【二十一】別大陸の予言について
「――感謝する」
答えたエルトの声。明らかにその『音』から、魔力が漂う気配がした。俺には翻訳魔術と別大陸の言葉が、唱和するように響いて聞こえた。
「ライゼ=ナイトレル・ヴェルリス・バルミルナか?」
疑問形をとってはいたが、断定した顔で、エルトが言った。俺は小さく頷いてから、会場奥の扉を見る。そちらには、小さな休憩室が存在する。平時は応接間としても使われる事がある部屋だ。
「そうだ。ここは人目がある。あちらで話さないか?」
帝国の人間では無いと判断されているからなのだろう、エルトには視線が集中している。俺と並んでいるのも要因かもしれない。促した俺の言葉に、エルトが同意するように歩き始めた。揃って会場を出る事にし、飴色の扉に俺が手をかける。すると一瞬だけエルトが振り返った。その視線を追いかければ、ゼリルの姿があり、近くには先程ルイスと話題にしたルシアの姿もあった。
「どうぞ。入ってくれ」
「ああ」
意識をコチラに戻した様子で、中にエルトが入る。俺はしっかりと施錠してから、盗聴防止魔術を展開した。象の肌の色をしたソファに俺は座し、正面に座ったエルトの前に、指を鳴らしてシャンパングラスを出現させる。酒で緊張を解きたいという思惑もあった。
俺には、エルトから百合の香りがするといった感覚は無い。
やはりゼリルとエルトの間には、特別な関係が存在しているのだろう。
「それで? 俺に会いたがっていたと聞いたんだけどな。理由は? 大まかに『予言』とだけは聞いている」
切り出した俺は、自分の前には、ノンアルコールの炭酸水を出現させた。一見すればカクテルだ。
「俺はナゼルラ大陸から来た。その目的は二つだ。一つは支援要請だった。そしてもう一つが、予言された人物に、正確な知識を与え、魔王討伐の助力をし、世界に安定を齎す事だ」
それを聞いて、俺は腕を組んだ。支援要請に関しては、キルトお祖父様とユーゼ父上達が話したようだから、俺の耳にも入っていた。しかし予言についてが、分からない。
「どんな予言が伝わっていたんだ?」
「俺の母国、アルゼラ王国は、こちらで言う所の創始の王――アルゼラ・イゼナリア=ルーベルク卿を始祖としていた。初代国王アルゼラの命において、まだ瘴気嵐が存在しなかった頃、ジュールベルン=ヴェルリスを伴い、航海をして、この大陸を発見し、こちらに文明を起こしたのが、始祖王弟ナセルカ・グリモワーゼ=ルーベルクだ。今もその名を冠して、この大陸はグリモワーゼと呼ばれているようだな。これが前提だ。予言を遺したのは、ナセルカ・グリモワーゼ・ルーベルク本人だ。その予言のために、彼は航海に出た。どんな予言か、か。端的に言えば、未来に魔王が出現するという予言だ」
一息にそう言い切ると、エルトがシャンパングラスを手に取った。そして一口飲むと、改めて俺を見た。
「予言の内容は、こうだ。『ルーベルク王家の末裔とヴェルリスの血を引く者が、魔王を倒す事が可能な唯一の者だ』」
「つまりそれは、お前と俺って事か?」
「予言されていた名前は、一つだった。正確には、『ライゼ=ナイトレル・ヴェルリス・バルミルナを探せ』と、予言されていた。ルーベルク王家の人間の定めだとされていて、こちらには指定は無かった。今となっては生存者は俺のみであるから、俺としても良いだろうな。そして予言には、こうもあった。『ライゼ=ナイトレル・ヴェルリス・バルミルナ以外に、魔王を倒す事は不可能である』と」
それを聞いて、俺は腕を組んだ。
「倒し方は予言されていないのか? それに魔王の繭の状態で対処するわけにはいかないのか? 魔王になるとどういった形態になるんだ? 悪いな、質問ばかりで」
「いいや、構わない」
エルトは長い足を組むと、グラスを置いた。そしてじっと俺を見た。
「倒し方は、二つだ。ヴェルリスの血を繭に吸わせて、魔力を拮抗させて破裂させる事が一つ。もう一つは、孵化後魔王は人型になるらしく、その際体内の心臓に接着してる第三の目を破壊する事。これが俺の王家に伝わっていた方策だ」
「血を吸わせる? どの程度の量だ?」
「魔力が宿る血を、可能な限り、多くだ。提供者は死ぬ。そしてそれは――ライゼの血であってはならない。破裂した後、世界に飛び散る魔王の魔力残滓を一気に消滅させるのが仕事となるからだ。つまり――該当者は、ユーゼ宰相閣下、話によるとルイス皇帝陛下、そして存命しているそうだがキルト卿。だが彼らは皆、地位がある。よって選ばれるとすれば、それはゼリルとなるだろうな」
「ゼリルを殺すなんて選択肢はあり得ない!」
「ああ、同感だ。何処の誰がなんと言おうとも、俺は認めない」
思わず語調を荒げた俺に向かい、冷静にエルトが頷いた。それを見て、ほっとしてしまった。僅かにだが、エルトの細くなった瞳を見て、ゼリルを大切にしてくれているようだと理解した。
「つまり孵化してから、第三の目を破壊すれば良いんだな。繭の内に、第三の目を見つけ出すわけにはいかないのか?」
「第三の目が形作られた瞬間に、魔獣は孵化する。つまり孵化するまでの間は、第三の目は存在しない。単純に魔王の繭を攻撃すれば、繭は出生を早めるために眼球構築を早めはするだろうが、それは即ち孵化を促すのと同じ事だ」
それを聞いて、俺はラインハルト様に、前に聞いた事を思い出しながら頷いた。
「天球儀の塔に、その話を持ち帰って、俺の師であるラインハルト様や、ヴェルリスの血を確かに引くキルトお祖父様とも話をしてみる」
「よろしく頼む」
「ただ、俺達二人で倒すというのは疑問だ。現在、みんなで倒す話が進んでいるからな」
「――瘴気の中、どれだけの数の人間が近寄れるかが疑問だ。俺には治癒魔術があるから、ある程度の期間は生存可能ではあるし、数名にならば範囲を広げる事が出来る。しかし、孵化した魔王の放つ瘴気や魔力嵐は非常に有害だと聞いている」
「瘴気対策は練らないとならないな。が、みんな協力してくれると思う。エルト、俺は人に頼る事を恥だとは思わない。だからお前も、あんまり一人で抱え込むな」
「……感謝する。その言葉には、救われた思いだ」
初めて微笑を浮かべたエルトは、それからシャンパンを飲み干した。俺もグラスを手にする。それから、もう一つの気になる話題――ゼリルについて、切り出す事に決めた。