【九】口約束と全部(★)








 翌朝、朝食はこの日も一人で食べた。俺は、その後すぐに己の研究の間へと戻り、昨日収集した、魔王の繭のデータの解析を始めた。集中して魔力濃度や瘴気の解析をしつつも、時折、ラインハルト様の事を思い出しては、俯いて溜息を押し殺していた。

 ――ラインハルト様の、恋人になりたい。
 ――もう、師弟関係だけでは、我慢が出来ない。

 どうすればそれが叶うのか。ルイスの声を信じるならば、言質を取れば良いのだ。そしてそれは、『付き合ってくれ』では、伝わらない。考えてみれば、これまでの間に、『恋人になって欲しい』と伝えた事は一度も無い。

「言う。言おう」

 解析作業を終えた所で、俺は立ち上がった。既に、時刻は午後三時だ。昼食をとるのを忘れてしまったから、そうだ、師匠をお茶に誘って、そこで伝えよう。そう考えて俺は、厨房へと向かい、菓子パンとクッキーを貰ってきた。

 研究の間の外の居室には、師匠の姿は無かった。私室だろうかと考えて、扉をノックしてみる。

『入れ』
「お邪魔します」

 声を掛けて中に入ると、本日は横長のソファの端にラインハルト様は座っていた。普段、俺が促されるソファだ。傍らの観葉植物に、魔法薬の栄養分を与えているらしい。

「解析は順調か? それとも何か詰まったから、ここに来た――訳じゃ無さそうだな。良い匂いがする。今、紅茶を用意する」

 俺は静かに、ラインハルト様の隣に座した。ほぼ同時に、パチンとラインハルト様が指を鳴らす。するとアールグレイの浸るカップが二つ、テーブルの上に出現した。その間に、俺はクッキーとパンが入るカゴを置く。

 ラインハルト様は、片手の平で唇を覆うと、チラリと俺を見た。流し目にすら見惚れそうになって、俺は苦しくなった。もう想いを、抑える事が出来ない。

「師匠」
「ん?」
「昨日の話なんだけど」

 勇気を出そう。俺は、膝の上で、ギュッと両手を握った。

「どの話だ?」
「付き合って欲しいって、話だ」
「――ああ」
「あれ、は……」

 唇が震えそうになる。けれど、どうしても、ラインハルト様が欲しい。

「恋人になって欲しいという意味だったんだ」
「ほう」

 ラインハルト様の表情は、変わらないように思えた。それが不安に思えたけれど、俺は言葉を連ねる。

「ラインハルト様、『はい』って言ってくれ。俺に、言質をくれ」
「ライゼは、俺の事が好きなのか?」

 師匠の声は、淡々としていた。いつもよりも、乾いて聞こえる気がする。だが、俺は師匠から視線を逸らさなかった。気持ちを伝える時、俺は相手の目を見る癖があるらしい。しかし、それにしても――……。

「? 今での人生で、師匠を嫌いだった事は、一度も無いぞ?」

 好きじゃ無かった事が、無いのだ。ずっと好きだった。今ならば、よく分かる。これは、この感情の名前は、愛だ。

「好きには種類がある。恋愛の好きは、特別なんだぞ? 根本的に、それをライゼは分かっているのか?」
「師匠は……俺を特別には好きじゃ無いから、恋人にはなってくれないという事か?」

 思わず俺が尋ねると、師匠が沈黙した。スッと細めた瞳で、俺を見ている。それからカップを手にしたラインハルト様は、その水面へと視線を移した。俺は、その間もラインハルト様を見据えたままだった。

「あーあ」

 その時、不意にラインハルト様が声を上げた。そして片手で双眼を覆ってから、その手を離して、首をソファの背に乗せた。そのままの体勢で、俺を見る。そこにはどこか苦い笑みが浮かんでいて――同時に、心なしか、頬が朱く見えた。

「あのな。可愛い可愛い弟子に、日増しに俺を見て可愛くなる弟子に、『好きだ』と押されて――ライゼみたいな外見も心根も麗しい奴に好きだと言われて、だな。揺らがない男なんているわけがないだろ?」

 師匠はそう言ってから、今度は咳き込むように、喉で笑った。目を伏せ、両頬を持ち上げている。

「俺も色々と、我慢の限界だ」
「師匠、それって……?」
「どうしてお前が俺の部屋で寝ると、俺がよく眠れないんだと思う? その優秀な頭で考えてみろ」
「?」

 よく分からない。他者がいると、眠れないという意味では無いのだろうか?
 そう考えていたその時、師匠の瞳が揺らいだ。黒い瞳に、時折感じる煌めきが宿り、そしてそれは、いつもよりも凶悪そうに見えた。驚いて、俺は少しだけ身を引く。すると師匠が、グイと俺に詰め寄ってきた。そして俺の顎を掴んで、持ち上げる。

「恋人になるという口約束をくれてやるから、ライゼは代わりに、全部を俺に寄越せ」

 その言葉に瞠目した俺の唇に、ラインハルト様が噛みつくようにキスをした。師匠からキスをされるのは、初めての事だ。驚いて息を呑むと、舌が侵入してくる。初めて俺がラインハルト様の唇を奪った時と同じ、深いキスだ。

 俺の舌を絡め取りながら、ラインハルト様が、俺の服の上から胸元に触れた。そしてローブについていた金色のボタンを外すと、シャツの上から、俺の胸の突起に触れた。ダイレクトに弾かれる。ビクリとした俺は、思わず目を閉じた。

「寝室に行くぞ」

 ラインハルト様はそう言うと、俺の手首を軽く握った。そうして抱き起こすようにされて、俺は混乱した。

「し、寝室?」
「お前の事、俺にくれないのか?」
「あ、あげる。あげるから、俺の恋人になってくれ」
「――ああ。今から、恋人になるというのが、どういう事なのか、しっかりと教えてやるよ」
「まだ、なってないのか?」
「いいや。恋人同士にはな、秘密がある。いつか、恋人に習えと教えただろう? 子供の作り方」
「……キスをすると出来るって、嘘だったのか?」

 俺が目を丸くすると、その腰を手で支えて寝室へと促しながら、ラインハルト様が吹き出した。

「九割方、俺は真実を話したつもりだ」
「でも、昨日食事の時に、キスじゃ子供はデキないって聞いたぞ……?」
「お前にキスをされると、俺の自制心が消し飛びそうになるという意味だ。何度、ライゼを喰べそうになった事か。今まで俺の理性は、本当によく持った。ま、大切な弟子に手を出すわけにはいかないと、これでも自制してもいたんだけどな。年の差もあるし」

 ブツブツとラインハルト様が述べたが、俺は目を瞠るばかりだ。
 寝室へと入ると、師匠が扉を閉めて施錠した。パチンと指が鳴った瞬間に、くるりと鍵が回ったのである。それに首を傾げていると、ラインハルト様が軽く俺の体を押した。転ぶようにして俺が寝台に乗ると――師匠が俺の手首を握って、寝台に縫い付けた。

「ライゼ。俺の事が好きか?」
「うん」
「――俺も、お前が好きだ。好きだったよ、ずっと」

 嬉しすぎる言葉に、何か言おうと唇を動かした時、再び口で塞がれた。舌を吸われると、俺の背筋がゾクリとした。今までのキスとは、全然違う。ラインハルト様の手が、俺のシャツの下に入り、掌で覆うように胸を撫でられた。そして中指と人差し指で、左胸の乳首を挟まれる。その指が振動を始めた瞬間、俺は震えた。

「ぁ、ァ……ま、待ってくれ、あ」
「無理だ。もう我慢出来無ぇよ」

 今まで、一緒に眠っている時、たまに指で掠めるようにされた事はある。だが、こんな風に刺激を与えられたのは、初めての事だった。何が起きているのか、上手く把握出来ない。それからラインハルト様は、引き裂くように俺の服を脱がせると、獰猛な瞳をした。ニヤリと口角を持ち上げてから、その形の良い唇をペロリと舐める。その姿が艶めかしく見えて、俺は赤面した。

「ああ……ッ」

 ラインハルト様が、右手を、俺の下衣の中へと差し込んだ。そして直接的に、俺の陰茎を撫でた。その後緩く握られる。

「俺を煽ったのはライゼだ。本気にさせた罪、償ってもらう」
「お、俺は有罪……だとは、お、思うけど、な、何するんだ?」
「身をもって覚えろ。これから、じっくりと教え込んでやる。俺の全てを、な」

 その後、俺は下衣を脱がされた。気づけば、一糸まとわぬ姿になっていた俺は、小さく震えながら、ラインハルト様を見上げる。首元を緩めた師匠は、少しだけ意地の悪い表情をしている。俺の足に手を添えたラインハルト様は、俺の右の太股を持ち上げると、内股を舌でなぞり始めた。その濡れた熱が、俺の陰茎の付け根まで降りてくる。左手は、俺の陰茎に添えられている。既に、俺の陰茎は、僅かに持ち上がっていた。

 こんな姿を誰かに見られるのは、恥ずかしい。そう思って、俺は師匠の頭を押し返そうとした。

「ライゼ。抵抗するな」
「っ」
「俺の全部を受け入れろ」
「……あ」

 ラインハルト様が、舌で俺の陰茎の筋をなぞった。それから雁首を唇に含むと、力を込めて扱きあげる。

「あ、あ、あ」

 熱が、俺の中心に集まっていく。腰が浮きそうになる。すぐに俺の太股は、震え始めた。こんなのは、怖い。未知の感覚だ。だけど――気持ちが良い。ラインハルト様が、俺の鈴口を舌で刺激した時、俺は息を詰めた。

「う、うあ」
「――早いな。溜まってたのか?」

 カッと俺は頬が熱くなって、涙ぐんだ。溜まっていたかも何も、射精自体が数年ぶりだった。師匠の喉仏が動いたから、俺の放ったものを飲み込んだのだという事が分かる。その時、パチンと指を鳴らした師匠は、直後小瓶を握っていた。

「それは?」
「んー、潤滑油だ。体を弛緩させる作用もある。辛くはさせない」
「何をするんだ?」
「――ココ」
「ひ、ぁ」

 師匠が不意に俺の菊門をつついた。驚いて目を見開くと、師匠が唇の両端を持ち上げる。相変わらず瞳には残忍な色を宿している。

「分かるか? お前に触れてるだけで、俺は勃つ」
「!」
「だから、眠れねぇんだよ。お前が出てった後、悲しい事に右手で処理だった」
「え、あ……そ、それって……」
「ライゼに欲情してるって事だよ」

 ラインハルト様の硬い肉茎が、俺の陰茎に押しつけられた。その温度に、俺の頬がより熱くなる。師匠はそうして小瓶から、どろりとした液体を指に垂らすと、ゆっくりと俺の中へと進めてきた。痛みは無い。一気に二本入ってきた指は、第二関節まで進んだ時、バラバラに動き始めた。押し広げるようにされたり、指先を軽く動かされると、ゾクゾクと俺の内側から不思議な感覚が浮かび上がってくる。

「あ、あ、ヤだ」
「抵抗するなと、言っただろう? 何が、嫌なんだ?」
「だ、だって、体が変だ……っ、ぁ」
「変じゃねぇよ。自然な反応だ。これが――恋人同士になるって事だ。その交わりだ」
「う、ぁ……あ、ああ……ッ」

 俺の喉が震える。言葉を発しようとすると、嬌声が零れてしまう。けれど、俺はどうしても尋ねたい事があった。

「これ、これをしたら、俺と師匠は恋人同士?」
「少なくとも俺はコレを求めるし、もう離さん」
「あ、あ……っく、ふ、ぁ……あああ!」

 その時、師匠が俺の内部の――全身に快楽が響く場所を二本の指で突いた。瞬間、のけぞった俺を見ると、師匠が笑みをのせた息を吐く。

「ここが、好きみたいだな」
「あ、あ、あ、ああ……や、そこ……う、うああ」

 そこを刺激されていると、すぐに俺の陰茎は再び硬度を取り戻した。ゾクゾクと走る快楽に震えていると、指が三本に増えた。圧迫感に、俺は首を振る。

「や、あ、もう入らない……」
「俺のはもっと太いぞ?」
「っ、ぁ……」

 ――俺、の?
 涙が滲む瞳で、俺は師匠を見上げた。一体、何の事だろうか。指では無さそうだ。

「な、何? 何をするんだ?」
「すぐに分かる」

 指をかき混ぜるように動かしてから、師匠が手を引き抜いた。そして潤滑油だという液体を、己の陰茎に垂らし始めた。俺はそれを見て、やっと気づいた。師匠の陰茎の先端が、俺の菊門にあてがわれたのは、それからすぐの事だった。

「ッ――!」

 一気に入ってきた巨大な亀頭が、俺の内部に埋まった時、俺は思わず体に力を込めた。すると苦笑した師匠が、俺の陰茎を撫でた。

「ああ!」
「力、抜けよ」
「無理だ、あ、あああ」

 師匠の肉茎が、実直に挿ってくる。熱い。繋がっている箇所から、快楽が蕩けるように、俺の全身に広がっていく。それから根元まで入りきった時、師匠が唾液を飲み込む気配がした。濡れた目で師匠を見れば、より獰猛な瞳に変わっていた。捕食される感覚、直感的に、俺は自分が酷い過ちを犯してしまったのでは無いかと怯えた。

 けれど。
 師匠に与えられる熱が、気持ち良い。ラインハルト様にならば、捕まっても構わない。

「あ、ああ、っ、ンん! ひゃッ、っ、ぅ、ぁ……――!!」

 ラインハルト様がゆっくりと腰を揺さぶった。そうされると満杯の中に、快楽が響き渡る。

「ひゃああ」

 巨大な先端が、先ほど探り出された俺の感じる場所を突き上げた。俺は泣きながら首を振る。気持ち良すぎて、気が狂ってしまいそうだった。

「ああ、師匠。師匠……うあ、ああ、俺、俺、ぇ!!」

 内部から、何かがせり上がってくる。それは始め、水のように広がっていったが、すぐに陰茎と直結しているような感覚を俺に与えた。

「あああああ!」

 激しい抽挿が始まった。俺は、何も考えられなくなっていく。

「中だけで、イけよ。俺のもので」
「あ、ハ……うああああ」

 絶叫しながら俺は果てた。確かに達した感覚がした。だというのに、前からは何も出なかった。なのに、足のつま先までをも、射精感に似た漣が襲っている。それは穏やかにも思えるのだが、長く、ずっと俺の体を苛んでいる。ポロポロと俺は泣いた。

「いやあああ、気持ち良い――あああああ!」

 その時師匠が体勢を変えて、俺の乳首を甘噛みした。俺の理性が、完全に焼き切れた瞬間だった。