【二十一】翌日






 ――エルトと体を繋いでしまった。
 翌朝は、ルツ父様とユーゼ父上は、まだラインハルト様と一緒にいるようで、朝食の席には姿を現さなかった。僕が久しぶりに朝食を用意した。エルトと二人で食べたのだが、エルトは穏やかに笑っていて、いつもより優しげに見えた以外は、いつも通りだった。だから僕の気のせいなのかもしれない。何せ、一緒に眠ったら、今まで以上にエルトが魅力的になってしまい、そばにいるだけで僕はずっとドキドキしているからだ。

 二人で皇宮へと出勤したのだが、本日は僕が魔導騎士団の仕事で午前中も本部に行く事になっていたので、転移魔法陣のそばで別れた。本当はもっと一緒にいたかったが、一緒にいたらいたで、仕事にならない気もした。

「おはようございます」

 本部に行くと、ルシアがソファに座っていたので、僕は挨拶した。顔を上げたルシアは、資料をテーブルに置くと、じっと僕を見た。

「上手く行ったらしいな」
「え、え?」
「その色気。ヤったんだろう?」
「!!」

 ルシアの言葉に、僕は瞬時に赤面した。い、色気……って、何だろう? 僕はどこか変わったのだろうか? そ、それよりも。

「あ、あの……夜会では有難う。ルシアのおかげだよ」
「ああ。存分に感謝してくれ」

 頷いたルシアは、それから隊長執務室の扉へと視線を向けた。

「今日は、俺が初めて最果ての闇森に行く日だ。頼りにしているぞ、ゼリル様」
「あ、そうか。うん、僕に出来る事なら、手助けするよ」
「と言っても、俺は今後先遣隊に配属されるから、こうして話す機会は減る。寧ろ俺が手助けする形になると思うが? 俺が部隊で調べた結果から、ゼリル様が行動するんだからな。最初だけだ、一緒に行ってもらうのは」

 ルシアはそう言うと微笑した。本日までの間、ルシアは先遣隊の報告書の書き方の勉強や書類仕事を覚えていたのだが、今日から正式配属なのだった。僕らは本日、簡単な実戦訓練という事で、僕が後衛を務める形で、魔獣を少し倒す事になっている。

「二人とも、準備は出来ているか?」

 そこへ隊長執務室から、ヴァイル隊長が姿を現した。一歩後からはカースさんが出てきた。僕とルシアは立ち上がる。そしてほぼ同時に頷いた。

「それでは、先遣隊に合流してくれ」
「無事に任務を終了する事、期待していますよ」

 ヴァイル隊長とカースさんに言われたので、僕は大きく頷いた。その後、僕とルシアは転移魔法陣へと向かった。歩きながらルシアの横顔を窺うと、いつもよりもその表情が硬かった。こういう時、和ませるような事を言えたら良いのだろうが、僕はそういうスキルを持たない。

 転移魔法陣の上にのり、瞼を閉じる。そして溢れた光が収束するのを待ってから目を開けた。するとワークさんが、最果ての闇森側の転移魔法陣の上に立っていた。

「来たか。今日からよろしくな、ルシア。そして今日も頼みます、ゼリル様」
「こちらこそよろしくお願いします」

 僕はそう答えてから、ルシアを見た。するとルシアは深く頭を下げていた。

「ご指導よろしくお願いします」

 ルシアは僕に対してとは違い、ワークさんには丁寧だ。僕は普段、親しみにくいと言われるが、ルシアは僕の方に親しみを感じてくれている気がするから複雑だ。以前僕は友達が出来ないと悩んだが、ルシアは友達になってくれている気がする。それは少し嬉しい。

「今回討伐する魔獣の資料は見たか?」

 ワークさんの言葉に、ルシアが頷く。

「肥大化した狼型の魔獣だと読んできました」
「予習は宜しい。ゼリル様は、準備はどうだ?」
「第三の目の位置は、狼型なら移動する事なく固定ですので、いつも通りに」

 三人で先遣隊が設営しているテントへと向かいながら、そんなやりとりをした。久しぶりに訪れた最果ての闇森の魔力気配は濃密で、僕は深呼吸する。杖を呼びだし、僕は握る。その後、先遣隊の皆と合流し、ワークさんから改めて説明を受けた。慣れているという意味では危険性は低いが、魔獣とはそもそも危険な存在であるから、気は抜けない。僕は気を引き締める。

 ――その後、ルシアと二人で、討伐に臨んだ。ルシアの剣技は、卓越していた。僕に勝てるという自負は、正しいと思う。僕はユーゼ父上に剣も習ったが、ルシアみたいに的確に魔獣の足止めは出来ない。三体、僕達は討伐した。ルシアの訓練でもあるから、僕はいつもとは異なり、一体ずつに範囲ではなく単体の魔術をぶつけて、第三の目を破壊した。

「お疲れ様です」

 倒し終えたので僕が声を掛けると、ルシアは、目に見えて肩から力を抜いた。

「――確かにゼリル様がいなければ、命がいくつあっても足りないというのは適切かもしれないな。どうすればそれほど正確に、魔術制御が出来るんだ? 学院の先生方とはクオリティが違う」
「慣れかな」
「その歳で慣れるというのも凄いな」

 ルシアが微苦笑した。照れくさくなって、僕は頬を手で撫でた。その後、昼食をテントで食べてから、午後は先遣隊の現在の任務についての講習を、僕も一緒に聞いていた。先遣隊の代表をしているワークさんが、主に魔王の繭について語っていく。先遣隊は、この設営している場所で、魔王の繭を魔術ウィンドウで監視しつつ、その近辺で生じる肥大化した魔獣の討伐や、討伐依頼を担当している。

 その内に、夕方の五時になった。ルシアは先遣隊の新人歓迎会に参加するとの事で、僕もワークさんに誘われたが、お酒を飲めないというのもあるし、そもそも僕は先遣隊のメンバーでは無いので辞退した。同時に、エルトを迎えに行って、早く会いたいというのもあったからだ。

 先に一人、転移魔法陣で皇宮に戻る。僕はその足で、地下第二魔法陣広間へと向かった。そして資料室の扉の前に立ち、唾液を嚥下する。早く会いたいのに、会うのが緊張する。細く長く吐息してから、僕はノックをし、扉を開けた。

「順調?」

 僕が尋ねると、机の上を見てペンを走らせたまま、エルトが頷いた。紙のすぐ上には、ライゼ兄上から借りたという辞書が開いておいてある。

「今日中に座標の翻訳が終わる。明日、補填魔術を試したい。支援物資の規模が、俺が想像していたよりも多く充実しているから、一人では厳しい」
「じゃあ明日は僕も一日こちらにいられるように話してみる。明日というか、魔獣が出ない時は、補填魔術が終わるまでの間」

 僕の言葉に、エルトが頷いてから、顔を上げた。そして僕を見ると柔和な表情で微笑した。先日までは、決して見せなかった表情だ。僕はエルトの笑顔を見るだけで胸が疼く。エルトはやっぱり笑っていた方が良い。