【3】朝曇と四十八手





 ――見習いの頃から毎朝、東屋では腕立て伏せと逆立ちをさせられる。

 柔軟体操もある。

 腕立て伏せは『抱き上げ』、逆立ちは『鵯越えの逆落とし』に備えてだ。共に四十八手である。練習だ。柔軟は勿論、体を柔らかくして苦痛を減らすためだ。しかし他は、もしものための訓練でもある。

 抱き上げは、腕立て伏せの腕を折り曲げた状態で腰を捕まれて挿れられる事だ。『押し車』なんていうものもある。こちらは腕立て伏せをしたまま足を押される。

 当然された経験はないが、想像しただけで辛そうだ。
 鵯越えの逆落としは、さらに酷い。逆立ちした状態で、陰茎や菊門を刺激されるのだ。
 何故普通の体勢では行けないのか。昔の人というのは計り知れない。

 もっとも東屋は、性技がメインのお店というわけではないから、専門店に比べたらずっと訓練は楽なのだと思う。

 朝曇の空を眺めながら体操を終えた僕は、披露する日が来なければいいなと思った。そして雨宮様が、来店してくれると良いなと思った。



「今日は何を考えて過ごしていたの?」
「雨宮様のことを考えていました」
「へぇ、そう。他には?」
「……」

 この日僕は、気がつけば一日中四十八手について考えていた。何も言えるはずがなかった。なんと言うことだろう。ここのところは毎日、雨宮様が来てくれたら何を話すかばかり考えていたのだが、四十八手に気をとられすぎていて、話すことを考えていなかった。

「なんだ。ついに俺に話しかけることを考えるのは止めてしまったのかな」
「え、あ、その」
「あきられちゃったのかな」
「ち、違います……ちょっと考え事をしていて」
「他の客のこと?」
「『理非知らず』とか……」
「え?」
「あ」
「――もう一度言ってごらん?」
「……」

 なんだか嫌な予感がして、笑顔が引きつってしまった。

「ああっ、うああん……ひっ」

 僕は現在帯で手を頭の上で縛られ、膝も折ってそろえて縛られて、挿入されている。
 肩で息をするが、酸素の吸入が追いつかない。

「あ、あん、うン――――!!」
「こうされたかったの?」
「ち、違っ、ひゃ、ぁああッ!! ン――!!」

 前立腺をこすりあげられて、思わず藻掻いたのに、手が動かない。
 雨宮様はいつになく上機嫌で、奥へ奥へと体を進めてくる。

「ひ、ぃ、ぁぅ……ああっ、ん、んぅ……ふあぁッ、あ」
「紫陽の口から四十八手が出てくるとは思わなかった」
「あ、あ」
「さすがは高級男娼だね」
「っ、んぁ、あ、ア……あああっ、やぁ、ンァあ」

 貫かれる度に声が震えてしまう。中が満たされる感覚に、クラクラしてきた。直接触られているわけではないというのに、陰茎からもダラダラと密が零れ始めているのが分かって恥ずかしい。

「あっ……ああっ!! あ、ン……っく」
「しかも理非知らずとはね。結構マニアックだね」
「やあっ、も、もう出るッ」
「こういうのが好きなの?」
「違っ、ひァ……っン!!」

 その時一際大きく動いて雨宮様が果てた。ほぼ同時に前を一撫でされて、僕も出した。
 本当に別に僕は、四十八手の事を単純に考えていただけで、したいと思っていたわけではない。



 だが翌日目が覚めて以降、一人きりの部屋で、何度も溜息をついてしまった。
 今日も四十八手について考えている僕がいる。

 雨宮様は、『乱れ牡丹』を鏡の前でしたりするのが好きそうだなんて思うのだ。乱れ牡丹は、後ろから抱きかかえられるようにして、M字のように開脚する体位だ。そしてきっと雨宮様は恥ずかしいことを言わせるのだ。

 ――ああ、僕は何を考えているんだろう。

 昨日よりも僕の思考は進化を遂げた。悪い方に。僕の頭の中で四十八手を繰り広げているのは、雨宮様と僕だ。最悪だ。雨宮様が試してみたりするから悪いのだ。それが気持ちよかったりしちゃったから悪いのだ。

 その日、雨宮様はいつもよりも早く来た。
 そう、最近はいつも来てくれるのだ!
 梅雨だから!

「紫陽、おいで」

 雨宮様の言葉に布団の上へと行くと、小さな箱を見せられた。

「なんですか?」
「なんだか分かる?」

 雨宮様がふたを開けたので中をのぞき込み、僕は体を硬直させた。
 中には数珠のようなモノが入っていたのだが、ふたの裏に『淋の輪』と書いてあった。コックリングだ。慌てて逃げようとすると、ギュッと手首を捕まれた。ピンと僕の腕が伸びる。

「い、いやだ、いやです!」
「好きなんでしょう? こういうの」
「勘違いです!」
「遠慮しなくて良いよ」
「う、あ」

 そのまま組み敷かれて、片手で器用に陰茎に輪を装着された。既にほぼぴったりなのに、これで勃起したら絶対に辛い。

「嫌だ」
「本当に?」
「ン」

 胸の飾りに吸い付かれて、僕は目を伏せた。睫が震えてしまったのが自分でも分かる。

「あ、ああっ」

 そしていつもは焦らすくせに、雨宮様はすぐに僕の陰茎を片手で包むように握った。優しく上下され、指先で鈴口を嬲られるうちに、すぐにダラダラになってしまった。

「ン、んッ」

 するとぴったりと、淋の輪が根本にはまってしまった。その途端に、雨宮様が手を離した。

「え、ええっ、やだ、あ」

 思わず太股と太股をこすり合わせてしまう。

「エロいな」
「……っ、こ、ここは、こういう事をする見世じゃなっ」
「じゃあ俺は出入り禁止かな?」
「そ、それは……」
「紫陽に会えなくなるのは残念だね」
「……」
「じゃあ帰るよ」
「や、嫌だ! 帰らないでください!」
「ここにいたらもっと見ていたくなっちゃうからな」
「っ……っ……、……」

 ニコニコと雨宮様は笑っている。僕はこの状態を何とかして欲しいし、それに雨宮様が来てくれなくなってしまうのは嫌だし、だけどそれらをなんと伝えればいいのか分からなくて、ただ雨宮様の服を引っ張ることにした。兎に角帰っては駄目だという意志を伝えたつもりだ。

「ところで部屋の奥のあの鏡はどうしたの? 他のお客様からの贈り物?」
「あれは、雨宮様が『乱れ牡丹』が好きそう……――!! 違、違います、なんでもないです!!」
「……ほぉう。そう来たか。期待されるとは思わなかったけど、俺がなんだって?」

 そのまま僕は抱き起こされて、後ろから抱えられた。
 鏡の真正面に移動させられて、中へと挿入される。

「あ」

 深く貫かれ、両手で膝を持たれた。結合部分も、淋の輪がはまった自身の陰茎もはっきりと鏡に映っていて、羞恥で頬が熱くなってきた。

「ああっ、ん、深ッ……あ、あ」
「俺が鏡の前で、君に乱れ牡丹するって、どうして思ったの?」
「……っ」
「教えて、紫陽」
「……意地悪だから」
「意地悪だと鏡なんだ? ふぅん。それにしても意地悪だなんて心外だな」

 僕の耳元で囁いた雨宮様は、声は悲しそうだったのに、鏡に映っている顔は意地悪く笑っていた。ちょっとドキリとしてしまうくらい格好良いのが癪に障る。

「まぁ期待には応えないとね。紫陽、自分で胸を触ってごらん。そうしたら、動いてあげるから」
「え」
「早く」

 雨宮様はそう言うと、僕のうなじを静かに舐めあげた。

「う、ああっ、んんん」

 素直に、おそるおそるとだが両手を乳首にそれぞれあてがってみる。

 実際には陰茎で熱がずっと燻っているから、体はさらなる刺激を求めていたのだ。出したい。熱い。体が熱い。

「ふ……ッ」

 声を出すのが恥ずかしくて息を詰めた時だった。

「あああああ!!」

 急に揺さぶるように挿れられて、僕は目を見開いた。

「あ、あ、待って、待って……! やあ――――!!」

 その上感じる場所をずっと押し上げるように突かれて、視界が白く染まった。出る、そう思ったのに、輪のせいで達することが出来ない。

「いやァあっ!! あ、あああああ!! うああああ!!」
「手が止まってるよ」
「ふぁ、あ、あああ」
「出したかったらちゃんと弄ってごらん」

 その言葉に唾液を嚥下し、僕は必死で胸の突起をつまんだ。自分の指先が震えてしまって、そんな感触にじんと乳首が疼いた。

「あ、あっ、んぁ、あ、ああっ、雨宮様っ、僕、変――」
「変じゃないよ。可愛いよ、紫陽。ほら、体が赤くなってる。着物よりもずっと映えるね。鏡を見てごらん」

 見られるはずが無くて顔を背けると、首筋を軽く噛まれた。ピクンと体がはねてしまう。

「ちゃんと見て」
「う」
「紫陽」
「……っ」

 おそるおそる鏡を見ると、僕は自分でもびっくりするほど蕩けたような顔をしていた。焦点が合っていない。雨宮様はそんな僕の頬に、自分の頬をあてて笑っている。

「あ、ああっ、いやあ、も、もう、イっ」
「うん、いいよ」

 雨宮様が、漸く淋の輪を外してくれた。僕は気づかなかったけど、側部に留め具がついていたみたいだった。

「うああああ――――!!」

 そのまま僕は果てた。ぐったりと体を後ろに預けると、雨宮様に抱きしめられた。

「俺はまだまだだけどね」
「っ」

 その事実に目を見開いた瞬間、深く深く突き上げられて理性が飛んだ。

 次に目を覚ますと、もう朝だった。僕は、朝曇の空を眺めながら、もう四十八手のことを考えるのは止める事にした。だけど、雨宮様のことを考えるのは止められなかったのだった。