【5】陥落(★)





 硬い陰茎で前立腺を擦り上げるようにしながら、何度も最奥に夏瑪が放つ。その度に縲の体は染め上げられていく。交じり合う強い霊力と、恥辱、肉の感触、それらに縲は眩暈がした。あんまりにも気持ち良すぎて、完全に暗示が途切れていた。

「ぁ……ァ……」

 この時、縲は夏瑪に対して無意識に考えてしまう事があった。
 彼は、自分を助けてくれる存在だと。初めて、弱い自分を分かってくれた存在だと。それは紗依ですら、できなかった事だ。誰にも見せられなかった脆い心を、看過された上で、認められた至福。もう、夏瑪に全てを任せたくてたまらない。心が、助けを求めていた。これは、夏瑪による『命令』ではない。縲の根幹にあった、洗脳により封印されていた本心からの結露だった。

「あ、あああっ、あ」

 初めて感じる肉茎の存在感に、縲は白い喉を震わせる。
 その固く太く長いものが、自分を守ってくれる存在との繋がりだと、心の奥底が訴える。

「あ!」

 最奥を再び刺激された時、縲はもう幾度目になるのか分からない射精をした。既に透明な液しか零れない。

「私に守られるというのは、そう悪いことではないと思うがね」
「あ、ぁ……夏瑪せんせ、い」
「ん?」
「本当に、あ、俺を守ってくれるの?」
「ああ、もっとも気が向けばだがね」
「っ、ぁあ……俺、俺、先生が好き」
「縲さん?」
「あ、あ、あ、あ好き、あ、愛してる。だめ、あ、だから、も、もうゆるして」
「どうしたんだね?」
「わかんない。なんか、そう思って」
「そんな暗示はかけていないがね?」
「分かんない、何も、分からない」

 様子が変化した縲の細い声音に、抽挿しながら夏瑪が思案する顔をした。
 元々――端緒として、夏瑪は縲が気に入っていた。そして現状、実際に守ってやろうと思う程度には、心を掴まれている。それは、一つの愛のカタチだという認識が夏瑪にはある。長い時を生きてきた彼は、恋情を見誤るほどおろかではない。

「では、賭けようか」
「あ……」
「どうやら我々は両想いのようであるから、この夜が終わっても、縲さんが本心から述べたのならば、力を失わないはずだ。失ったとしたならば、私の心を弄んだ罪に、罰を与えることにしよう。その時こそ、私に喰い殺されればいい。なに、代わりはいる。君が死んだら、他の者に、結界を抜け出す策を問いただすだけだからね」
「あ、あ、あ、あ、あ」

 夏瑪の動きが早くなる。肌と肌がぶつかる音が、大きくなっていく。
 この夜縲は、散々体を貪られた。


 ――翌朝。
 縲は気怠い体で目を覚ました。そしてハっとした。全身からは熱が引いているものの、菊門から白液が垂れていくのが分かる。瞬時に蒼褪めて、両腕で体を抱いた。

「力……使えなく……」

 呟いてから、試すことに決める。手に、銀製のナイフを出現させようとした。すると。

「?」

 それはあっさりと出現した。霊力で持ち手を象っているので、力を失っていれば、出てくるわけがない品だ。

「どうして……?」

 そう考えてから、昨夜の己の痴態と思考を思い出す。そして、今度は赤面した。

「そんなわけがない、俺が夏瑪を好きなわけが……」

 だが。
 現実として力は使える。その上昨夜、己を分かってくれた、世界でただ一人の存在を夏瑪だと感じ、確かに愛おしいと思った記憶があった。忌々しいことに。

 力があることは喜ばしいが、愛など受け入れがたかった。なにせ、これまで憎んできた相手なのだから。夏瑪を憎むことが、縲の一つの自己証明の手段ですらあったのだから。

「縲さん、起きました?」

 そこへ扉の向こうから、侑眞の声がかかった。

「あっ、入ってこないで」
「……浴室は、ここを出て右の奥です」
「っ、その」
「夏瑪先生から伝言ですよ。昨夜の言葉が本当ならば、大学の研究室へ来るようにって。今日から、研究旅行は中止として、大学に戻るらしいですね」
「な」
「――縲さん。これは、いい知らせではないかもしれないけど、『心霊協会』は、夏瑪夜明を『協力的なあやかし』と認定し、それと玲瓏院のご隠居は、『訴えない』と決定したと、御遼神社に今朝連絡がありました」
「え」
「もう、詰んだのはこちらの方だとしか……残念だけど」
「待って、そんなの認められない」
「でも――縲さんが、愛しているんじゃしょうがないんじゃ?」
「な、なんで」
「霊力の有無くらい、それに体に交じった刻印経由の力くらい、俺にもわかるので」
「っ、ねぇ、ちがうんだ、そんなはずが――」
「なら、なおさら、研究室に行ってみては?」
「……それは」
「ここにいても埒が明かないと思うけど」

 侑眞の言葉は正論である。その後侑眞が立ち去ってから、縲は浴室を借りた。

 ――その頃。
 冬休みの朝の、雪が降りしきるのが窓から見える研究室にて。
 執務机に座り、夏瑪は両手の指を組み、その上に顎を載せていた。

「人間に恋をするのは、いつ以来だろうな」

 ぽつりとつぶやいた夏瑪は、それから小首を傾げる。

「まぁいいか。裏切ることがあれば、喰い殺せばそれでいいのだから」