【10】快楽と痛みの狭間で(★/※)




 この日店に行くと、ローラが不機嫌そうな顔をしていた。
 喫茶用のテーブル席で、コツコツと指を叩いている。

 それから――俺を一瞥した。

「あーあー。なんで藍円寺なんだろうなぁ」

 ローラは俺を半眼で見ながらそう言うと、舌打ちしてから嘆息した。

「火朽が羨ましい。せめて、玲瓏院紬ならなぁ。美味いだろうなぁ」

 その言葉に、俺は息を呑んだ。

「まさか紬に手を――」
「いや? あいつは吸血鬼じゃないからな。俺も出してない」

 俺はそれを聞いて、胸をなでおろした。紬に関しては、純粋に弟のように思っている親戚だから、心配だったのだ。

「――ま、お前からしたら、体を張って地域の皆様を守ってるんだもんな」

 するとローラが、嘲笑するように俺を見た。

「最近じゃ、俺無しじゃいられないみたいだけど、なぁ? ん?」

 悔しいことにその通りだった。俺の体は、おかしい。俯いて唇を噛むと、ローラが失笑するように吐息した。

「俺に血を提供に来てるんだか、抱かれに来てるんだか」
「……」
「お前もしかして、俺に惚れてるんじゃないのか?」

 事実だ。だが、俺は頷かない。

 今では、ふられるのが怖いとも少し違う感覚になりつつある。もしも恋心を知られて、それを馬鹿にされて、嘲笑されたら、立ち直れない気がするのだ。

「もういい。壁に手を付け」

 ――最近では、マッサージルーム以外で体を重ねる事も増えた。
 
素直に俺は、それに従っている。
 もし俺が拒絶したら、ローラは俺を抱いてくれないと思うからだ。

 先程聞いた、紬の名前が蘇る。

 俺も、紬くらい若くて霊能力があって容姿が整っていたら、男でももうちょっと違ったのだろうか? それとも、性別は問題ではないのだろうか?

「うわっ」
「考え事とは余裕そうだな」

 その時、いきなりローラに、後ろから深々と噛みつかれた。
 サクりと後ろから首を噛まれたのだ。

 目を見開き、俺は硬直した。長い牙が二つ、深々と入ってくる。
 気づくと俺は、壁に押さえつけられていた。痛みが背筋を駆け上る。

 尋常ではない痛みに呼吸が凍り付く。牙が一度引き抜かれ、再びぐさりと突き立てられた。

「あ、ああ、あ、――、――」

 悲鳴を上げたのだが、途中からは、痛みのあまり言葉すら喉で凍った。
 肉を抉るように牙が動き、噛むたびに傷が広げられていく。

 これほどの痛みは、二回目だ。一番最初にローラに吸血されて以来だ。

 ローラが、俺の服を剥く。皮膚に空気が触れた瞬間、そそりたった陰茎を、ローラが俺に突き立てた。押し広げられる。ローラは既に昂ぶっていたらしい。それだけで俺は果てそうなくらい感じた。

 だが同時に、首からの痛みに体が八つ裂きにされるような感覚が酷く、俺は正面にある壁を掴もうとして失敗した。何も掴む場所がないからだ。指の腹が痛い。手を突いた時、俺は体重をかけられて尻を突き出す形になった。首の痛みに号泣する。

「や、ァ……あ! うあ!」

 その時、ローラが俺の両方の乳首を摘んだ。瞬間、全身に快楽が走った。俺の背がそる。
 するとより深く牙を突き立てらた。

 ローラの片手がその内に、俺の陰茎に伸びた。もう一方の手は、藻掻いた俺の手首を掴んで壁に押しつける。

 快楽と痛みが同時に襲ってくる。

 首は痛い、兎に角痛い、それに怖い。なのに繋がっている箇所が気持ち良くて、俺は激しく突かれた時、呆気なく果てた。力が抜ける。血を吸われたからではない。まだ吸われていない。痛みは持続したままだ。

 震えていると、一度牙が引き抜かれた。肌を血が伝っていくのが分かる。
 涙で、俺の顔はドロドロだった。

「藍円寺、痛い時はなんて言うんだった? 黙ってるんだったか?」
「い、痛くしないでくれ」
「やだね」

 ニヤリとローラが笑う気配がした。

 ぐぐぐと傷の上に再び牙を立てられる。痛みに震えていると、腰を回すように動かされた。中をかきまぜられて太股が震える。

 ローラが片手で俺の腰を掴み、もう一方の手で俺の唇をなぞった。
 こんな風に痛いのと気持ちいいのが同時にくるのは知らない。

 痛みで時折俺の陰茎は萎えそうになるのだが、その度に内部で前立腺を刺激され、硬度を取り戻そうとする。

 それを見計らうようにローラが激しく腰を動かし始める。水音が響いてくる。牙を突き立てたままだ。それから――ローラは再び口を離した。俺は悲鳴を上げた。彼は大きくなった傷口に、舌先をねじ込んできたのだ。熱い痛みに涙がとめどなく出てくる。

「どうして欲しい? ん?」

 ニヤニヤ笑うようにローラが言う。痛くておかしくなってしまいそうだ。

「言ってみろよ。気持ち良くなりたいんだろ?」

 その言葉を曖昧な意識で聞いていた。俺は震えながら首を揺らす。
 どうして欲しいか、言っても良いのだろうか……?

「や、優しくしてくれ……っ……」
「――は?」
「うう……」

 俺が言うと、ローラがちょっと虚を突かれたような声を出した。

「優しく……?」

 繰り返したローラの声に、俺は泣きながら小さく頷いた。今、何より辛いのは、ローラに酷く扱われているという事実だ。俺は優しいローラが好きだ。そうじゃないのは怖い。

 だからといって嫌いになると言うわけではないが、俺はローラに優しくして欲しい。このように扱われると――自分が嫌われているのだろうと感じて、怖いし心が痛い。

 こんなことならば、念珠などつけずに、暗示にかけられたままでいる方が良かったと――時折俺は考えてしまう。ローラの事が好きだから、本当のローラを知る事ができて、今の方が断然良いのだが、俺の心が辛いのだ。

「あーあー。やっぱりお前の泣き顔は犯罪だ。苛めたくなる」
「うあ……あ……」
「言ってみ? 噛んで、って」
「う……っ……ローラ……」
「っ、クるな。もっと俺の名前呼べよ。ゾクゾクする」
「ローラ……ッ――うああっ」

 その時、ごくりと喉を動かした直後、ローラが俺の傷口へと再び噛みついた。衝撃に痛みを覚悟したが、牙が突き刺さった瞬間に、逆に痛みが消失した。ぐっと奥まで入ってきてそれが止まった時には、全く逆の言いしれぬ快楽が流れ込み始めた。

 熱い、すごく熱い。それにあわせて小刻みに腰を揺らされた。薔薇の匂いがする。俺は断続的に声を上げながら、体に力を込めた。

「しめるな」

 ローラが苦笑した。口を離した彼が傷口を舐める。痛みはもう無くて、舐められるたびに、じんじんと甘い疼きが広がった。がくんと俺の体からは力が抜け、倒れそうになった。

 そんな俺を抱き留めて、ローラが体勢をかえた。涙で滲んだうつろな瞳で、俺はローラをまじまじと見る。たぶん情欲も滲んでいただろう。

 ――まだして欲しい事を口にしても良いのだろうか?

 そう考えながら、俺は気づくと呟いていた。

「キスしてくれ」
「っ、おいおい藍円寺、反則だろ」

 舌打ちしたローラが、俺の唇を深々と貪った。舌を強く吸われ、俺がローラの体に震える腕を回そうとした時、床に押し倒された。

 後頭部には、庇うようにローラの手が置かれた。そして一瞬だけ唇を離した後、再度俺の口を塞ぐ。

 俺の中では、ローラの陰茎が角度を変えた。先ほどまでよりも存在感が増した。より大きく固くなったのだと思う。

 それから荒々しく抽挿され、ローラが果てた時に、俺も放った。肩で息をしていると、再び口づけをされた。無性に幸せな気分になる。

 多分俺はずっと、ローラとキスをしたかったのだろう。
 ――その直後、薔薇の香りを強く感じた時、俺は眠ってしまった。