【11】檻(★)




 目が覚めると、夕方だった。

 俺は、バイトに行かなければならないと思い出し、そして首を傾げた。
 いいや、最近バイトはお昼にしている。

 ――今日のバイトは終わったのだっただろうか……?

 最早自分の部屋と化している、ローラの家の一室で、俺はベッドの上で半身を起こしながら、首を捻った。それから、ぼんやりと首に手を当ててみる。

 昨日は、二回目の痛い吸血を体験したと思う。いいや、あれは一昨日だっただろうか? ん? 先週だったかな?

 時間の感覚が急激に曖昧になっていく。そう感じていた時、扉が開いた。
 視線を向けると、ローラが立っていた。

「目が覚めたのか?」
「ああ……俺、バイトに……」
「今日のバイトはもう終わっただろ?」

 俺は曖昧に頷いた。バイト後に体を重ね……食料提供をしているのだから、この部屋で目が覚めたということは、つまりバイトは終わったという事で良いのか? いや、奇妙だ。バイトが終わって、この部屋などで寝て、その後俺は寺に帰って、それからバイトに行くのではなかったか?

 ズキンと頭が痛くなった。

「藍円寺」

 その時、ローラが俺の名前を呼んだ。すると強い薔薇の香りがむせ返り、俺は寝台へと倒れ込んだ。息苦しくなって、小さく咳き込む。しかし、体は弛緩しきっていて、不快感などはない。

「バイトは終わった、『そうだろ?』」
「……」
「今お前は、俺に血を提供するという大切な仕事があるから、そもそも、もう次のバイトを入れる予定がない。『そうだろう?』」
「……っ」

 どんどん薔薇の香りが強くなっていく。何も考えられない。ローラの言葉だけが意識に浮かんできて、それが絶対的に正しいように思えてくる。そのまま俺は瞼を閉じ――再び眠ってしまったようだった。

 気づくと、俺は毎朝、ローラにキスをされて目を覚ますようになっていた。

「寝穢いな」

 ローラは、最近、嘗て俺を接客していた時のような、天使のような微笑で、俺を起こす。
 ――?
 最近とは、いつからだったんだろうな。毎朝……? 何度目の朝だろう?

「きちんと食べろよ」

 そう声をかけられて、俺は横のソファセットの中央のテーブルの上に、豪華な朝食がある事に気が付く。これもいつもの事だ。まるで高級ホテルの朝食のような、神々しい見た目の洋食が並んでいる事が多い。俺は和食が好きなんだけど、と、たまに贅沢に考えてしまう時もある。

 たまに……?

 それから俺達は、二人で席を移動した。食事をする俺の正面の席で、微笑しながらローラは俺を見ている。


 その後シャワーを浴びて、俺はバスローブに着替えた。先程までもバスローブを着ていたような気がする。あれ? 俺は、袈裟はどうしたんだったかな……思い出せない。

「でも、ついてるしな」

 俺は手首の数珠を見る。念珠は無いが、数珠はシャワーの最中もつけっぱなしで良い。

 それから大半がベッドを占める、今では既にほぼ俺の部屋へと戻ると、ローラが待っていた。これも、いつもだ。

 ――いつも?

「藍円寺、来いよ」

 ローラに甘く囁かれた瞬間、数珠のことはどうでもよく思えた。
 吸い寄せられるように歩み寄った俺を、ローラが抱きしめる。

「そろそろ、寝る時間だからな」
「俺は今起きたばっかりで――」
「俺と一緒に、『そうだろ?』」
「ああ……そうだな」

 なるほど、睡眠では無いのだ。俺は、ローラに血を提供するという大切な仕事があって、それで、抱いてもらっているのだった。そうだ、何も変な事は無い。

「ひゃッ、ンぁ、あ……っ……んゥ」

 身体を這い上がる熱が、俺の腰から力を奪って行く。太ももを折り曲げられ、中をゆるゆると突かれる度に、快感が全身を支配した。

「ああ、んぁ、あ……ひ、ぅ」

 今度は角度を変えて突き上げられ、片方の太ももだけをさらに持ち上げられた。

「本当に好きだよな、ココ」
「あああ」
「こっちもして欲しいか?」

 中の最も感じる場所を激しく突かれ、同時に前へと伸びてきたローラの手が、俺の陰茎の先端を嬲った。ヌルヌルと先走りの液を塗り込むようにされると、背がしなって、涙がこぼれるのを止められなくなる。気持ち良くて息苦しい。

「やぁあ、んぅ、あ」

 瞬きをするたびに、涙がこぼれて行き、視界がゆがむ。
 そのうちに中の角度を再び変えられ、手の動きは止まった。

「ひ、ぅ、ア、ああ……ぅあああ」

 もっと動いて欲しくて俺が腰を揺すると、さらに焦らすように陰茎の筋を指でなぞられた。じわりじわりともどかしさばかりが募って行く。

「どうして欲しいか言ってみろよ。教えてくれ。な?」
「ああ、ヤだ、出した……っ、ああン、ゃ、ああああああ!」

 無我夢中で首を振りながら言うと、激しい抽挿が再開した。ぬちゃぬちゃと卑猥な音が響く。体を駆け抜けて行く尋常ではない熱と快楽に、すぐに俺は精を放って気絶した。

「おはよう、藍円寺」

 キスをされながら、俺は目を覚ました。
 窓の外を見ると、また――朝だった。

 また……?

「全く、寝穢いな」
「……」
「朝食だ」

 そうか、俺は寝てしまって、起きたんだったな。どのくらいローラと交わっていたのだろう。そう考えると頬が熱くなりかけたのだが、薔薇の香りが強すぎて、上手く思考が回らない。

 それから俺は美味しい洋食を食べて、シャワーを浴びた。
 待っていたローラに抱きしめられながら、俺は大きく吐息する。

「今日も一緒に寝よう。な?」
「ああ……」

 頷いた俺の顎に手を沿え、ローラが唇を落とした。

「っ、は、ぁああ、んんンぁああ」

 寝台に座らされた俺は、太ももを押し開かれ、陰茎を口に含まれている。

 舌先で鈴口を刺激され、吸い上げられたかと思ったら、今度は力をこめられた唇が上下し、扱かれる。何度も何度もそれを繰り返されている。

「や、やだ、ぁ」

 出したくて太ももが震えた。酷くゆっくりと口淫され、その丹念すぎる動きに、肩で息をした。恥ずかしくなって、両手を口に当てる。だが声が抑えられない。

「んああ、ャア、あ、ンンんっ、フぁ……ひゃッ」

 その時口の動きが早くなり、あっけなく俺は果てた。

「おはよう、藍円寺」

 ――強い薔薇の匂いがする。

「ひぅ、あ……ぁ」

 猫のような体勢にさせられ、二本の指で後孔を抜きさしされる。感じる場所に刺激をもらえない苦痛にさらされていた。

 気がついたら、体を重ねていた。

 俺は何度も腰を左右に揺らして求めるのに、意地悪く緩慢に動くローラの指は、刺激が欲しい箇所から少しだけずれた場所をつつく。

「待って、ぁ、やだ、やだ、ぁア」
「可愛いな、本当」
「フあ、ぁああ……あ、ぅう……んぁあ」
「藍円寺、もっと声を出せ」
「あ、ああっ」
「――ココ、ついて欲しいんだろ?」
「!」

 唐突に感じる場所を刺激され、俺は射精しそうになった。しかしすぐに指はまた外れた。そのすぐそばを意地悪くローラがつつく。

「ふァ、ンンっ、ぁ、ああ」
「どうして欲しい?」
「も、もう、いやだ、ぁあああ、くっ、ン……ぅああ、いやだ、早く挿れ……っ、ああ」

 泣きじゃくっている内に、また俺の記憶は途切れた。

「本当に寝穢いな、朝だぞ?」

 ――薔薇の香りとローラの存在しか、俺は理解できない。
 他には、与えられる快楽以外、何も分からない。

「あ、ぁあ……っ、ゃあ」

 俺を抱きかかえ奥深くへと楔を挿れ、そのままローラは動いてくれない。
 気づくと俺はその状態だった。

「動いてっ、ぅうう……あ」

 腰を必死で動かすが、力が入らなくて泣きそうになった。

「いやだァ、あ、や、ン……ん」

 頬がじわじわと熱くなって行く。中に深く大きく生々しく感じる肉茎が、俺の体温を急上昇させているみたいだ。硬くて、早く突いて欲しいと気づくと願ってしまう。必死で腰を動かしてみても、全然足りない。

「あ、ああっ、フ、あ」
「藍円寺は、俺と繋がっているのが好きだよな?」
「やあ、や、ああン、なんで……お願い……動い、ぅ」
「違うのか?」
「好きだ、あ、はや、く。はやく……早く!」
「仕方が無いな」

 それから激しく突き上げられて、俺は泣き叫びながら精を放った。
 快楽がもたらされた事への歓喜で泣いていた。

 もう俺の体は、ローラ無しじゃダメみたいだ。

 体だけじゃない、俺はローラがいないとダメみたいだった。
 ――それは、もうずっと前からだったのだが。