【3】同情という感情の有無(☆)





「私を怒らせた以上、楽になれるとは思わないことだ」
「あ、ぁ……」

 縲は夏瑪の指で前立腺を刺激された瞬間に、震えた。

「もう永劫、私の許しがなければ、縲さんは果てられない。射精できない。そう、私に貫かれる以外ではね。これは、『命令』だ」
「あ、やぁああ、やヤ、もう、もうイきたい、やぁああ」

 縲はボロボロと泣いている。そこには既に理性はない。

「私の指で、悶えるといい。今は、中で果てる事も、許さない。『命令』だ」
「あ、ハ……ひっ、ぁあああ、やぁ、あ、ア!!」

 強く前立腺を嬲られ、縲は何度も絶頂に達しそうになったのに、それができない。ずっと寸止めされている感覚が続き、体が灼熱のような快楽に飲み込まれていた。

「もう許して、あ、あ……あああ」
「では、懇願するといい。挿れてほしいと。それが『全て』だ」
「っ」

 しかしその言葉に、縲の瞳は絶望に染まったものの、声が凍る。吸血鬼と体を重ねる事など在りえないというのは、体に叩き込まれた信念だ。その洗脳は、縲の全身を、動かす。それに気づいた夏瑪は驚いた顔をした。

「おや、随分と強い強制力だな。エクソシストはこれだから――堕としがいがある」

 喉で笑った夏瑪は、縲を抱き起すと、体勢をかえ、後ろから抱きしめるようにした。そして縲の胸の突起を、両手でつまむ。すぐに縲の乳首は、赤く尖った。

「あああああ」

 その指先から夏瑪が流し込んだ快楽に、縲が絶叫する。

「いや、いやだ、いや、いやぁあああっ」
「洗脳が解けるまで、乳首を愛でよう」
「あ、あ、あ」
「そして、味わうとしよう」

 そういうと、夏瑪が縲の首を噛んだ。そこからも壮絶な快楽が流れ込んでくる。もう快楽しか拾わない意識に、縲は喘ぐ事しかできない。夏瑪はそれから、縲の血を吸いつつ、その上気した体を焦らしに焦らした。すると縲が気絶した。

 嘆息し、夏瑪が立ち上がる。
 そして退屈そうな目をし、階段を見た。

「食事がしたかったわけではないのだがね。まぁ、いい。どのみち、私に勝る事はありえない矮小な人間の児戯にすぎないのだから」

 そういうと、夏瑪は引き返す。縲は放置したままだ。確信がある。きっと彼は己を求めるという自信がある。だから、ここに残す事にした。

 階段を上り始めた夏瑪は、一度だけ振り返った。

「しかし、エクソシストとは哀れな生き物だ。人間の中でも」

 そう呟きながら、洗脳について考える。執着を要因にして行われる欧州での訓練は、好きと嫌いは紙一重という言葉を体現するような方法をとる。エクソシストは、吸血鬼を嫌悪するが、吸血鬼の事しか考えられなくなり、同時に殺意を抱く際、強い感情で理性が埋め尽くされると、夏瑪は知っていた。

「我々が別の出会い方をしていたならば、あるいは私も同情したかもしれないな」

 そう述べ、階段の中ほどで夏瑪は、空間を歪めて移動した。



 ――数時間後。

「縲、縲」

 控えていた朝儀が、服をかけながら、縲の名を呼んだ。すると縲は瞼をあけたものの、その瞳の焦点は合っていなかった。ぐったりしている縲は、既に廃人に等しいほどに、何も考えられなくなっていた。唇を震わせて泣きながら、縲は呟いている。

「イかせて、あ、あ……あああ」
「――玲瓏院一門が藍円寺の者が命ずる。快楽を転移せよ。藍円寺亨夜が身代わりとなる」

 朝儀がそう宣言した瞬間、ビクリと縲の体がはねた。

「……っ」
「今のところ計画通りに進んでる、縲、安心していいよ」

 亨夜であれば、快楽に駆られても、ローラが対応するのは明らかだ。

「これで夏瑪夜明の居場所は捕捉できる」

 あの数珠は、さも使役を装ったが、実際にはそれができるとは想定しておらず、代わりに位置特定の効果のみ期待した代物だった。それを聞きつつ、熱い吐息をし、やっと縲は理性を取り戻す。

「兼貞とも連絡が取れたし、彼方さんも協力してくれる。ここを出よう。ね?」
「――っ、うん」

 服を纏いつつ、縲は頷いた。
 そしてよろけながら立ち上がる。その体を支えた朝儀は、内心で溜息をついていた。
 こうして二人で寺院を出て、再び車に乗り込む。運転席に座った朝儀は、御遼神社を目指した。

 御遼神社に到着すると、侑眞が出迎えた。そしていつか芹架が囚われていた離れの庵に、縲を誘う。そこにはアメの力を込めた結界があった。中に入ると、一気に縲の体から快楽が抜け、そこにあった白い布団の上に、縲が崩れ落ちた。

「酷いですね」
「うん。縲が可哀そうになってくるよ」
「この結界で、緩和はされると思います。でも、いつまで意識がもつか……」
「侑眞くん。縲は今危険な状況だから、見張りをつけてほしいんだけど」
「――水咲に、この周辺全体の監視を任せてはいるんだ。だけど、夏瑪教授を排除するのは、困難だと思います。特に、夜は。この庵にも、霧にでもなれば、入れる。僕は、エクソシストとしての力を欠いても、抱かれてしまった方が楽になれると思ってます、正直」
「そうなれば、暗示によりかかりやすくなるから、綻びから、抜け出させてしまうから……」
「許容するわけにはいかないんですか? 夏瑪先生は、この土地においては、教授業を全うしているだけで、脅威ではなかった。今の縲さんを相手にしているのでなければ――本来は、『協力的なあやかし』です。縲さんの私怨だと感じるのが、本音です」
「……、……それは、僕も思うよ。縲はこだわりすぎているし、執着し過ぎだと思う」

 朝儀が俯いた。その瞳は考えるような色を浮かべている。

「僕としては、夏瑪先生がここに侵入しても、関知しないつもりですよ」
「……うん」
「僕が相手にしたら、昼威先生まで巻き込むことになりかねないし」
「本当に昼威の事愛してるよね、侑眞くんは」
「ええ。やっとかなったこの関係を崩すような事は絶対にないです」
「俺だって、彼方さんとの関係を大切にしたいから、気持ちはわかるよ」
「結局は、自分とその恋人が大切だから――同情では動きません」
「それは俺も同じ」

 そんなやりとりをしてから、二人は眠り込んでいる縲を残して庵を後にした。