【十八】明日と指輪(★)
「あ……ああ! 激しッ、あ、あ」
ギシギシと木製の寝台が軋む音がする。俺に挿入しているラインハルト様は、いつもよりも荒々しい。まるで獣のように、俺に打ち付けてくる。もう、何度も中に放たれていて、俺の体はドロドロだ。汗で髪が張り付いてくる。
「あ、あ、待って師匠――っ、うああ」
「やだね」
「なんで、あ、あ!! ひ」
俺のひこうとした腰をギュッと掴み、師匠が荒々しく俺を貫く。震えながら、俺は涙を零した。今日の師匠は、なんだか変だ。こんな風にされたらおかしくなってしまうと思うのだが、抗議しようにも、俺の口からは嬌声しか出てこない。
ラインハルト様はいつもより獰猛な瞳をしていて、時折唇をぺろりと舌で舐めながら、俺を暴いている。交わっている箇所が熱くて、奥深くを押し広げるように突き上げられる度、俺は訳が分からなくなっていく。
「や、ぁ、また出る、あ、あ」
「イく、って、言ってみろよ?」
「え、あ、イ、イく」
「誰のモノで?」
「あ、あ、師匠――っ、ん……!!」
「そうだ。俺で、だな。ライゼ、お前は誰のものだ?」
「俺、は、師匠の……う、うあ……ああああ!」
「ああ。約束だ、っ、お前は、全部を俺にくれるんだもんな?」
今日の師匠はいつもより強引だ。しかし全部事実なので、俺は泣きながら頷いた。純然たる快楽に翻弄されながら、俺は師匠にしがみつく。
「あ、ああ……っく、あ、師匠……!」
髪を振り乱し、背を撓らせて、俺は涙を零した。師匠の動きは止まらない。肌と肌がぶつかる音が響いている。ぐちゅりと内側を抉られる度に、俺は喉を震わせた。
その夜の師匠は終始荒々しく、俺の体を貪ったから、俺は自分が、いつ意識を飛ばしたのか、覚えていない。翌朝目を覚ますと、俺は窓側の寝台にいて、師匠は壁側の寝台に座っていた。体が綺麗になっていたから、魔術で師匠が処理をし、ベッドに運んでくれたのだと理解する。俺はガバリと起き上がり、真っ赤になって師匠を見た。
「おはよう、ライゼ」
すると師匠が、いつになく優しい顔で微笑した。それを見たら、抗議をする気が失せた。昨日の全てを食べつくされるような行為も――別段嫌ではなかったのかもしれない。師匠にならば、なんだって差し出せる気がする。
「おはよう、師匠」
「飯に行くか。その後は、まだ時間があるから、少し街中でも歩くとしよう」
「うん」
俺は頷いて、その後、着替えて師匠と共に階下へと降りた。王国料理は、天球儀の塔の食堂でも出てくる事があるが、どこか香辛料が違うらしく、独特の味付けに思えた。
その後俺達は、宿を出た。
歩き始めた時、不意に手を握られて、俺は驚いて師匠を見た。師匠は正面を見たままで、俺の手をギュッと握っている。
「なぁ、ライゼ」
「な、なんだ?」
「俺はな、もっとお前と、明日の話がしたい」
「明日……?」
特に予定は無かったように思う。そう考えながら、遠くを見るように歩いている師匠を見上げた。明日。明日――未来? 漠然と察した俺は、小さく笑った。
「俺も同じ気持ちだ」
「明日もあさってもその先もずっと、終わらせない」
「安心してくれ、師匠。その不安材料の魔王や繭には、必ず俺が対処する」
「――そうか。ああ、そうだな。それが運命だというのであれば、俺は全力で抵抗するけどな」
「師匠?」
「決して、お前だけには背負わせない」
「どういう意味だ?」
師匠は俺の問いには何も答えない。そのまま手を繋いで、俺達は暫く歩いた。すると露店街にさしかかった。物珍しくて、俺は視線を彷徨わせる。
「あ」
そして銀細工が並んでいる布テントの店の前で立ち止まった。そこには、繊細な銀細工の指輪があったのだ。一見シンプルだが、よく見ると細かい花の意匠と、輝く宝石が見えた。
「ん?」
漸く俺を見た師匠が、視線を向ける。
「なぁ、師匠。恋人同士って、指輪をするんだろう?」
「――ま、そういう奴らもいるな」
「そ、そうか」
いつか、俺も師匠とお揃いの指輪をしたい。そう考えながら、俺はじっと指輪を見た。するとラインハルト様が吹き出すように笑った。
「欲しいのか?」
「あ、いや……そ、その……プレゼントしたら、はめてくれるか?」
「お前、金を持ってきたのか?」
「あ……」
「だろうと思った。外界では、金がいるんだぞ?」
師匠はそう言ってクスクスと笑ってから、店主を見た。
「指輪を見せてくれ」
「はーい」
嬉しそうな顔に変わった店員が、指輪の魅力を説明し始めた。それを聞いてると、俺の鼓動が騒ぎ始める。ドキドキしていると、師匠がペアリングを購入した。
「ほら。俺からやるよ」
「有難う……」
「お揃いだ」
「う、うん!」
俺の指に師匠が、指輪をはめてくれた。それが嬉しくて、擽ったくて、思わず満面の笑みを浮かべてしまう。ラインハルト様の左手の薬指にも、同じ品が輝いている。それが無性に嬉しくなって、俺は人目も憚らず、その場でラインハルト様に抱きついてしまった。勢いよく抱きつくと、師匠が俺を抱き留めた。
「師匠、大好きだ」
「――ここには、俺達を知る人間はいないしな。ま、良いか」
「ん?」
俺が聞き返そうとすると、師匠が両腕に力を込めた。そして優しい顔で俺を見る。
「最近の俺には、余裕が無い」
「師匠はいつも、余裕そうに見えるけどな」
「無ぇんだよ。我ながら不甲斐ない」
「?」
「日増しにお前が欲しくなっていく。独占欲が止まらないんだ」
「俺は師匠のものだぞ? 師匠も俺のだろう?」
「――ああ、そうだな。俺も、ライゼだけのものだ」
師匠は俺を腕から解放すると、目を伏せて静かに笑った。それから再び俺の手を握り、歩き始める。その後俺はナイトレルの家に顔を出し、師匠は王宮で話し合いをしたようだった。帰還する時に再度合流し、俺達は帰ったのだが、その時は師匠は俺の手を握らなかった。俺は、二人だけの王国での時間、ずっと優しい顔をしていた師匠の事が、脳裏から離れなかった。夜は、荒々しかったとはいえ。
こうして天球儀の塔へと戻ると、キルトお祖父様が共有スペースでお茶を飲んでいた。
「帰ってきてたのか」
俺が声を掛けると、キルトお祖父様が嘆息した。
「思ったよりもナゼルラ大陸の状況は深刻であるから、支援が必要なようだとユーゼと内々に話していたら、漸くエルト本人からもその申し出があったんだ。裏側で既に僕とユーゼとルイスで話していたのだけれどね、それをエルトに知らせる役目は、ライゼに頼む事に決まったよ。近日中に、ベルスの家で夜会がある。そこにラインハルトと行くと良いよ。ラインハルトとユーゼの打ち合わせもまた、僕が肩代わりする事になって非常に面倒だった事は付け加えておくね」
キルトお祖父様はそう述べると、俺とラインハルト様の左手をそれぞれ静かに見た。そして呆れたような顔をした。
「ユーゼもルツ君も、多分ラインハルトをただではおかないようだね」
「……お、おう」
その言葉に、ラインハルト様の顔が引きつった。それを見て、俺は吹き出した。若干ルツ父様達には、過保護な所があるかもしれないとは、俺も思う。だが、俺はラインハルト様との事を、早く家族に伝えたくて仕方が無いという思いに駆られていた。
それに、エルトという人物の事も非常に気になる。
だから――夜会の日が、楽しみでもあった。