【二十二】物語の終わりは始まり(第一章完結)







 ――翌日。
 補填魔術を実行する事になった僕とエルトは、朝食の席でもずっと打ち合わせをしていた。それは昨日の夕食時も、その後の時間も同じだった。ユーゼ父上とルツ父様は、書き置きがあって、ラインハルト様との話し合いが続行中だから、皇宮の迎賓館に滞在するとの事だった。

 地下第二魔法陣広間の、床に刻まれている魔法陣の上に立った時、隣にいたエルトが、不意にギュッと僕の手を握った。

「俺は、俺達ならば出来ると信じている」

 それを聞いて、僕は表情を引き締めて頷いた。手を握り返す。

「エルトの国の、ナゼルラ大陸の人々のために、僕に出来る事があるのは幸いだったと思ってる。全力を尽くすね」
「感謝する。ゼリルがいてくれたから、ゼリルの存在があったから、俺は頑張る事が出来たという部分もある。非常に大きい」

 エルトはそう言ってから、僕から手を離すと、少し距離を取った。そして――初めて見る杖を出現させた。僕達は、広間の左右に位置を取り、それぞれ杖を握りしめる。ここからは僕とエルトの魔力を共鳴させて、転移魔術による補填を行う。先に、エルトが杖をふり、座標を魔法陣化したものを出現させた。天井一杯に座標魔法陣が広がる。

「始めるぞ」

 エルトの声に僕は頷く。そして僕達は、詠唱を始めた。普段、呪文を使わないから、僕は間違えないように細心の注意を払う。補填魔術は繊細だから、攻撃魔術とは異なり正確性を期するため、詠唱を行うのだ。僕とエルトの声が重なる。唱和しながら、僕はエルトと魔力が混じり合っていくのを感じていた。

 それから三時間ほど詠唱を続けていき、僕らはいざ補填魔術を放つ事になった。
 すると、ごそっと僕の体から魔力が持って行かれる、抜けていく感覚が始まった。
 後は転送が終わるまでの間、僕らは杖を握りしめ、耐える事になる。
 無言の空間で、僕はびっしりと汗をかいていた。

 全神経を集中させ、目を閉じている僕達は、補填が完了した所で、それぞれ斜めに杖を振り、魔法陣の上に一度強く杖をついた。

「……」
「完了だ」
「……良かった」

 全てが終わった時、僕は大きく吐息して、少しふらついた。慌てて姿勢を正す。

「きちんと届いたか、確認は出来るの?」
「――手紙を一緒に転移させた。ただ、遠距離すぎるから、直接連絡は困難だ。距離と言うよりも瘴気が邪魔をする。ただ宰相なら、悪いようにはしないはずだ。良いイメージは無いが、唯一俺の渡航処遇に泣いてくれた人間だ」

 宰相というのは、もう分かる。ユーゼ父上の事ではなくて、エルトの母国の宰相閣下の事なのだろう。

「少しでもみんなの助けになれば良いね」
「正直、三年は皆の寿命が延び、生活環境も良くなったと考えられる」
「そうなの?」
「始めの監禁を考えると、この規模の支援の早期決定は予想していなかった。補填を優先したが、今でも理由が分からない。何故、このバルミルナ帝国は、支援を決定してくれたんだ? 俺が嘘偽りを述べていないと、どうやって判断したんだ?」

 それを聞いて、僕は腕を組んだ。

「まさか、息子や弟の番いの頼みだからと言う事は無いだろう?」

 エルトが僕を見る。僕は言おうか迷った。
 尋問を担当していた第一部隊の人間には不可能なのだが――ユーゼ父上とルイス兄上には、バルミルナ皇族の血筋に宿る、特殊な魔術の行使が可能なのだ。これは、ライゼ兄上にも使えないし、僕にも出来ない。それこそが、ルイス兄上が養子になり、皇帝陛下として即位した理由だ。

 先天的に、人の心を読み取る魔術、記憶を読み取る魔術、この二つを、父上と皇帝陛下は使用出来るのである。普段は、精神衛生上よくないとして、腕輪で封印しているが、必要時は腕輪を外して、容赦なく、相手の情報を読み取っている。この魔術が使えると知っている者は、限られているのだが。

 和やかに食事をしながら、エルトが夕食の席で、ユーゼ父上に支援の話をした日、ユーゼ父上は腕輪を外していたのを、僕は知っている。だから、エルトの言葉に嘘が無いと知り、恐らくはナゼルラ大陸の状況を読み取って、的確な支援に成功したのだろう。ユーゼ父上は食事の席では表情が変わらなかったが、その点もルイス兄上が受け継いでいて、悪く言えば、面の皮が非常に厚い。ただこれらは、我が家(とごく一部の人々の)秘密だ。

「困った時はお互い様だってユーゼ父上は話していたから、きっと、そういう事なんじゃないのかな」
「そうか……善良なんだな。この国の人々は」
「どうだろう。僕には分からないけど、みんな良い人だと思ってるよ」

 僕がそう言って笑うと、エルトが歩み寄ってきた。そして、正面から僕を抱きしめた。強い腕の感触に、僕は目を丸くする。

「有難う、ゼリル」
「う、ううん……」
「愛してる」

 僕の耳元でエルトが言った。それが嬉しくて、僕は額をエルトの胸板に押しつける。そしておずおずと両腕をエルトの背中に回してみる。

「ゼリル。俺はいつか、帰る事になるだろう。それでももう、ゼリルを手放せない」
「僕もずっと、エルトと一緒にいたい」
「――俺の伴侶になってくれるか?」
「うん……僕は、エルトの伴侶になりたい」

 その後、僕達は顔を上げて、見つめ合った。そしてゆっくりと顔を近づけ、触れ合うだけのキスをした。啄むようなキスを何度か繰り返す。

「僕もエルトが大好きだよ」

 ――このようにして、僕はエルトと伴侶同士、明確に番である事を確認するに至った。いつも五番目だった僕の事を、一番に、エルトは見てくれる。僕にとってもエルトが一番だ。最初は、結婚なんて考えられなかった僕だけど、今では、生涯エルトの隣にいたいという、いるという、イメージしか浮かばない。

 僕とエルトの物語は、このようにして始まった。