【十四】保科秋嗣の世界U(★)



「最近の、第二天空鎮守府一の噂を知っているかい?」

 紫陽花宮の言葉に、浴室から出てきたばかりの保科秋嗣は首を傾げた。色素の薄い茶色の髪が、まだ水に濡れている。そんな少年藩主を一瞥しながら、寝台に横になりながら、ウイスキーのロックを飲んでいる紫陽花宮は、微笑した。

 長身の皇位継承権第二位の青年は、鴉の濡れ羽色の瞳を輝かせた。薩摩藩選出元老院議員の鷹司由香梨の従兄でもあり、生来体の弱い皇太子が即位するにしろしないにしろ、すぐに陛下となるだろう二十五歳の青年だ。

 彼にもしもの事が在れば、次に継承権を持つのは、由香梨である。さすがに保科も、皇太子殿下に近づく事は出来なかった。と言うよりは、そもそも皇族に近寄る気なんて、当初は無かったのだ。

 ――それを変えたのは、紫陽花宮だ。

 元老院議員になった当初、まだ右も左も分からなかった保科に声をかけて、肉体関係に引きずり込んだショタコ――……少年を愛でる紫陽花宮は、様々な事を保科に教示してくれたものである。

「何ですか?」

 保科が、タオルで髪の毛を拭きながら尋ねる。
 すると紫陽花宮が肩を竦めた。

「君の所出身の大尉と薩摩の大尉の熱愛話」
「……!?」

 最初は意味が理解できず、続いてそれが羽染だろうと思い当たってから、思わず保科はあからさまに眉を顰めた。

「それは……本当なんですか?」
「恐らくね。会津の大尉は、相当な色男みたいだ。朝倉や山縣といった有名どころの実力者にも可愛がられているみたいだね」
「……確かに、良親さんは格好良いからなぁ」
「もしかして保科君の本命だった? わざわざ呼び寄せたくらいだしね」
「違います。僕は、宮様の事が一番です」
「徳川の家時君にもそう言ってるんでしょ」
「そうだとしても、紫陽花宮様は、別に僕の言動になんて興味は無いでしょう?」

 タオルを近くの椅子にかけ、寝台へと保科が座り、穏やかに笑った。

「――……そうだね。俺が本気になったなんて言ったら、君はいなくなっちゃうでしょう?」
「まさか。紫陽花宮様の元から離れる事なんて、考えられません」

 我ながら白々しいなと思いながら、作り笑いで保科は述べる。

「本当に保科君て可愛くないよね」

 苦笑しながら、紫陽花宮が、保科を抱き寄せた。
 そして少年の肩に顎をのせ、俯く。

 ――この少年を、自分だけのモノに出来たらどんなに良いか。本音を引き出す事が出来たら、どんなに幸せだろうか。

 叶わない願望に、いつも紫陽花宮は苛まれている。
 時には徳川家時への嫉妬で、気が狂いそうになるほどだというのに――……保科本人にそれを伝えることは、何故なのか出来なかった。

「乳首にピアスか。徳川も相当なドSだな」
「……ふッ」

 浴衣越しに、装飾具を引っ張られて、保科が甘い吐息を吐いた。

「ぁ……や、やです……ッ、紫陽花宮様……」

 弱い力加減で何度もピアスを引かれ、保科が背筋を震わせる。

「うぁ……ん、ぅ」
「痛い方が好き?」
「……っ、は、はい」

 眦に涙を浮かべながら、保科は頷く。
 実際そうだった。
 快楽を感じる自分など気持ち悪くて仕方がないから、まだ、痛い方が気が楽なのだ。

「じゃあ今日は、うんと気持ち良くしてあげるよ」
「え……?」
「君が苦しんでる姿を見るのは、俺にとって至福の時だから」

 クスクスと笑うように、紫陽花宮は告げた。
 こうして情事が始まった。

「っ、ぁ……あ、あ……っ、ん」

 保科は後ろから抱きかかえられ、左の乳首と、陰茎をゆるゆると弄られる。
 少年の呼吸が、次第に荒くなっていく。

「や、やだ……っ」

 じわりじわりと快楽が体の芯にまで響いてくるようだった。
 それが、どうしようもなく辛い。
 早く達してしまいたいのに、決定的な刺激が無い。
 腰が震え、太股が小刻みに震えている。

「紫陽花宮様……えっ、ン……ッ」

 焦らされすぎて、体が辛い。
 だが紫陽花宮はニヤニヤ笑いながらそれを見ているだけで、何も言わない。

「あ、あッ……ふ……くッ」

 紫陽花宮は、保科の首筋に後ろから唇を落とし、ゆっくりと舌で舐め上げる。

「あ、あ……っ……ン」

 保科は唇を噛み、声を押し殺そうと必死で努力する。
 だがそうする度に、少しだけ紫陽花宮が繰り出す刺激が強くなり、体が、喉が、震えてしまう。

「も、もう、や、やだ……ッ、う……」
「――何が嫌なの?」

 漸く、紫陽花宮が声をかけた。
 涙が零れ始めている保科は、瞳を潤ませながら、浅い呼吸を繰り返している。

「イ、イきた……っ」
「そう言う時はなんて言うの?」
「んあ――!!」

 瞬間、両方の胸の飾りにはまっているピアスを強く引かれて、保科は目を見開き、ボロボロと泣いた。

「……っ、ぐ、愚鈍な下僕の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜて下さい」
「んー、二十五点」
「おちんちん触ってぇ」
「十点」
「っ、や、もうやだ、ね、ねぇ、紫陽花宮様ッ、お願いです、お願いだからもう、もう、イかせて」
「ちょっとぐらっと来たけど三十点」
「っ、ふ……あ、ぁ……ぼ、僕もう、あ……――ぅあンああああああッ」

 這い上がってくる熱に、浮かされるように、保科は何度も首を振る。保科はむせび泣いた。

「やだ、やだ、やだよ、も、もう……っ、ぁ、無理、あ、お願いッ」
「どうして欲しいの?」
「挿れて、もう、めちゃめちゃにして、ねぇ、あ、あ」

 泣き叫ぶ保科の髪を、穏やかな顔で紫陽花宮が撫でる。

「まだ駄目」
「っ」
「指だけね」

 そう告げると紫陽花宮は、近場にあった潤滑油の瓶から、液体をたらたらと手に垂らした。

「ひゃッ」

 紫陽花宮の人差し指が中へと入ってきた瞬間、保科がきつく目を伏せる。
 まつげが震えていた。
 上気した少年の頬を満足そうに眺めながら、紫陽花宮は微笑む。

「痛くない?」
「……は、い……! っ、ぁ、あ!!」
「本当に君はココが好きだね」
「ンあ、あ」
「まだイかせてあげないけどね」

 保科の前を左手で掴み、射精を阻止しながら、右手で紫陽花宮が前立腺を規則的に刺激する。

「う、っ、ぁ、あ」

 目を見開いた保科の瞳から、ボロボロと涙が滴る。

「や、やだ、あ、な、なにこれ」

 こんな感覚、保科は知らなかった。
 幼い少年の体に、強すぎる快楽が、本流のように襲いかかってくる。

「あ、ああああ!! や、やだ、あ、やだ、いやだ、やめ、やめてっ……うッ」

 痛くされる事には、ある程度保科は慣れていた。
 だが強すぎる快感への対処法を、少年の体はまだ知らない。

 理性がその気持ち良さに全身を委ねることを拒絶するから、何とか冷静でいようと思うのに、幼い体は自身の統制権を外れたかのように、ビクビクと震えるだけだ。

「やだ、やだ、あ、あ」

 涙が止まらず、その快楽が怖くなって、思わず保科は両手で口を覆った。

「うっ、ぁ……ッ……!!」

 出そうなのに、紫陽花宮に前を制されているから、達する事が出来ない。
 しかしゾクゾクと全身に快感の波が走る。
 気が付くと保科は、無我夢中で泣き叫んでいた。年相応の、子供じみた姿で。

「やだ、やだよ、お願っ、も、もう止め……!! あ、許して、も、もう無理、で、出来ないッ」
「もうちょっと我慢してご覧よ」
「や、やぁッ」
「――そうしたら、明日の議会で、次の国防政策に会津藩が関与できるように取り計らうよ」
「!」

 その言葉に、保科は目を見開いて、絶望したような顔をした。
 同時に、紫陽花宮の手が保科の陰茎の付け根から離れたため、意志の力で射精をこらえるしかなくなる。

 しかし、紫陽花宮は、ここぞとばかりに、保科の前立腺を指で刺激した。

「っ、くぁ……ァ……ふ……ン――!!」

 なんとか堪えようと、保科が体に力を込める。

「出したらこの話は勿論無しだからね」
「っ」

 涙でぐしょぐしょになった顔を俯かせ、保科は唇を噛みしめて堪える。

「……ン……っ、あ……――!!」

 その時、強く中の、最も感じる場所を刺激され、保科は目を見開いた。

「あ、あ、あ」

 頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。

「あ、あ? や、や……あ、ああッ、いやだ、や、な、何……――!!」

 精を放ってはいけないという気持ちと、達したいという欲望がせめぎ合う。
 その時だった。
 再度強く一点を刺激された瞬間、保科は声すら上げられずに、寝台の上へと頽れた。

「は、あ……は、はぁ」

 まるで射精したかのような感覚に全身を包まれる。
 けれど、精液が出た気配は無かった。先走りの液は、ダラダラと流れていたけれど。

「や、あ?」

 全身が性感帯になったような感覚で、保科がわけが分からないまま顔を左右に振っていると、紫陽花宮が、耳朶を噛んだ。

「フ」
「ドライでイっちゃった?」
「?」
「保科君、本当可愛いなぁ、俺、結構限界だ」
「ンあ――!! やぁ――!!」

 その時、紫陽花宮の陰茎が、保科の中へと挿ってきた。
 ガンガンと激しく打ち付けられる。その内に、保科は精を放って気絶した。強すぎる快楽に、体が耐えられなかったのだ。

「俺が本気で嫉妬してないとか、どうでも良いとか思ってると考えてるのかな、この子。嫉妬で気が狂いそうなんだけど」

 保科の髪を優しく撫でながら、一人呟いた紫陽花宮の声は、室内で溶けていった。