【二】幼年期の終わり
天球儀の塔にきて、半年が経ち、俺は五歳になった。
誕生日は毎年、ユーゼ父上が作ってくれるケーキを食べていた。しかし天球儀の塔には、父上はいない……。今年はケーキが無いのかなと思っていたら……食堂で出てきた。みんながお祝いしてくれたのである。嬉しくなって、俺はずっとニコニコしていた。
天球儀の塔には、五十人と少しの人々がいる。みんな大人だ。
俺のテーブルの上には、そのみんながくれたプレゼントの山が出来ている。
中身は、魔導書や魔導具が多い。玩具はあんまり無い。玩具が良かった……。
「俺からは、これをやる」
この日、ラインハルト様は、俺に飴色の杖をくれた。先端がキャンディーのようにぐるぐると渦巻いている、木で出来た杖だ。ラインハルト様が使っているものによく似ている。お揃いみたいで嬉しい。両頬を持ち上げて、俺はニコニコしていた。夜は、ギューッと抱きしめてもらって、ぐっすりと眠った。
翌日は、早速杖を使う事になった。これまで覚えた魔術を駆使して、魔獣を倒してみる事に決まったのだ。俺はラインハルト様に連れられて、最果ての闇森へと向かった。
「ライゼ、いいか? 落ち着いて魔術を放つんだぞ」
「うん」
「あそこにいるカタツムリみてぇな魔獣を倒す。三つ目の目があるだろ? あそこが弱点だ」
「はい!」
俺は杖を振った。瞬間、カタツムリが爆発した。
「……間違えた」
「……目を攻撃すれば終わりだったんだが、ま、まぁ、魔力が膨大だというのは分かった。分かってた。結果的に倒せれば良い。俺も繊細な制御はルツほど得意じゃないしな」
しょんぼりした俺を、ラインハルト様が撫でてくれた。その後、三十七体のカタツムリを、俺は倒した。二十体目からは爆発させずに、きちんと目を狙い撃ちできるようになった。
「しっかし、ライゼは強いな。魔力量が違うとは言え……俺でも個別対処は疲れる数をあっさりと倒したな」
ラインハルト様はカタツムリの飛び散った遺骸を見渡しながら、そう言った。そして俺を片手で抱き上げると、宙に飛んだ。風の魔術だ。
「あそこの奥に、濃い魔力が溜まっているのが分かるか?」
「うん。なぁに? あれ」
「魔王の繭だ。近い将来、魔王が孵る。俺達人間は、あれを倒さなければならない」
魔王という存在が何か、この時の俺は、いまいちよく分かっていなかった。ただ、ラインハルト様がいつになく真剣な瞳をしていたから、ラインハルト様の服にしがみつきながら俺は言った。
「俺が倒す。師匠が心配しなくてよくなるようにする」
「心強いな」
この日の修行はそれで終わりで、俺達は天球儀の塔へと戻った。
以降、一週間の内三回程度は、午後の修行時間に、最果ての闇森へと行くようになった。ラインハルト様と一緒だから、怖くない。
そんな生活が、三年ほど続いた。俺はもう、八歳だ。
ちなみに俺は、年に四回、リファラ山地の家に帰っている。ラインハルト様と一緒だ。年に四回とは、一回目は終夜の週から新陽の週の内の数日間。十二の月の三十一日である終夜は、大体家族と過ごしている。二回目は四の月。ルツ父様とユーゼ父上の結婚記念日がある。正確には入籍したのは三月で、一緒に暮らし始めたのが四月なのだというが、俺には結婚制度の事はまだよく分からない。天球儀の塔の多くの魔術師は、あまり結婚に興味がないそうだ。俺も今の所、全然無い。でもいつか、大人になったら結婚すると思う。三回目はルイスの誕生日、七月二十七日に帰る。四回目は、ゼリルの誕生日、十月二日に帰る。これで四回だ。全部ラインハルト様と一緒だ。
俺にルイスがすごく懐いている。家に帰った時、俺はラインハルト様に抱きつく代わりに、ルイスに抱きつかれている。ゼリルは、そんな俺達を、目を丸くして見ている事が多い。俺はルイスとゼリルの事が、可愛くて仕方が無い。
ただだんだん、家に帰っても、帰ってきたという気分にならなくなってきた。天球儀の塔――師匠のそばの方が、俺の家だっていう気分になるのだ。みんなの事は大好きだけど、ちょっと違うのだ。俺も大人になったのかもしれない。
俺の夢は、ラインハルト様みたいに、格好良くて優しい魔術師になる事だ。ただ、そう言うと、ルツ父様とユーゼ父上が遠い目をする……。
「頭のネジをおっことさないようにな」
本日はゼリルの誕生日。
今回も宣言した俺の頭を、そう言いながらユーゼ父上が撫でた。ルツ父様も頷いている。ラインハルト様だけが、苦笑していた。
この日はラインハルト様とではなく、ルイスとゼリルと一緒に眠った。居住区画の家に帰る度、ラインハルト様とユーゼ父上は、遅くまでお酒を飲んでいる。ルツ父様は、俺達三人と一緒に先に寝る事が多い。
翌朝、俺はラインハルト様に手を取られて、天球儀の塔へと帰った。するとラインハルト様がまじまじと俺を見た。
「寂しいか?」
「師匠が一緒にいてくれたら寂しくないぞ。ずっと一緒にいてくれる?」
「――そうだな。ライゼが『師匠なんて嫌い』と言い出さない限りは、な」
「言わない」
「本当か? 俺、泣いちゃうからな?」
クスクスとラインハルト様が笑ったから、俺は抱きつきながら頷いた。良い匂いがする。俺はラインハルト様から香ってくる匂いが大好きだ。
そんな生活が続き、俺は――十三歳の誕生日を迎える準備を始めた。
「ライゼ。誕生日が来たその日、天球儀の塔の主席魔術師としての位を、お前に譲る」
ラインハルト様に、昨年からずっと言われてきた言葉を、本日も聞いた。俺は、少し大人になり、天球儀の塔の雑務も覚えていたのだが……少し不安もある。俺に果たして務まるのだろうか。
「師匠、もう少し、俺は学んだ方が良いようにも思うんだ……」
「いいや。既にライゼの攻撃魔術の腕前は俺をも凌ぐ。知識面でも技量でも、お前に並ぶ事ができる魔術師は、そうはいない。あとは、経験を積むべきだ。それには天球儀の塔の主席魔術師としての資格があった方が、何かと利点がある」
真面目な顔で、師匠が言う。
天球儀の塔の主席魔術師は、大陸三カ国の皇帝陛下や国王陛下、公主様の直接依頼で魔獣を倒したりもするから、師匠の言う通りなのかもしれない。なお、公主というのは古の女性がいた世ではお姫様の事だったらしいが、現在は公国の一番偉い人の呼称だ。ちなみにルイスは皇帝陛下の養子になった。もう三年近く前の事である。
「ライゼにならば、出来る」
「頑張る」
俺は師匠の期待を裏切りたくない。だから大きく頷いた。