【七】第四次世界大戦
これは、第四次世界大戦が勃発し、ついに朝倉が派遣される事になった日の、前日の事だ。朝倉の邸宅で、縁側に座り、二人で並んで池の水面を眺めている。
水面に映る月を掬ってみたくなるが、そうすればすぐにその灯が消えてしまう事を山縣は知っていた。もう少しだけ己がロマンティストだったならば、月に祈る事もあったかも知れない。
煙草を銜える。
煙が夜空に溶けていく。
様々な事がこれまでにあった。
過去、今、未来。きっと今後も連続していくのだろう。
「ねぇ山縣」
「ん?」
「僕達は、いつまでこのままなんだろうね」
「それ、は」
このままでいたいという意味なのか?
それとも関係性の変化を望んでいるという意味なのか?
曖昧模糊とした己達の関係。
一瞥すれば、いつもと変わらず朝倉は微笑していた。
聞く事が怖いと思うほど、幼くはなかった。
けれど、いびつに歪み壊れかけた心を、晒したくはない。
それでもどんどん朝倉に対して、心が傾いていく。
「お前は、現状が苦痛か?」
「激情に飲まれそうになって怖くはあるね」
「俺に対してそこまで想えるお前はある種奇跡だろうな」
「寂しいのは、山縣の気持ちが僕には無い事かもな」
山縣としては、そんな事は無かった。けれど、朝倉から見れば、山縣という人間は、山縣にとっての水面に映る月と変わらない。
手にしたその瞬間、霧散するのが酷く怖ろしい。
それ相応には大切だった。
「もしも、だ。俺がお前を抱きしめて愛の言葉を紡いだら、朝倉はどうする?」
「正気を疑う」
「だろうなァ」
互いに本日は、焼酎をあけている。
夏の暑さに氷が啼く。カランと音がした。
「――でも僕は、最後の時は、山縣の顔が見ていたいとも思うんだ」
「安心しろ、楽に逝かせてやるから」
「それは嘘だね」
「どうして?」
「山縣は、僕をきっと殺してくれない」
朝倉の言葉に、ふと考えてみる。己こそ、朝倉の手にかかりたいと望んでいる現実を思いしらされる。山縣は何とはなしに持参したルービックキューブを弄びながら、複雑な世界に思いを馳せる。完成させてから、横にそれを置く。そして焼酎を口に含んだ。
「かりそめの夢でも良いから、山縣のそばにいたくなる」
「今いるだろ」
「特別、みたいなポジションが欲しい」
「親友、みたいな名前の関係じゃ駄目なのか?」
「駄目かな」
「押し倒してやろうか?」
「快楽も悪くはないかもしれないね。僕は上を譲らないけどね」
嘯いた朝倉に対し、山縣は喉で笑った。
初めから自分達の目指すものも歩く道も違う事は分かっていたつもりだった。
それでも今、共にいる。それが永遠に続くように錯覚してしまう。
「今日は暑いなァ」
「そうだね。けれど凍てついた心が融けないよ」
「俺に融かして欲しいか?」
「そうでもないかな」
朝倉が焼酎を舐めた。二人そろって、再び池を眺める。
人の弱さと脆さを月が嘲笑しているだなんて、どちらともなく考えていた。
きっと、きっと。
自分達は互いに頼れる者を探しているのだろうと、それぞれ理解していた。
けれどそれは相手に対する同情でも、己の無力感ゆえでもない。
そこには確かに、愛があった。
「俺はこの国の平和が欲しい」
「僕は、僕の平和が欲しいかな」
「お前の平和って何だよ?」
「優しさに溢れたこの国かな」
結局の所、この国を思う二人の気持ちは変わらないのかもしれない。
けれどそんな思いなど、きっと月は知らないのだろう。
だからただ空で輝いていた。
――ああ。願わくば、無事に帰還して欲しい。
山縣のそんな願いは、幸い叶う。