【六】末の弟達との合同調査
翌日は、ゼリル達との合同調査の日であり、事前にルイスにも会いたいと打診していた。最果ての闇森に移動する。既に帝国の先遣隊が到着し、野営を築いていた。暫くその場で、帝国の魔法陣を見守っていると、周囲に光りが溢れ、俺の大好きな末の弟の姿が見えた。
「ゼリル!」
思わず俺は嬉しくなって、飛びつくように抱きついた。
すると少しよろけながら俺を受け止めたゼリルが、目を丸くした。本当に可愛い。少し癖のある柔らかそうな髪質の黒、緑色の瞳。ゼリルは兎に角愛らしい顔立ちをしているから、俺は時折帝国に戻って同年代の貴族達に接待を受ける時、聞かれる事がある。
『所で、ゼリル様は、恋人などはおられるんですか?』
俺はいないはずだと切り捨ててきた。ゼリルの可愛らしさは、ちょっと目を惹くと俺は思っている。ラインハルト様に対する好きとは全く異なるが、家族として俺は、ゼリルを大切に思っている。
「会いたかったぞ! 元気だったか?」
「ラ、ライゼ兄上……」
「俺は元気だったけど、ゼリルに会いたすぎて寂しかった!」
少し戸惑っているようなゼリルを、俺は正面から抱きしめ直した。背は俺よりも少し低い。本心を述べた俺は、ゼリルを見て頬を緩めた。
「お兄ちゃんが来たからには心配はいらない。不要! 無用! 俺が責任を持って、ゼリルを守るからな!」
「……う、うん」
俺は意気込んで、腕に力を込める。これでも天球儀の塔で学んだから、俺には幸い、弟を守る力があるのだ。
「なんなら調査は、俺がサクッと終わらせるから、この後食事でもしないか?」
というよりも、ルイスにも話を通してあるし、俺は食事をする気、満々である。寧ろ本日の目的は、そちらだ。久方ぶりに、家族に会いたい。
「……調査は、その……一応、三カ国共同で……」
「気にするな気にするな。どうせ天球儀の塔からは、公国に適当な報告しかしないしな」
俺は目を伏せ、報告書の内容を思い浮かべる。公国に位置しているとは言え、天球儀の塔は、あくまでも独立した組織だ。
「ライゼ兄上、仕事はきちんとしないと……」
「ゼリルは本当真面目だな。俺、そういう所が誇らしいよ! 大人になったな! 兄上、嬉しい!」
会う度に、ゼリルは大人びていく。あるいは俺が同じ歳の十七・八だった頃よりも、ゼリルの方がずっと大人っぽいかもしれない。ただ、中身はそうであっても、魔獣への対応は恐らく俺の方がまだ長けている。ゼリルの力量も高いが、一応俺はそれを専門に学んできたからだ。まだまだ弟には負けていられない。これからも、ゼリルに頼られるような兄で在りたい。
「合流場所に行かないと。十時からだよね?」
「ん? ああ、そうだな」
ゼリルの冷静な指摘に、俺は静かに頷いた。ゼリルから腕を放した俺は、その後少し歩いた。すると、声を掛けられた。
「ライゼ様! それに、ゼリル! 久しぶり!」
声を掛けてきたのは、ゼリルの幼馴染みであるラゼッタだった。ラゼッタの兄のエイゼルは、俺と同じ歳である。エイゼルと俺は誕生日も非常に近い。俺が天球儀の塔へと行く前は、度々遊んだものだ。
「ラゼッタ! 久しぶりだな!」
ラゼッタの事もまた、俺は実の弟のように思う時がある。再会が嬉しくて、俺はラゼッタに抱きついた。ニコニコしているラゼッタを見て、俺は続ける。
「ラゼッタも大きくなったな。俺は嬉しいよ!」
「やだなぁライゼ様。先週もお会いしましたよね? 俺、身長変わってないですよ?」
そうだった。カタツムリ型の魔獣討伐の際、同じ待機場所にラゼッタもいたのだった。忘れていたわけでは無いが……い、いや、忘れていた……。
「そうだったな。ま、でも? まだまだ伸びるんじゃないのか?」
「確かに先月から見れば、また2cm伸びました」
俺が誤魔化した時、気を悪くした様子も無く、ラゼッタがクスクスと笑った。
「じゃ、行くか。俺に任せてくれ」
仕切り直して、俺がそう述べると、二人が少しだけ表情を硬くした。既に俺は、最果ての闇森に対する恐怖が薄れつつある。だがその慣れは、あまり良くないと、ラインハルト様にも言われている。
しかし、俺からすれば、魔獣を倒す事は、非常に容易なのだ。ただ、まだ近づいてはならないと言われている、魔王の繭だけが、俺には未だ理解出来ていないのだと思う。だからこそ、仔細な調査が必要なのだ。木の根を踏み分け進むにつれ、どんどん瘴気が濃くなっていく。俺は口布に触れた。
「瘴気がまた強くなってるな」
魔王の繭の周囲に展開してある結界の側で、俺は思わず呟いた。存外大きな声になったせいなのか、頷いたゼリルとラゼッタの瞳が険しく変わる。それを確認しながら目を細めた俺は、二人と俺自身の周囲に、風属性の結界魔術を改めて構築した。飴色の、幼き頃の誕生日に師匠から貰った杖を握りしめる。
「ライゼ様、俺、吐きそうです」
「安心しろ。瘴気を遮断する結界を個別に展開したから、すぐに収まる」
俺の言葉に、ラゼッタが苦しそうに吐息しながらも、頷いた。ゼリルの方は、苦しそうには見えない。世界樹の階梯において、ゼリルの魔力もまた保証されているから、そうした部分には、あまり不安は無いが、弟の事はいつだって心配だ。だから念のために問う。
「ゼリルは平気か?」
「大丈夫」
「よし。では、調査を開始するか」
こうして、この日の調査は始まった。