなのだが――何よりも、ローラと一つになれたことが嬉しくて仕方がない。そちらに感極まって泣きそうだった。一緒にいる感覚、ローラの存在感、全てが俺を満たしていく。
「ああああっ!!」
そのまま激しく抽挿され、俺はあっけなく果てた。
事後、ぐったりとベッドに体を投げ出し、俺は呼吸を落ち着けようと、何度も吐息した。
そんな俺の目元の涙を、ローラが指先で拭う。
それから、軽く俺の全身を、手で払うようにした。
すると――一気に体が軽くなった。
いつもマッサージの後に感じるのと同じで、肩こりなどが消失したのである。
「ちゃんと休んで、また来いよ。待ってるからな」
ローラはそう言って俺の髪を撫でてから――パチンと指を鳴らした。
気づくと、俺はビシッと服を身につけていて、袈裟や念珠も整っていた。え?
驚いていると、ローラが俺の手を取り、立たせた。
そしてそばの椅子に座らせる。俺の体は勝手に従った。
「――終わりです。今日もお越し頂き、有難うございました」
ローラが、先程までが嘘のように、そして俺が本来いつも見慣れていたものである、天使のような笑顔で、俺にそう言った。
硬直し、俺は目を見開いた。顔が熱い。
ヤってしまった。ローラの顔が、恥ずかしすぎて、直視できない。
ゆ、夢では無かったのだ。
時計を一瞥すると、四十分程度が経過していた。
「またのお越しをお待ち致しております」
こうして、ローラに送り出され、俺は店を後にした。
そして、歩きながら、幸せに浸った。嬉しすぎて、顔がにやける。
同時に、ふと思った。
「血、取られなかったな……」
今日は噛まれた記憶がない。意識も鮮明だったから、間違いはない。
もしや、疲れているのかと俺を見て考えていたようだったし、そ、そ、その、俺の心配をしてくれているようだったから、気を遣ってくれたのかもしれない。
「ローラは、きっと、良い吸血鬼なんだろうな」
一人そう考えて、俺は幸せな気持ちになった。
体を繋いだ羞恥と、好きな相手と一つになれた幸福感と――様々な感情が混在した状態で、俺は寺に向かって歩く。
そう言えば、ご隠居は、吸血鬼にとっては「体液」も食料だと話していたから、先程の行為も、ローラにとっては食事となったのかもしれない。俺があの店の客の中では一番、霊能力とやらがあるから、俺にだけ、性的な行為をしたのかもしれない。
だとすれば、通えば、俺は――ローラとまた、体を重ねることが出来るのだ。
絶対に叶わないと思っていた想いが、不意打ちで叶ってしまった感覚だ。
「俺は、幸せだな」
一人そう頷きながら、俺は帰宅した。