【九】夜桜(☆)
――花見の終了後。
酔い潰れた有馬を、山縣が背負った。そして羽染と朝倉も含めた四人は、朝倉の邸宅へと向かった。華族の朝倉は裕福で、帝都にいくつもの自宅を構えている。その内の一つ、最も第二天空鎮守府にほど近い屋敷で、酔いを覚ます事になった次第である。
既に周囲は薄闇が包んでいる。
酔いの火照りを冷ましてくれるような、心地の良い夜風が吹いている。
もうすっかり夜更けだ。
下弦の月が覗いている。
縁側の桜の木の正面に座り、朝倉は山縣を見た。桜の横には小さな池がある。その池の正面、朝倉の隣に山縣は座っている。二人ともそれぞれ、後ろの柱に背を預けている。
山縣が運んだ有馬は、二人のいる縁側の後ろにある和室の布団の上で下ろされた。ぐっすりと眠っている様子である。
羽染はといえば、朝倉と壁を挟んで向かい側にある柱に背を預けて目を伏せていた。刀を腕で抱きかかえて、片膝をたてて座っている。こちらも睡魔に飲まれていて、微かな寝息が漏れている。有馬の眠る場所の隣室だ。邸宅は広く、縁側から見える庭も広大である。
――随分と皆、酔っぱらった。
朝倉はそんな風に考えながら、少しだけ身を乗り出して障子から顔を出し、背後の部屋へと振り返った。そして寝入っている羽染を見る。
「綺麗だなぁ」
長い睫毛が影を落とす、羽染の白磁の頬を見据えながら、朝倉は呟いた。
羽染の顔立ちは、決して女性らしいものでは無かったが、何となく艶がある。
「確かにな」
辛口の冷酒の入った徳利を傾けながら、山縣が頷く。
山縣は、辛口の日本酒が何よりも好きだ。これに慣れると、会津の辛口酒が、甘く感じる事も多い。そうであるにも関わらず――会津出身の青年の甘い姿は、見た事が無かった。
だが今日は、少しばかり、年相応の姿を見たように、山縣は思う。
「有馬の前だと、羽染もちょっと幼くなるな」
「そうかもしれない」
朝倉が答える。
すると猪口をぐいっと煽りながら、山縣が目を細めた。
「だからこそ……危ないんだろうな」
真剣味の増した山縣の声が、縁側から静かに響いてくる。
それを聞きながら、向き直り山縣を見て、朝倉が膝の上で、指を組んだ。
「――今でも羽染は、僕の命を狙っているわけか」
「羽染の事を思うんなら、あんまり優しくしてやるな。苦しむのは、羽染だ」
「そんなの僕の自由だろう?」
朝倉はそう言って笑った。まるで自身の命を、賭けて遊んでいるような顔で。
溜息をつきながら、山縣が半眼になる。
「気持ちは分からないでもない――俺だって、良くしてやりたいとは思う」
「山縣がそんな事を考えるのは珍しいな」
「お前ほど珍しくはない。朝倉なんて、有馬にすら優しくないだろ」
「厳しくするのも優しさの形じゃないかい?」
「確かにお前に優しくされたら死ねる。もう、終わったって思うわ」
「それにしても悔しいな。羽染には、故郷よりも僕を選ばせたいものだね」
「やってみろよ」
山縣のその言葉に苦笑してから、朝倉が立ち上がった。
室内へと入り、刀を抱えて眠っている羽染の前に、膝立ちで座る。
「羽染、寝てるのかい?」
「……」
健やかな寝息を漏らしながら、羽染は何も答えない。
「唇が欲しくなるな」
朝倉はそう言うと、静かに顔を近づけた。
――ピクリと羽染の瞼が動いたのは、その瞬間の事である。
「!」
唐突に感じた自分以外の体温に、羽染は気がつくと抜刀していた。
片手で相手の体を押し倒す。
そしてもう一方の手で、刀を相手の顔の真横に突き刺した。畳にざくりと刀身が突き刺さる。羽染は突然の気配に動揺し、心臓が激しく早鐘を打っている事を自覚した。
「っ――!!」
それから羽染は、目を見開いた。
自分が押し倒した相手が朝倉である事、刀を顔の真横の畳に刺した相手が朝倉である事を、羽染は漸く理解した。
「あ……」
冷や汗が、こめかみから頬へと、そして背中から下へと伝い始める。
まるで時が止まったかのような感覚で、正面から朝倉の顔を、羽染は覗き込んだ。
敵でないと、瞬時に判断する。だが同時に、呆然としていた。
「ッ」
その直後、後ろに両手を捻り上げられて、羽染は呻いた。
「そんなに怯えるもんじゃねぇよ」
気がつくと、山縣の手で、羽染は身動きを封じられていた。気配なく動き、室内へと入った山縣が、羽染の身動きを封じる。腕を取られて、羽染は、鈍い痛みに襲われた。
「何かお前、昂ぶってんな。酒のせいか?」
そのまま羽染は後ろに体を引かれ、山縣に抱きかかえるようにされる。
羽染は己の失態と、いまだに襲いかかってくる緊張から煩いままの鼓動に嫌気がさして、俯いた。寝入っていた事も理解した。
「申し訳ありません……寝ぼけて……」
「寝ぼけて命を盗られそうになるなんて叶わないなぁ」
冷たい声で朝倉が言う。その瞳に浮かぶ色も、同様に冷たい。ただ唇の両端だけは、持ち上げている。
「責任、とって欲しいな」
「……どんな処罰でも」
羽染が小さな声で告げると、吹き出すように朝倉が笑った。
「羽染。こういう時の熱の解消の仕方、誰にも習わなかったのかな?」
「え?」
何の話か分からずに、羽染は顔を上げ、首を傾げる。
「教えてやるよ」
山縣がそう言って苦笑する。
そして羽染を後ろから抱きかかえたまま、和服の合わせ目から手を差し込んだ。
「!」
呆気にとられて羽染が瞠目する。
その時、羽染の乳首をさぐり当てた山縣が、両手でその突起を摘んだ。
「っ」
ギリギリのラインで痛みが無いのに、強い刺激。
羽染は、山縣から与えられるその感覚に、息を呑むしか無かった。
「もう少し足を開いてくれないかな?」
一方の朝倉は、羽染の両足を押し開く。
それからグイッと膝を持ち上げられた感触に、慌てて羽染が足を閉じようとした。
「んー」
それを見ていた山縣が、羽染の胸の突起を撫でながら、首筋に吸い付く。
「っ、ぁ……」
甘い吐息を上げ、一瞬だけ羽染の体の力が抜けた。
それを見逃さず、朝倉が、羽染の陰茎を両手で握り、服を完全にはだけさせた。
「あ」
そのまま朝倉に陰茎を口へと含まれ、羽染は思わず声を漏らした。
「あ、あ……っ……」
朝倉の口の動きに合わせるように、山縣には規則正しく乳首を嬲られる。
「止め……お止めくださッ……こんな、の」
「羽染、会津じゃどうだか知らないけどな、こんなの良くある事だぞ」
からかうようにそう言った山縣が、羽染の耳元で笑った。
「可愛い副官を手込めにしたい上司なんて腐るほどいる。覚えておくと良い」
口を離して朝倉がそう言った。それから唾液と先走りの液が入り乱れて濡れた、羽染の陰茎を指でなぞる。
「っ」
真っ赤な顔で声をこらえている羽染は、大変淫靡だった。
綺麗なものを汚したい――それは、あるいは朝倉と山縣が共通して持つ、加虐心であるのかも知れない。
「ッ、ふ、ぁ……ア」
繊細な刺激を、後ろから山縣に乳首へと与え続けられて、羽染は体が熱くなるのを感じていた。じわりじわりと、熱がたまっていく。
まるで体が自分のモノでは無くなったかのように、山縣に触られる度に、意識の統制下を外れて乳首が疼くのだ。
「……ッ」
無我夢中で羽染は頭を振る。
するとそんな羽染を落ち着けようとするかのように、朝倉が正面から覗き込んだ。
「羽染は、乱れた事ってあるの?」
「え……んッ、ぁ……」
「無ぇだろ、どう見ても。乱してやろう」
「乱してやりたい気持ちは分かるけどね、山縣。これが羽染のトラウマになったら、可哀想だろう? 折角僕とお前がいるんだからさ」
「俺とお前が本気出したら、羽染は二度と引き返せなくなるだろ」
山縣と朝倉のそんなやりとりを、朦朧とした意識で羽染は聞いていた。
「じゃあ本番は無しだね」
朝倉はそう言ってから、羽染の陰茎を再び口に含んだ。
「っ――!!」
前を朝倉に咥えられ、後ろから乳首を嬲られ、羽染は嬌声を飲み込む事に必死になった。
「何で声出さないんだ?」
山縣が、耳の後ろを舐めながら問う。
「ふッ……ン……」
「ま、声を出したら、有馬が起きるかも知れない」
楽しそうに述べた朝倉の言葉に、羽染が目を見開く。
「っ!!」
瞬間、山縣の手が、羽染の陰茎へと伸びてきた。
「朝倉、そろそろ解放してやろう」
「そうだね」
「ッ」
山縣の手で側部を撫でられ絶頂へと促されながら、羽染がきつく目を伏せ、体を震わせる。先端は再度朝倉が咥えている。
「ひっ、ぁ……っ……」
「気持ち良いか?」
そう山縣に問われた時、羽染は小さく頷いた。
「――っは、あ……ン――!!」
そのまま羽染は、精を放った。そしてぐったりと体を山縣に預け、意識を手放すように眠ってしまった。
ただ舞い散る夜桜だけが、その光景を見守っているようだった。