【十】保科秋嗣の世界(★)






 戦場に羽染を送り出して以来、保科秋嗣は、羽染に会えないでいた。

 ――帝都に呼び寄せた自分こそが、羽染に死ねにいけと命じたようなものなのだから。

 だから、だからこそ、羽染が生きて帰ってきてくれた事を、保科は喜ばずにはいられなかった。本当であれば、見送りにすら行けなかっただろうが、それは関東軍閥総司令官であり、東京選出元老院議員の、徳川家時が上手く取り計らってくれた為、あの日は議会を抜け出す事が出来た。

 明治維新前から、徳川家と会津藩の保科家は、親戚関係にある。
 勿論それだけではなくて、様々な事情を経て、保科は、家時に融通してもらったのだ。

 だがそれは、家時の善意であるとは言えない。

「今日もいつものホテルで待ってる」

 すれ違い際に、家時に囁かれた保科は、曖昧に笑った

 現在会津藩当主であり元老院議員である保科は、徳川家時と体の関係を持っている。他にも、宮家の、紫陽花宮とも体を重ねる事がある。現徳川家当主である家時は、同じ元老院議員という事もあって、より頻繁に保科に関係を迫って来る。なお紫陽花宮は、保科が家時とも体の関係を持っている事を知っている。

 だが、家時は、紫陽花宮と保科の関係は知らない。
 実質的な現在の権力で言えば、徳川家は、宮家をも凌ぐ。
 けれど、人脈という意味で言えば、宮家に勝てる家柄は存在しない。

 どちらも――保科にとっては利用する価値がある存在だ。だから保科は、体を用いる事に抵抗は無い。それが会津の為になると、信じてもいる。

 肉体関係には、愛など無い。
 保科秋嗣は、恋をした事が無かった。
 ――たった一人の、幼なじみの少女を除いては。

 それも今となっては分からない。
 大切だと言うことは分かるのだが、果たして、それが恋だったのかは、もう分からなくなってしまっていた。幼少時の初恋の記憶は、それでも甘く優しい。

 表向きこそ、宮家の縁者であり、薩摩選出の元老院議員である、鷹司由香梨に恋をしている風を装っているが、いつもどこかで保科の心は冷えていた。

 この日――議会の終了後、保科は指定されたホテルへと向かった。いつも、と、言われて場所が分かるくらいには、頻繁に保科はそのホテルの特別室に招かれている。先に到着した保科は、一人きりの室内で、無表情のまま座っていた。

「早かったな」

 一時間後、家時は遅れてやってきた。そんな家時を一瞥し、保科は先程とは異なる満面の笑みを浮かべる。作り笑いだ。それから保科は、テーブルの上にあったウイスキーの瓶に手を伸ばし、ロックグラスに氷を入れてから、濃い目の酒を作った。それを家時に差し出す。

「今日もお疲れ様でした」
「ああ、お前に労われると、疲れが溶け出して消えていく」
「本当ですか? 嬉しいな」

 ニコニコと保科が笑うと、家時が嘆息した。

「それは……本心か?」
「勿論じゃありませんか。家時様にそんな事を言っていただけるなんて、至上の幸福です」
「……ほう」

 家時は淡々と頷くと、保科の事を静かに見据えた。

「お前は、俺に何も要求してこないな」

 その声に、保科は内心で苦笑した。
 実際には、色々と要求している。例えば、議会を抜け出して羽染と会いたいという望みも叶えてもらった。ただあくまでも、要求だと悟らせないようにしているだけである。

「てっきりお前は、俺を利用したがっているんだと思っていた」
「家時様の事を、僕はそんな風に思ったりしません」
「――それでも良いと、利用されても良いと思っていたのにな」
「え?」
「お前の言う事なら、何でも聞いてやりたいんだ。だからこそ――そんな風に無垢でいられると、何も出来る事が無くて困る」

 保科は思った。一体何処に目がついているのだろうかと。保科から見ると、家時は考え方が甘い子供じみた部分があるように感じる事がある。二十四歳の家時と十五歳になったばかりの保科であるが、内心は保科の方が大人びているのかもしれない。

 ただ、それで良かった。家時を利用出来るのならば、それで良いのだ。
 それが、それで――会津のために、何かできるのであれば。

「家時様、僕は、家時様が幸せなら、それで良いんです」

 そう言いながら、どうして自分はこんなにも二枚舌なのだろうかと、保科は俯いた。

「僕で良ければ、いつまでもお側で、お仕えさせて下さいね」

 保科が笑顔でそう告げると、家時が何度か頷いた。

「だったら、俺のモノだって言う証拠を残させろよ。保科は俺のモノという理解で良いだろう?」

 家時はそう言うと、ポケットから小箱を取り出した。紺色のヴェルベット張りの小箱を、首を傾げながら保科は見る。家時が蓋を開けると、中にはピアスが二つ入っていた。特殊なボディピアスらしい。保科は、非常に嫌な予感がした。

「お前は俺のモノなんだよな?」
「え、ああ、はい!」

 慌てて保科が頷くと、家時が目を細めて笑った。どこか残虐な瞳をしている。

「脱げ」
「はい……」

 立ち上がった保科は、和服の首元に手をかける。ソファに座った家時は、琥珀色の酒を舐めながら、それを見ていた。そして保科が一糸まとわぬ姿になると、家時がグラスをおいて立ち上がる。

「もう逃がさないからな」
「っ!」

 そう言った家時に、強引に保科の右の乳首へとピアスを突き刺した。
 保科が目を見開く。痛みだけが体の感覚を支配した。保科の華奢な少年らしい腰を片腕で強く抱き寄せた家時は、酷薄な笑みを浮かべている。

「――!!」

 体が恐怖と痛みで震え、思わず保科は叫ぼうとした。
 だが喉に酸素が張り付いて、声すら出てこない。
 零れ落ちたのは悲鳴ではなく、痛みによる涙だけだった。

「次は左だな」

 淡々とした家時のそんな言葉に、保科は気づけば震えていた。

「嫌、止め、無理、嫌だ……ッ、んぁ!!」

 無理だと手を伸ばし、保科が拒もうとしても、それを家時が交わす。
 家時が、今度は保科の左側の乳首にピアスを突き刺した。

「っあ――ッ――ぁ、くッ、や、やだ……!!」
「これでもう、お前は俺のモノだな」
「っ、ふ……」

 痛みから、涙が込み上げてくる。
 ――僕は、どうしてこんな格好をしなきゃならないんだろう?

 辛い胸中を誰にも吐き出せないまま、保科は嗚咽を堪えた。頭では会津のためだと考えていても、痛いものは痛い。家時は利用しやすい人柄である反面――保科の体を弄ぶ時は、鬼畜と称する以外難しく、嗜虐性を露呈させる。

「挿れるぞ」

 その言葉を保科が理解したのとほぼ同時に、ソファに縫い付けられ、深々と家時に陰茎を挿入された。慣らすわけでもなく、潤滑油があるわけでもない。

「う、ぐッ、ぁ……ッ、んア!!」

 どうしようもない圧迫感に、保科の思考がグラつく。
 めり込んでくる感覚に、呼吸が苦しくなる。

「痛っ……ッ、は、く、苦しい……ッ、んぅ――!!」
「保科、少し力を抜け」
「む、無理……ぁ……!」
「きついな」

 保科は背をしならせ、涙が滲む瞳で家時を見上げた。
 一歩ひいた理性が、こんな風にされたら、後が大変だと呟いてもいる。
 しかしすぐにそんな冷静な思考は、痛みでかき消える。涙で視界が歪んでいる。

「や、ぁ、や……ッ」
「嫌なのか? お前の体は喜んでいるみたいだぞ?」
「っ」
「素直になれ」
「ぁ、あ――んぅ、ぁ……!! っ」
「ここが好きなのか?」
「うぁあッ――や、やだッ」

 痛いのは本当だった。だが、既に、こうした行為に慣れきっている保科の体は、血を流すでもなく、痛みをもただの快楽へと変換する。

「突いてやる。好きだろう? こうされるのが」

 残忍な笑みを家時が浮かべている。家時は保科の泣く姿がどうしようもなく好きなのだ。無垢な笑顔を汚す時、自分だけのモノに出来たと感じて、止められなくなる。そんな、衝動。しかしそれを保科は知らない。

 そのまま家時に、保科は内部を激しく蹂躙される。
 気づくと保科は精を放っていた。
 そして動かれるままに快楽を幼い体が捉え始め、気づけば意識を飛ばしていたのだ。

 ぐったりと意識を失った保科を腕で抱きしめながら、家時は深く吐息する。

「保科が、本当に、俺だけのモノだったら良いのにな……」