【28】絢樫Cafeの更なる再始動
一月の最初をそのように過ごしていたら、ある日ローラが降りてきた。
「なぁ砂鳥、暫く、絢樫Cafeを空ける」
「どこか行くの?」
「人間の目から見れば、玲瓏院結界関連の妖魔退治は一段落したようなんだが――まだ、ボチボチ残っていてな。玲瓏院本家から、藍円寺に退治要請が来たんだ。俺も手伝ってくる。というより、藍円寺単独じゃ俺から見て無理がある」
ローラの言葉に、僕は頷いた。要するに、心配だから、一緒に除霊をして回るという事なのだろう。
「僕はそろそろ、きちんとお店を開けたいんだけど」
「それは好きにしていい」
こうしていつもと変わらないように見えたこの日、絢樫Cafeが再オープン(?)する事に決まった。火朽さんは大学が始まったらしいんだけど、テスト期間だからなのか、それはあくまでも口実でこちらも除霊三昧だからなのか、紬くんの所から帰ってこない。一応、勉強をしてくるという連絡はあったんだけどね。
その後、降りてきた藍円寺さんと共に、ローラが出かけて行った。
残された僕は考える。
準備という準備は無いが、クリスマス用の装飾は既に取り払ってある。大掃除の時に片付けたのだ。
「次のイベントは、ヴァレンタインかなぁ」
呟いてみる。ヴァレンタインに照準を合わせて、新しい飲み物でも考案してみようかな。うん、それが良いだろう。
僕はその後、ケーキの手配だけ、時々帰ってくるローラに頼んだ。ローラは、藍円寺さんにつきっきりだ。愛を感じすぎるというか……ちょっと過保護すぎると僕は思う。火朽さんも同じくらい過保護だと思うけど。
その点水咲は――……と、考えて僕はひとりで赤面した。
どうして水咲を同列に考えてしまったんだろうか。
完全に情が移ってしまっている。
「関係性を変えたくないと思ったのは、僕の方なのに」
それからは――二月に入るまでの間、僕は水咲に会う事は無かった。だって僕にはお店があるし、水咲がお客様としてこなければ、日中に会う事はまずない。斗望くんと芹架くんも最近はお店に来ない……。
そんなある日、ローラに店を休みにしろと言われた。深夜営業の方だ。
ああ、ヴァレンタインだなと気づいたのは、ローラがカフェで藍円寺さんにチョコレートリキュールのお酒を振舞っているのを、透視した時の事である。火朽さんは火朽さんで、ヴァレンタインも帰ってこなかった。最近では、圧倒的に、僕が一人でカフェに居る事が多い。なにせ日中のローラは、猫の姿で、藍円寺さんのベッドで丸くなったりしているらしいのだから……。
こうしてフェアをし、客足が戻ってきつつも、あっという間にヴァレンタインは過ぎ去った。
ローラがぼやいたのは、そんなある日の事である。
「あーあー。どうすれば、藍円寺と一緒に暮らせるんだろうなぁ」
ローラがカウンター席で腕を組んでいる。それを聞いて、僕は少し考えてみた。
「そうだ、藍円寺さんってさ」
僕は、何気なく思いついて、ローラに声をかけた。ローラは英字の古びた新聞から顔を上げて、僕を見る。本当、藍円寺さんの事となると、食い付きがいいよね。
「ん?」
「怖い物が苦手でしょう?」
「そうだな」
「――家からさ、墓地が見えると思うんだけど、窓から見るお墓は怖くないのかな」
するとローラが虚を突かれたような顔をした。
「……怖がっているようには見えないな、家にいる間は。確かになぁ……家には玲瓏院の結界もはってあるようだったが、風景が怖いのは……――慣れ、なのか?」
ローラが顎に手を添えて唸っている。
「ここの立地だと、お墓は見えないよね。そこは利点になるんじゃない?」
「でも、あいつは法事だのでも、ごくたまに仕事が入ると墓に行くし、一人で掃除をして回っている事もある。墓石は大丈夫なんじゃねぇのかなぁ」
僕達は真剣に、藍円寺さんとお墓について考えた。
そうしていたら夕方の十六時になって、藍円寺さん本人が顔を出した。
これからローラと共に除霊のバイトへ行くから、ここで待ち合わせをしていたらしい。
ローラが送迎する事は本当に多いのだが、いつも藍円寺さんが照れて断ろうとしているのを見かける。そういう時も相変わらず黒猫姿でローラはついていくのだが、ストーカーと言っては、さすがに可哀想だろう。なにせ、愛ゆえだ。
ただ、本日は、藍円寺さんが日中、予定があったらしく、ローラは大人しくお店にいた。黒猫がローラだと、藍円寺さんも既に気がついているから、ローラも藍円寺さんの『来なくて良い』という意思を尊重したのだろう。
ちなみに、本日の藍円寺さんの用事というのは、斗望くんの、中等部お受験の送迎だったらしい。朝儀さんと斗望くんを車でのせていったそうだ。藍円寺さんは家族思いだと僕は思う。ローラは藍円寺さんのご家族が羨ましくて仕方がないみたいだ。
「遅くなってすまない」
藍円寺さんが入ってくるなりそう言った。約束は十六時であるから、と思って、僕は時計を見たら、数分過ぎていた。遅くなったというほどではないが、藍円寺さんの心を読むと、ローラの事は一分たりとも待たせたくないらしい。
「ん? 時間ぴったりだ」
ローラが笑顔を浮かべた。確かに、この顔だけ見ていると、天使のように思える。
それにしても、藍円寺さんはだいぶ素直になったと思う。すまない、だとか、ありがとう、だとか、最初に会った頃よりも、僕に対しても口にする頻度が増えた。
「じゃ、行ってくる」
――なお、斗望くんと芹架くんが無事に合格したと僕が聞いたのは、ホワイトデーフェアが終わってからの事だった。