【一】常に五番目の平凡な僕







 僕は常に五番目だ……。
 一位はいつだって、僕の一番上の兄上。
 ライゼ兄上だ。

 何の順位かというと、この世界に存在する『有史魔術石版』に表示される、潜在魔力量ランキング――【世界樹の階梯】と、顕在&熟練度魔術ランキングである 【世界樹の裏階梯】のそれぞれの順位だ。その五位の位置に、僕の名前、ゼリル=ベルスは載っている。裏も表も五位だ。

 物心ついた時からそうであったから、僕にはこの意味はよく分からない。ただ、自分が、家族の中で一番劣っているというのは理解出来る……。

 表と裏の一位は両方ともライゼ兄上。表階梯二位は次男のルイス兄上。裏階梯二位は、ユーゼ父上。三位は逆転して、表階梯三位が父上で裏階梯三位がルイス兄上。四位は、表も裏もルツ父様である。

 女性という存在が生まれなくなって、もう大分経つらしい。僕は見た事が無い。それは、【最果ての闇森】に素喰う【魔王の繭】の影響らしい。現在では、人間は男同士で子供を成している。僕は三人兄弟で、バルミルナ帝国の宰相であるユーゼ父上と、僕達を孕んだグリモワーゼ王国出身のルツ父様の間に生まれた。

 ライゼ兄上とルイス兄上が生まれるまでは、ユーゼ父上とルツ父様、それとライゼ兄上の師匠であるラインハルト様が、表と裏の階梯の三位を独占していたらしい。詳しい事は知らないけれど。現在ラインハルト様は、表と裏の階梯で六位だ。

 ラインハルト様は家族のような親戚のようなそんな存在だけど、ちょっと別だ。
 ……僕は、五人家族で、五番目……。末っ子だという意味ではない。両親にも二人の兄上にも勝てた試しが無いという事だ。

 難しいのは、勝ちたいかといわれると複雑だという部分である。僕は正直、勝てなくても良いと思っているというか、諦めがちだ……。

 僕以外の四人が規格外なんだと思う。

 僕が一番下の順位である事は間違いないが、他にも違う事がある。
 ――容姿だ。
 ルツ父様は、全然老けずに稀に見る麗人だと、子供の僕ですら思う。そんなルツ父様を溺愛しているユーゼ父上もまた、整った顔立ちをしている。

 僕はダイニングの扉に手を掛けたまま硬直した。目をつぶって真っ赤になっているルツ父様に、ユーゼ父上がキスをしている……。長身のユーゼ父上は少し屈み、ルツ父様の金髪に手を添えている。ルツ父様の瞳の色は、紫色だ。なおユーゼ父上は、黒い髪に濃い海色の瞳をしている。

 ライゼ兄上は黒髪に紫色の瞳、ルイス兄上は金髪に紫色の瞳だ。
 なお、僕の瞳は緑色であり、髪の色は黒だがみんなと違って若干癖がある……。
 二人の兄上は、ユーゼ父上に似たようで、身長が高いが、僕はルツ父様よりは高く三人よりは小さいという、ごくごく平凡な大陸基準だ。ルツ父様は細いのだが、僕は細くも無い。かといって、父上や兄上達のように体格が良いわけでもない。

 僕だけ、似ていないのだ。
 しかし今も眼前で深いキスをしているルツ父様が不倫をするとは到底思えないし、そんな事があったらユーゼ父上が不倫相手を死んだ方がマシな目に遭わせるだろう事は間違いないから……多分僕は、二人の子供なんだと思う。

 子供の僕から見ても、ユーゼ父上がルツ父様を溺愛しているのは分かるし、ルツ父様もユーゼ父上に対してだけ笑顔が増えるから相思相愛なんだと思う。

「なんだ、ゼリル」

 その時、体を離して、ユーゼ父上が振り返った。僕が困って苦笑すると、気づいた様子のルツ父様が慌てたように唇を震わせた。我が父ながら、ルツ父様は反応が愛らしすぎる。

「食事にするか」

 ユーゼ父上が微笑した。ルツ父様が隣でコクコクと頷いている。なお我が家に使用人はいない。一応ベルス家は侯爵家なのだが、料理は基本的にユーゼ父上が作っている。

「……おはようございます、ユーゼ父上、ルツ父様」
「お、おはよう」

 ルツ父様が僕を見て、優しい顔になった。ユーゼ父上もまた頷くと、ニンジンのピクルスの瓶を棚から取り、ドンとテーブルに置いた。あ。それを見て僕は苦笑いをしそうになった。実は、ルツ父様は、ニンジンが苦手らしいのだ。キャロットライスなら食べられるみたいだが、まるごとのピクルスは特に好きではないらしい。

 それを分かっているのにユーゼ父上がニンジンを差し出す時、それは料理に失敗した時だ。ユーゼ父上は基本的に料理上手だが、たまに失敗する。そんな時、ルツ父様は何も言わないのだが、ユーゼ父上としてはよりまずい品を目の前に出す事で、ごまかそうとしているらしい。

 ちなみに料理の腕前だけは、僕にも遺伝した。遺伝というか、ユーゼ父上が宰相職で多忙なので、僕が代わりに作るようになったため、自然と覚えたのである。

 食卓には僕達三人しかいない。現在、ライゼ兄上はエンデルフィア公国の【天球儀の塔】で、ルイス兄上はバルミルナ帝国皇宮で暮らしているからだ。

 この大陸には、三つの国がある。現在僕らが暮らしているバルミルナ帝国、天球儀の塔があるエンデルフィア公国、そしてルツ父様の出身地であるグリモワーゼ王国だ。嘗てはずっと三つ巴の戦争をしていたらしいが、現在は協調しているらしい。というのも――公国と王国に接している最果ての闇森に存る魔王の繭から、もうすぐ魔王が孵化するため、三カ国で協力して、その討伐に当たるからなのだという。

「スクランブルエッグだ」

 ユーゼ父上がそう言いながら皿を運んで来た。僕はその白身を見て、『ああ、なるほど、目玉焼きに失敗してスクランブルエッグにしたんだろうな』と思った。ユーゼ父上は、たまに卵を適当に割るのだ。急いでいる時だ。僕には、器に一度割るようにと何度も教えたが、自分はフライパンにそのまま落として失敗する事があるのだ。

「美味しそう」

 なお、ルツ父様には気づいた様子が無い。嬉しそうに卵の皿を見ている。

「いただきます」

 僕は手を合わせた。この『いただきます』という言葉は、王国の文化なのだという。帝国人はあまり用いないが、僕はルツ父様がいつもそう言ってから食べるので、その文化が移ってしまった。

 何でも元々は、『稀人』と言う、異世界人がもたらした文化らしい。この大陸には、時々異世界から来訪者がいるようだ。

 一口食べてみたが、味は美味しい。ただ、ユーゼ父上がきっと、慌てて塩を放り込んだんだなと言うのが、なんとなく分かる味でもある。他にはレタスとコーンのサラダ、コンソメスープがある。

「今夜は会議があるから遅くなる」
「そう」

 ルツ父様が、ユーゼ父上の言葉に、瞳を揺らした。どことなく寂しそうに見える。ルツ父様は基本的には無表情なのだが、ユーゼ父上の前だと表情が豊かになる。年に数回ライゼ兄上とルイス兄上が帰ってくる時も満面の笑みだけど、僕と二人きりだと普通だ。

 現在僕は、十七歳。ルイス兄上が十八歳。ライゼ兄上が二十歳だ。
 天球儀の塔には、一番偉い『主席魔術師』というポジションがあるそうで、現在ライゼ兄上は、天球儀の塔の主席魔術師だ。その前任のラインハルト様は、あっさりとライゼ兄上にその地位を譲ったのだという。今年で二十一歳になるライゼ兄上であるが、十三歳の終わりには既に主席魔術師になっていた。

 ルイス兄上は、僕から見るともっとすごい。八歳の時に、バルミルナ帝国の皇帝陛下の養子となって、昨年、皇帝陛下の退位に伴い、十七歳にして新皇帝に即位したのである。この国で一番偉い人だ。

 魔術師として一番偉い人がライゼ兄上、この国で一番偉い人がルイス兄上。
 ……僕は、普通である。一応このベルス侯爵家の跡取りだという事になっているが、よく分からない。現在のベルス侯爵は、ユーゼ父上だ。なおルツ父様は、グリモワーゼ王国のナイトレル伯爵家の次男だったのだという。そちらのアルラお祖父様は、グリモワーゼ王国の前国王陛下の末の弟だったらしい。

 みんな、煌びやかだ。僕以外は。僕だけ、普通だ……。
 世間一般的に考えたら、普通だと思う。家族基準で見ると、僕はやっぱり劣っている気がする……。

「ゼリル?」

 その時、ルツ父様に声を掛けられて、僕は我に返った。見れば、ルツ父様が、心配そうに僕を見据えていた。ルツ父様は、僕の表情変化に鋭いのだ。

「……やっぱり不味かったか?」

 ユーゼ父上が、決まりが悪そうな顔になった。僕は苦笑して首を振る。

「ううん。美味しい」

 このようにして、朝食の時間は流れていった。