【十四】話し合いの場
既に雨は上がっていた。僕は銀色の星が瞬く夜道を、ユーゼ様と共に歩いた。自然とユーゼ様が僕の手を握ったから、手を繋いでいる。僕の指と指の間には、ユーゼ様の指がある。ユーゼ様は、時折、ギュッと手に力を込める。僕より大きな骨張った手をしている。
居住区画の中央にある公共塔へと到着すると、既に混雑していた。前回立食パーティを行った二階の一つ上に、大会議室があるらしい。けれど、総勢約百名の全員が集合するのではなく、多くの場合は、各家庭から片方が参加しているらしい。夫婦で参加しているのは、この会合の主催をかって出たのだというユリセ=ゴーレイ侯爵子息とコーネリアス=ドールという帝国の魔導騎士の夫婦と、僕とユーゼ様、他にはごく少数だった。会議室には、六十名程度の人間がいる。その中央に円卓が設けられていて、他は聴衆らしい。
「座ろう」
迷う事なくユーゼ様は、僕を円卓に促した。円卓の空席は丁度二つ。合計十名分の椅子があった。他の八名は既に座っている。その後自己紹介があった。ユーゼ様も含めて合計五名が帝国の人間だという事だった。他には公国の人間が二名。他二名は、王国出自の夫婦である。王国の宮廷魔術師の夫婦で、ミスト=セルカとイーディス=アディアという名前で、彼らの事は僕も知っていた。この場にいる全員が、出自が同じであっても、勇者候補の子供を得るために婚姻関係になった――他人の集まりだと思うと不思議だった。
なおコーネリアス=ドールの事は、個人的に知っていた。僕は彼が総指揮官をしていた帝国の部隊の内の一つを殲滅した事があるのだ。戦禍の記憶は決して古くはない。ユリセと夫婦だと分かったのは、二人がおそろいの指輪をしていたからである。
「お越し頂き有難うございます。お集まり頂いた皆様も」
ユリセが仕切るように発言した。それを契機に、自然と話し合いの場が動き出した。
「帝国が、他二国からも情報提供を受け、現在とりまとめ、把握している事を述べる」
言葉を引き継いだのは、ユーゼ様だった。家にいる時とは異なり、どこか冷ややかな声音に思えた。仕事をする時は、いつもこのような感じなのだろうか?
「単刀直入に言って、この居住区画が狙われた事は間違いなさそうだ。即ち、勇者候補の子供を産ませないようにしたい勢力が存在するという事になる。そして犯人と目されているのは、ミゼラルダ教という破壊的なカルト宗教の集団だ」
そう述べると、一度ユーゼ様は言葉を句切った。それから周囲を見渡し、スッと目を細めて、公国から来ている二名の魔術師を見た。すると、その内右手に座っていた青年が頷いた。
「エンデルフィア公国宮廷魔術師のライルと申します。過去に二度、公国では、同団体からテロを受けた事があります。その時、公城から対応に当たった部隊に、俺と、夫のセルガがいました」
「セルガと申します。今回、ミゼラルダ教が用いる魔術媒体である鏡が、三体全ての魔獣の体内から発見されました。各国の宮廷から派遣された宮廷魔術師と共に、俺達二人も検分に参加し、同一の品だと確認済みです」
冷静にそう述べた二人は、それから僕を見た。そしてライルが微苦笑した。
「直近では、グリモワーゼ王国にて、やはり今回同様竜型の魔獣が出現した際に、魔術媒体を確認したのだとか」
僕に視線が向けられた。僕は瞬きをしながらそれを見ていた。すると全員の視線が僕に集まった。僕は、発言を求められているのかもしれない。そして情報提供をする事は良いと父に言われている。けれど僕は、過去、公的な場で情報公開をした経験など無い。いつも倒すのは僕でも、父や兄がとりまとめて発言してくれていたのだ。困惑してしまう。冷や汗が浮かんでくる。何を言えば良いのか迷っていると、机の下で、ユーゼ様が僕の手に触れた。覆うように手を握られて、ハッとした。
「ルツ。君が倒したと聞いているが、今回の竜と同じだったのか?」
先ほどとは違い、ユーゼ様の声は、普段と同じく優しいものに戻っていた。僕はユーゼ様の力になりたい。例えばお皿洗いが出来たように、少しならば、役に立てる事もあるかもしれない。僕は唾液を嚥下してから、首を振る事にした。
「いいえ。今回倒したのは、成竜だったと思います。前回倒した三体は、魔王の繭に近い場所で発生したようで、幼生ながら、今回の成竜よりも巨大でした。魔王の繭がもたらす膨大な魔力により、最近生じた魔獣は最初から巨大化傾向にあるようです」
「事実か? ならば――より危険な仕事をしたという事か。今回であっても心臓が止まるかと思った。それよりも危なかった、と?」
ユーゼ様が半眼になった。僕はその反応に狼狽えた。
「ぼ、僕が言いたいのは、確かに危険だという事ではあるけど、同じじゃなかったという事で……」
「ほう」
「お二人とも、仲が宜しい事は喜ばしいですが、話し合いの終了後に存分になさって下さい」
するとユリセが吹き出した。それから咳払いをし、柔らかな瞳で僕を見た。
「では、今回襲撃してきた三体は、最近生じた魔獣では無いという事で良いのですか?」
「その可能性が高いと思います。一般的に、生物の転移魔法は、魔法陣を用いたとしても、一ヶ月程度の準備と、階梯外の平均的な魔術師であれば三十人規模で二ヶ月程度の詠唱が必要になります。つまり、三ヶ月前頃に捕獲され、その間――予測ですが、魔術媒体で行動を制御され、その上で、昨日あたりに転移元の魔法陣にのせられたのだと思います」
客観的に僕が言うと、ユーゼ様が隣で腕を組んだ。
「三ヶ月前、か。一の月は、勇者候補の子供を人為的に創造するという計画の最初の会合が、三カ国でもたれた時期と重なるな。極秘会議で、俺も出席した。これが漏れていたとすれば、三カ国のいずれかの宮中にも、敵あるいはその息がかかった者が潜んでいるという事になるな」
僕はそれを聞いて驚いた。僕など三の月の終わり頃に初めて聞いただけであるからだ。そんなにも前から、ユーゼ様は知っていたのか。だが、それよりも分からない事がある。
「……この六十年、魔王の繭が生じてから……これといった変化は無かったはずですよね……女性が生まれなくなった事を除いたら。確かにテロや襲撃があり、ミゼラルダ教がもっと前から関わっていたのだとしても……少なくとも魔王の繭に関係があると言った素振りは無かったのに……第一、勇者候補の子供を育成するという発案も無かった……どうして、今なんですか?」
僕は上手くまとまらなかったが、疑問をつらつらと述べてしまった。
「ルツ。我々が魔王対策に乗り出したから、ミゼラルダ教が動いたと言いたいのか?」
「……その……多分」
僕が言いたかったのだろう事を、ユーゼ様が代わりにまとめてくれた。ホッとしてしまう。
「今回、伴侶選びの場が設けられた理由は、勇者に相応しいだろう年代を話し合ったからであるというのは、まず一つだ。残り二十数年で魔王が生じるだろう時、相応しい歳になる若者の育成は急務だ。一人でも戦える者が多い方が多い。これは、三カ国で一致した見解だ。それが昨年でも来年でもなく、今年の現在だった理由は――天球儀の塔に、ある予言が伝わっていたからだ。これは、公にはなっていない事柄であるし、多少の誤差があると考えられている話なんだが」
ユーゼ様の言葉に、僕は驚いた。たまたま今年、話がまとまったという事では無かったらしい。
「異世界からの稀人の予言だ。稀人の予言は、過去にいくつか的中している。例えば、科学技術の発展。稀人は、馬車の出現を予言した。現在は転移魔法陣を高位魔術師は用いているが、一般の民は、馬車だ。また、通信技術。稀人の予言では、科学によるウィンドウの出現と通信の発展だったが、魔術とは言え、俺達は現在ウィンドウの使用をしている。遠方の人間と対面しているかのように話したり、音声を交換可能だ」
そう口にすると、ユーゼ様が膝を組んだ。
「稀人は、異世界――我々と人体の形は同じだが、文化や技術が異なる場所から訪れるとされている。よって、目の形と機能が同じであり、連絡手段の必要性と重要性から、類似の技術が出現する事を予見可能だとして、過去に予言したとされている」
「……では、魔王やそれを倒す勇者についての予言があるという事は、異世界にも、稀人の世界にも、それらが出現したのですか?」
「いいや。この世界に来訪した瞬間から、特異な魔力を持つようになり、予知が可能になった人物がいたそうだ。その者の名は、誰もが知っている存在の伴侶だ」
「え?」
「ジュールベルン=ヴェルリスの伴侶だ。魔術の神の本名だ」
「!」
僕は呆気にとられた。その場でも息を呑んだ者が多かった。
「現在の魔力による同性出産技術の礎を築いたのは、ヴェルリスと伴侶の、男性同士の伴侶関係の際に用いられた魔術を応用しているそうだ。天球儀の塔には、他にもヴェルリスとその伴侶が残した魔術の記録が多く残されている。その中に――伴侶、スバル=ヤマナシが残した予言書がある」
「それは――帝国に伝わっている知識ですか? だとすれば、機密なのでは?」
ユリセが窺うような瞳になった。するとユーゼ様が首を振った。
「いいや。俺が幼少時に、天球儀の塔で、直接、生みの父親から聞いた事柄だ。現在の天球儀の塔の主席である、ラインハルト=フェルゼンバーグには、公表すると既に通達済みだ」
周囲が静まりかえった。その中で、ユーゼ様が続ける。
「天球儀の塔は、魔術の繭が早く孵化する場合、及び予言通りの場合、父となる存在を設けるために、人為的に、俺を生み出した。それはここにいる多くの者達と変わらない。各国ともに、いつか勇者となる可能性、あるいはその親となる可能性がある人材を、六十年前より育成している。今回、三カ国共同となったのは、いよいよさし迫り、危機感があるからだ」
僕は上手く理解出来なくて、何度か瞬きをした。僕の父は宮廷魔術師長であり、生みの父は――……現グリモワーゼ王国の王弟だ。第三王子で降嫁した。王族と伯爵家の婚姻は不釣り合いだと囁かれたらしいと聞いた事がある。
「各国王家には、独特の魔力が宿っている。俺の生みの父の場合は、番い関係というのもあったようだが、帝国の皇帝家の血を求めた」
「宰相閣下。それは……ユーゼ閣下が、ご落胤であるという僕のゴーレイ侯爵家の調査が正しかったという事で宜しいですか?」
「そうなるな」
「では、僕と貴方はまた親戚ではありませんか」
「それが?」
「皇帝陛下が後継者をお探しである事、ご存じでしょう?」
「ああ。そしてその筆頭候補が、ユリセの子である事も知っている」
「……ですが、僕の父は、前皇帝陛下の弟の子供であり、血筋の濃さでは叶いません。皇帝家の特殊な魔力は、直系の血筋に近いほど強いのですから」
二人がそんなやりとりをしていると、王国出自のミスト=セルカが咳払いをした。
「お家騒動も、会議終了後に存分と。今は、新たな情報の提供を続けて下さい」
ミストは普段からきっぱりしている。三十二歳で眼鏡をかけている。僕はその落ち着きっぷりに、自分まで冷静になれた気がした。ユーゼ様とユリセは、はっとしたような顔をしてから、それぞれ視線を逸らした。
「――まぁ、そういうわけだ。ここにいる人間は、集まるべくして集まったと言える。少なくとも表階梯順位は、数代前から操作された通りになった。多少の順位の前後はあれど」
「……順位が高いからと言って、香りが一致するんですか?」
僕は疑問を述べた。まぁ確かに魔力色が黒に近くなるから、という意味では、この場にいる誰と僕が番いになっていたとしても不思議は無いのだが。
「無論、会食の場で一致しなかった人間もいた。あの場には三百名前後いたが、現にこの居住区画には約百名しかいないだろう? 俺はルツが運命の相手だと確信している」
「だから、惚気は禁止だ。帝国宰相閣下、今、貴方に我々が求めているのは、ルツ様への愛の言葉ではないのです」
ミストの断言に、僕は複雑な気分になった。嬉しいのに恥ずかしいのに、ミストの言う通りだという心境だ。
「具体的に言うならば、予言の子――勇者について知りたいのですが?」
ミストの隣で、苦笑しながらイーディスが述べた。すると、ユーゼ様が頷いた。
「ああ。勇者候補の誕生日は、十二の月一日らしい。何を持って予言がなされたのかは不明だが、未来を見通す力があったという話だ。他の予言と違って、根拠が無いのが難点だが――そして、それを逆算すると、受胎するのは四月の初めだ。子供は、魔力受精により約九ヶ月で産まれる。一ヶ月早く数えるから、合計八ヶ月だ。この居住区は、それに合わせて作られる事になった。予言によれば、勇者が二十一歳になる歳に魔王の繭は孵化するそうだ」
それを聞いて、僕は驚いた。もう四の月の終わりだ。僕とユーゼ様は一度しか関係を持っていないから、子供が出来ている可能性は薄いだろう。だがそれ以前に、その四の月の初めに、ユーゼ様は仕事だとして、僕とは寝室を分けた。つまり、勇者候補の子供は不要だという事だろうか?
「現在、この居住区画で妊娠しているのは、ユリセとライル、イーディスだけだな? 検査をしたのは、というべきか。受精後一週間で魔力判別が可能だから、心当たりがある者は早急に検査すると良い。勇者候補の子供となる。無論予言の誤差の可能性もあるから、その他の者も、数年以内の妊娠であれば、注視するようにな――が、最も可能性が高いのは、今挙げた三名とその伴侶の子供で間違いないだろうな」
ユーゼ様の言葉を聞きながら、それもあって円卓に集められたのだろうかと考える。子供が出来ておらずここにいるのは、僕とユーゼ様、それと帝国の宮廷魔術師夫婦のみである。僕達四人の場合は、魔獣の検分の関係などで円卓に呼ばれたのかもしれない。
「でしたら、襲撃されるというのは、なおさら不安です。ユーゼ様、そして各国代表の皆様。どうぞ、この居住区画に専任の護衛をして下さる人間の派遣について、自国に持ち帰り、ご検討下さい」
ユリセが言うと、ユーゼ様が頷いた。
「ああ。帝国では検討すると誓う。具体的には、そこにいるラフィスとブレイラの二名の勤務地を、この居住区画とする形で対応する」
すると帝国出身の夫婦がそれぞれ頷いた。それを見ると、ライルとセルガも揃って頷いた。
「公国も、宮廷魔術師二名――つまり俺達夫婦を常駐とする形で対応すると決定しています。正確には、一名、か。一応俺は子供が出来たので、セルガに基本任せます」
「子供と伴侶を守り抜く決意はあります。無論、他の人々も」
それを聞いて、僕は思わずミストとイーディスの席を一瞥した。するとイーディスと目が合った。
「王国からは、ミストが出ます。俺は孕んでいるし、ルツ様は――多分、産む側のようかつ、そうであってもなくとも、王国の任務があるためです」
僕は、自分が答えなくて良かった事にホッとしていた。するとユーゼ様が、机の下でずっと握っていた手に力を込めた。
「そうか。では、今後はそのように。今回の臨時の会合はともかく、情報共有は今後も行うべきだ。週に一度から月に一度程度。その時々の状況で。ユリセ、主催を頼めるか?」
「かしこまりました」
こうしてその日の話し合いの場は、終了した。静かに吐息してから、僕は立ち上がった。話し合いの場が終わった時、同様に立ち上がりながら、ユーゼ様が僕に言った。
「愛の言葉を述べるのは、この場が終わってからだったな?」
「っ」
「家で存分に述べる。お家騒動に関しては、話したいとは思わないから、早く帰るとするか」
「……はい」
そのままユーゼ様に手を引かれて、僕は公共塔を後にした。