【30】告白
「なぁ、絆」
俺の体から手を一度離し、兼貞が俺の両肩に手を置いた。そして正面から覗き込まれた俺は、目を丸くして兼貞を見ていた。
「話を戻したい」
「……」
「俺はさ? 絆の口から、明確にはっきりと聞きたい。俺の事、どう思ってる?」
それを聞いて、俺は視線を揺らした。頬が熱くなってくる。
そんな話をしている場合じゃないだとか、普段の俺だったら言うかもしれない。けれどドキドキドキドキと心拍数が大変な現在、俺はどうして良いのか分からない。
第一、『どう』って何だ?
俺は確かに兼貞の事を好きらしいと自覚はしたけれど、それを伝える言葉が浮かんでこない。
「ちゃんとこっち見て」
兼貞が片手で俺の顎を軽く掴んだ。そして軽く持ち上げられると、より間近に兼貞の顔が迫る。
「もう一回、俺もきちんと言う。俺は絆が好きだ」
「っ」
「絆は?」
背中にソファが触れているから、これ以上後ろには下がれないし、兼貞の顔は本当に近い位置にある。逃れる事も出来そうにないが――そもそも、俺は逃れるべきではない気がした。だって、兼貞は真剣に俺に気持ちを伝えてくれている。真剣……だよな? ここにきてまさか揶揄されているとは、俺は思わない。兼貞は人の気持ちを弄ぶような性格じゃないと、俺はもうよく知っている。だというのに、真摯に向き合わないのは、失礼だと俺は思う。俺が言葉に詰まっているのは、こんな状況が人生で初めてだからというのと、緊張と、俺もまた兼貞が好きだから上がってしまっているというだけだ。逃げたいわけではない。俺だってこたえたい。
「その……」
「うん」
「……兼貞、あの……だから……」
「うん」
「……」
「聞かせて? ゆっくりで良いから」
兼貞はそう言うと、じっと俺の瞳を見た。本当に、憎らしいほど整った顔立ちをしている。俺はその瞳と唇を、引き寄せられるように見据えた。
自分の気持ちを言葉にするって、こんなにも難しいんだな。
嘘偽りの言葉なら、するすると猫かぶりの俺からは出てくるけれど、本音なんてそれこそ家族……特に紬や、亨夜にくらいしか言わないから、本当に緊張してしまう。
その後、暫く俺は言葉を探した。
沈黙が横たわったけれど、兼貞は待っていてくれた。急かすでもなく、じっと俺を見ていた。俺は一度ギュッと目を閉じてから、唾液を嚥下する。心臓に鎮まって欲しいと念じたけれど、それは無理そうだった。
頑張れ、俺。勇気を出せ、俺。
「そ、その……俺は……」
「うん」
「……だ。好きだ」
ポツリと。自分でも驚くほど小さな声になってしまったけれど、俺は何とか言葉を紡いだ。必死すぎて、兼貞の反応も怖くて、俺は改めて瞼を閉じる。
すると兼貞のもう一方の手が、俺の頬に触れた。
「絆、有難う」
「――っ、全くだ! この俺に、好かれてるんだから、有難く思え!!」
俺の不器用な口が、照れ隠しを放った。だけど怖くて目は開けられない。
すると兼貞が優しく笑った気配がした。
だから恐る恐る瞼を開けてみる。結果、真正面に、人を魅了する笑顔があった。惹きつけられすぎて、俺は一気に目を見開いた。
「うん。有難う」
カァっと俺の頬が真っ赤になったのが、自覚できた。最初からかなり赤面していただろうが、今はもうそれこそゆでだこ状態だろう。
「俺の恋人になってくれる? 絆、俺はしっかりと、お前との間に約束が欲しい」
「っ、そ、その……その……お、俺は! アブノーマル路線でいく予定はゼロだからな! 誰にも言うなよ!」
「誰にも、は、約束できないな。でも、仕事関係で吹聴するような事はしないし、週刊誌の記者に売ったりはしないけどな。俺にだって、絆を恋人として紹介したい相手もいる。ただ、迷惑はかけないって約束する」
「……俺も、弟には話そうかと思ってる」
「本当か? 逆にそれは嬉しいな。絆は誰にも言わないのかと思ってた」
「なんでだよ。お、俺だって、そ、その、だ、だから、だから、ええと……ちゃんと兼貞の事が好きだから、そこは基本的に嘘をついたりしない」
必死で俺が答えると、兼貞が優しい顔で頷いた。それから、俺の唇を掠め取るように奪った。あんまりにも自然だったものだから、俺はされるがままにキスを受け入れてしまった。
「大切にする」
「……もうされてる」
ポツリと俺が述べると、兼貞が虚をつかれたような顔をしてから、破顔した。
「もっとだよ。絆の事、俺はもうこれ以上ないってくらいに大切にするって誓う」
兼貞はそう言うと、再び俺を抱きしめて、俺の肩に顎をのせた。
「重い!」
「愛の重みだな」
「絶対違うだろ!」
思わず俺は照れくささもあって、唇を尖らせる。
いまだに心臓は煩いけれど、それでも――気持ちが通じた気がして、それが嬉しい。
「俺の愛、重いから気をつけてくれ」
「なっ」
「喰らいたいほどの愛が血筋だからな?」
「……」
冗談めかして笑った兼貞の顔が、あんまりにも綺麗に見えたから、俺は嘆息した。
「俺だって負けない。愛情の量でこそ、勝ってやる」
霊能力と人気は兎も角……気持ちだけは、絶対に負けてはやらない。
この日俺は、そう誓ったのだった。