【七】家族と。







 午後の六時を過ぎた頃、調査が終了した。
 俺はゼリルの肩にポンと手を置き、笑顔を浮かべた。

「今日は、ルイスにも会いたいから、俺も帝国に行く。久しぶりにユーゼ父上やルツ父様にも会いたいしな。先週はルイスが忙しくて駄目だったけど、今日は謁見許可を塔から取り付けてやった」

 俺の言葉に、ゼリルは少しだけ困った顔をしたが、小さく頷いた。そのまま揃って転移魔法陣に乗る。ラゼッタとは、そこで分かれた。

「謁見の間に行くの?」

 帝国に到着すると、思案するような瞳で、ゼリルが俺を見た。

「いや。ルイスは今日は、玉座の間にいるらしいから、そっちだな」
「そう。僕は先に帰ってるね」

 その言葉に、俺は思わずゼリルの腕を引き、引き留めた。

「なんで? ルイスはお前にも会いたがってたぞ?」
「で、でも……僕は一応一臣下で、ルイス兄上は、皇帝陛下だし……」

 どこか困惑している様子のゼリルを見て、俺は苦笑しそうになった。だが、弟の前では、常に明るい顔をしていたい。何も気にする必要は無いのだと、その事を全身で伝えたい。だからバシバシとゼリルの肩を叩いた。両頬を持ち上げる。

「気にするなって。俺達は兄弟なんだからな。ほら、行くぞ!」

 改めて俺は、ゼリルの腕を取り、歩き始めた。実際、俺は何も気にする必要は無いと考えている。だから自信を持って、玉座の間へと向かった。それは俺が、天球儀の塔の主席魔術師だからではない。たった三人きりの、兄弟だからだ。確かに身分は違ってしまったのかもしれないが、そうであっても俺達は家族なのだとしっかりと考えている。

「ライゼ兄上!」

 楽しい気分になりながら豪奢な扉をくぐると、ルイスが声を上げた。玉座から立ち上がったルイスの、揺れる髪を見てから、俺は隣に立つユーゼ父上を一瞥した。どこか呆れ顔である。しかし俺の意識は、すぐに歩み寄ってきたルイスに取られた。

「ルイス! 会いたかったぞ! もう俺はルイスに会いたすぎて、昨日はあんまりよく眠れなかったほどだ!」
「僕もライゼ兄上にお会いしたくて、今日は爆速で執務を片付けちゃってずっと暇にしてましたよ」

 俺に飛びつくように抱きついてきたルイスを、しっかりと受け止める。真ん中の弟であるルイスは、俺に非常に懐いている。ゼリルもルイスの半分くらいで良いから、もうちょっと俺に対して愛情表現をしてくれたら良いのだが……。兄としては、少し寂しい。まぁその分、俺がゼリルを可愛がれば良いのだろうが。俺にとってはルイスもゼリルも、どちらも変わらず、大切な弟だ。

「本当に本当に本当に会いたかったんです! ライゼ兄上!」
「俺もルイスとゼリルに会いたかったんだ」

 心からそう述べると、ルイスが僅かに顎を持ち上げた。余裕のある笑みが浮かぶ。

「ゼリルの事は、執務室から庭を盗み見て、常に様子を窺っているので問題ありません」
「羨ましいぞ! 俺もゼリルの鍛錬風景を見たい!」

 狡い。狡いぞ、ルイス。
 俺は知っている。ルイスは俺を公的に好きだと述べるが、実際にはゼリルを溺愛している。時に可愛さ余って虐めている事もあるらしいが――……人が良いゼリルは、多分その事実に気がついていない。

「そういうと思って、ゼリルの日常を日記につけておきました」
「よくやった!」

 続いて響いた言葉で、俺の気分が切り替わる。俺達は、等しく親しいのだと改めて感じる。その後、ルイスはゼリルに声を掛けてから、改めて俺を見た。俺の方が久しぶりに会うから、というよりは、俺とばかり話す事で、ゼリルの反応をルイスは見ているのだ。我が家の次男は、腹黒く育った、らしい。ラインハルト様の談だから、俺はあまり感じないが、多分間違いないだろう。

「ルイス陛下。人目がありますが」

 そこへ、水のような声が響いた。顔を向けた俺は、嘆息しているユーゼ父上の姿を視界に捉えた。思わず笑みがこみ上げてくる。ユーゼ父上は、いつも変わらない。

「ライゼ様も、天球儀の塔の主席魔術師なのですから、帝国皇帝陛下には、まず始めに礼をするべきでは?」
「ユーゼ父上――……バルミルナ帝国宰相閣下、天球儀の塔第十三代主席魔術師、ライゼ=ナイトレル・ヴェルリス・バルミルナ、ご挨拶に伺いました」

 俺は天球儀の塔で学んだお辞儀をした。独特の礼の取り方があるのだ。杖を動かし、黙礼する。頭は垂れない。それが天球儀の塔の矜持の証明なのだと習った。

「よくぞ参られました。で、最果ての闇森の調査はどうだったんだ?」
「父上、聞いてくれ。魔王の繭の魔力が一月前の最初の調査時に比べて、二倍になっていたんだ」

 先ほどまでの調査内容を思い出しながら、俺は思考を切り替える。思い浮かべた魔王の繭は、禍々しい気配を嘗てよりも強く放っていた。

「――倒せそうか?」
「孵った時、どうなっているかによるな」

 父上の声に、俺は長めに瞬きをしてから、瞳に力を込めた。
 どうなっているかには、確かによる。だが――必ず倒す。それが、幼き頃、ラインハルト様に対して約束した決意だ。その後、詳細に確認した状況を父上と話していた俺は、後ろから響いてきた扉の音で、集中力が一度途切れた。

「ベルス侯爵夫人、ルツ様がお見えです」

 視線を向けると、ルツ父様の姿があった。相変わらずの無表情であるが、その瞳に優しい色を見つけて、目が合った瞬間、心が温かくなった。

「久しぶりだね、ライゼ」
「ああ。ルツ父様も元気そうだな」
「うん。ライゼは、どう?」
「俺は普通。ラインハルト様も、ルツ父様とユーゼ父上に会いたがってたぞ」

 師匠は、ルツ父様とユーゼ父上と、本当に親しいらしい。今日も珍しく、『自分もいこうか』といった発言をしていた。俺は、少しでも長く一緒にいたいから、大歓迎だと伝えたが、最終的に師匠は『ま、家族水入らずで過ごせ』と言って、研究の間へと入っていった。それが少し、寂しい。

 その後俺達は、玉座の間から晩餐の用意されている場所へと移動した。