【八】朝と夜(★)
朝食は、本日もパンだった。思えば昨夜も食べなかったし、体は疲弊していたが同じくらい空腹だった。料理を見て、それを実感した。カリカリに焼かれたベーコンを食べ、コンソメのスープを飲みながら、僕は静かにユーゼ様を窺う。
特に笑うでもなく、いつものように雑談をするでもなく、ユーゼ様は淡々と食べている。少しだけ、不機嫌そうに見えた。僕はこれまで人の顔色を窺うような生活はしてこなかったから、自分の些細な変化を意外に思う。
沈黙は食事の最後のデザート、プリンを食べるまで続いた。スプーンで口に運んでいると、漸くユーゼ様が口を開いた。
「俺が話しかけなければ、ルツは口を開かないな」
「……話題が思いつかなくて」
「伯爵家の家族に対しても、そうなのか?」
「はい」
余計な事は言わないようにと、僕は躾けられてきた。うっかり機密などを口にする事が無いようにだと思う。僕は王宮に勤めていたわけではないが、父上の手伝いをする事も多かった。その父は、国の中枢にいると言って良い。
「ルツは、俺に興味が無いのか?」
「そんな事は……」
実際、僕は過去には他者に興味を抱かなかったが、懇親会の夜には、相応にユーゼ様という存在を意識していたと思う。ただこんなのは初めての体験であるから、どうしたら良いのか分からないのだ。
「では、いくつか『約束』をしよう。作ろう」
「約束?」
「――一つ。遅くなる場合、特に外泊するような場合は、必ず連絡をする事」
それを聞いて僕は驚いた。
「ユーゼ様は、本当に僕を心配してくれたんですか?」
「当然だろう。君は、俺の番いであり、伴侶だ。俺達は夫婦だぞ? 無断外泊は許容出来ないし、論外だ」
「……ごめんなさい」
素直に僕は謝罪した。するとユーゼ様が、細く長く吐息した。
「悪いな。俺は恐らく謝罪を求めていたから、その言葉で少し頭が冷えた」
「僕は、こんな風に誰かに心配してもらった事は無いんです。だから、仕事だし、連絡はいらないんだと思っていました。ユーゼ様は、気にしないと思っていたんです」
気づけば僕は、言い訳じみた事を口にしていた。これもまた、初めての経験である。ただ強く思うのは、ユーゼ様に嫌われたくないという事だ。嫌われる事が怖いというのも初体験だ。
僕は気づいた。ユーゼ様と過ごす時間が、僕には思っていたよりも大切だったらしい。
「これからは、気にするのだと覚えてくれ」
ユーゼ様はそう述べると、魔術で亜空間倉庫から、腕輪を一つ喚びだした。
「これは、俺に直通で連絡出来る代物だ。身につけていてくれ」
「分かりました」
「約束はこれからも増やしていこう。ルツも、俺に対して希望があれば、いつでも言ってくれ」
僕はユーゼ様に対して希望など特に無かったが、頷いておいた。
「俺は仕事に行く。ゆっくりと休むようにな」
「有難うございます」
その後、僕はユーゼ様と別れて寝室へと向かった。巨大なベッドに体を預けて毛布をかぶる。すると、どっと疲れが出てきた。眠い。僕はすぐに睡魔に飲まれた。瞼の裏の暗闇は心地良い。
「ルツ」
それからどのくらい時間が経過したのかは不明だったが、僕は名前を呼ばれて、起きた。起きたとは言っても、瞼を開ける気力は無かった。殺気も感じない。膨大な魔力を消費した反動で、僕の体は疲れ切っているらしい。ただ意識だけが、僅かに起きなければと主張しているようだ。
唇に柔らかな感触がしたのは、その時の事だった。何だろう。
「ン」
僕はピクンと体を動かした。その間も唇には、柔らかな感触が触れていた。見知らぬ温度に、僕は薄らと瞼を開けた。すると漸く唇が離れ、目の前にはユーゼ様の端正な顔があった。
「もう夜だぞ」
「あ……」
「今夜も不在かと思って――だが連絡も無いから見に来てみたら、君がすやすや眠っていたものだから驚いた。朝からずっと眠っていたのか?」
「はい……」
僕が上半身を起こそうとすると、ユーゼ様が僕の両手首を優しく握って寝台に押しつけた。まだ力が体に入らなかったから、僕はされるがままになって、ユーゼ様を見上げる。
「いつもは隙が無いのに、寝起きは随分と無防備なんだな」
「……」
「明日は久しぶりの休暇だ。ルツの明日の予定は?」
「特に無いです。急な呼び出しさえ無ければ」
「無い事を祈ろう」
そういうとユーゼ様が、寝台の上にあがってきた。僕はぼんやりとそれを見ていた。首元のリボンを緩めたユーゼ様は、それから僕の頬を片手で撫でた。
「嫌か?」
「何がですか?」
「俺に抱かれるのは」
それを聞いて、僕は漸く状況を理解した。僕の首元の服を緩めながらユーゼ様は、じっと僕を見ている。その透き通るような瞳に、僕は抗えなくなる。そもそも、僕達は勇者候補の子供を儲けるために、ここにいる。拒否権は無いだろう。だがそれとは別の感覚で、ユーゼ様に惹きつけられていた。
「嫌じゃないです」
「それは良かった」
ユーゼ様はそう言うと、僕の首筋に口づけた。するとその箇所がツキンと鈍く痛んだ。するすると服を脱がされていき、ユーゼ様に左胸の突起を指で挟まれる。人差し指と中指を小刻みに動かされると、僕の乳首からジンとした甘い感覚が体に入り込んできた。
「っ」
その時、右胸の突起を舐められた。左胸の乳首は今度は指先で捏ねるようにされ、右側は舌で嬲られる。普段は乳首などあまり意識しないのだが、無性に今日は気になってしまう。それから暫く胸を愛撫され、僕は何度も息を詰めた。自然と体の中に生まれた熱が、陰茎へと集まっていく。緩やかに反応を見せた僕の陰茎をユーゼ様が、服の上から撫でる。
それから下衣をおろされた。そして直接的に陰茎に触れられた。始めは覆うようにされ、そうして手で輪を作るようにして擦られる。
「ぁ、あ……」
「もっと声を聞かせてくれ」
周囲に甘い匂いがする。どんどんそれは濃くなっていくような気がした。
寝台のベッドサイドには、最初から香油の瓶がずっと置いてあった。ユーゼ様はそれを手に取ると、蓋を引き抜き、片手にまぶす。そしてぬめる右手の指先を、一本僕の中へと進めた。
「ん、ぅ……」
「きついな。初めてか?」
「は、い……っ、ッ」
僕が体を硬くすると、ユーゼ様が吐息に笑みをのせた。
「大丈夫だから」
「っ、ァ……」
実直に指が進んでくる。一本の指だけでも莫大な存在感だったというのに、それが二本、三本と増えた頃には、僕の全身は汗ばんでいた。指先をバラバラに動かしたり、規則正しく抜き差ししたりと、ユーゼ様が僕の中を解していく。
指を引き抜くと、ユーゼ様が巨大な陰茎の先端を、僕の菊門にあてがった。それが、めりこむように挿ってくる。熱い。兎に角熱い。挿ってくる度に、繋がっている箇所から熔けてしまいそうになる。香油がぬちゃりと音を立てている。
「あ、あ、あ」
グっと奥深くまで進められて、僕は涙ぐんだ。こんな感覚は知らない。思わずユーゼ様の首に両腕を回す。純然たる快楽が、僕の体に襲いかかってくる。
「あ、あア!」
一度動きを止めていたユーゼ様は、僕の呼吸が落ち着いたのを見計らうようにして、腰を揺さぶり始めた。そうされる度に声が漏れてしまう。
その内に、ユーゼ様の動きが速くなった。奥深くまで挿入しては、引き抜き、どんどん激しく貪るように抽挿し始める。僕は嬌声を上げた。ユーゼ様の巨大な肉茎が、僕の感じる場所を突き上げる。そこを突かれると全身が痺れたように変わるのだ。
「あ、あ、ああ、ぁ……ん――ァ、あああ!」
そのまま昂められて、僕は放った。ほぼ同時に、ユーゼ様が僕の中で達した気配がした。するりとユーゼ様が陰茎を引き抜いた時、白液が僕の内側から零れた。僕はぐったりと寝台に沈み、その感触を漠然と覚えていた。
「平気か?」
「……はい」
答えた僕の声は、掠れていた。ユーゼ様は微苦笑しながら、僕の髪を撫でた。
「全く足りない」
「え?」
「夜はまだまだこれからだ」
――その夜、僕はユーゼ様に何度も何度も体を貪られたのだった。