【30】研究対象
最初に行った日は、まずお部屋の観察をした。
白が基調の部屋で、観葉植物と、ここにもアロマの加湿器があった。
珈琲サーバーもあった。
先生の教授室とよく似ている。私も将来働くなら、こういう所が良い・
漠然とそう考えたあと、生育歴を聞かれた。
ど田舎の一般家庭ですと答え、両親の職業や、家族構成を伝えた。
すると先生に聞かれた。
「お母さん、今も教科担当?」
「あ、いえ……」
「年齢的に校長先生あたり?」
「まぁ、一応……」
「お母さんが精神疾患を患ったことは?」
「は? 全くないですけど」
「絶対にないって言い切れる?」
「間違いないです。だって部活の顧問とかやりまくってましたし」
「厳しかった?」
「んー、運動と部活と二週間くらい勉強には、まぁ。え、なんで、お母さんが病気なんて?」
「教員の子供には、精神的に不安定になる人間が一定数いる。理由は二つ。ひとつめが、教員自体が精神疾患、特にうつ病を患いやすく、その子供は不安定な親のもとで育つから、将来的に子供本人にも影響が出ることがある。もう一つは、一般的にも知られていることですらあるけど、厳格な親のもとで育つと非常にプレッシャーが大きい。そのストレスで子供の情緒が不安定になり病的になる」
「確かに怖いところもあるし、料理下手だけど、お母さんは優しいです!」
「それは良かった。ちなみに、弟さんはどんな人? 比較されたこととかある?」
「聞いてくださいよ! 天使のような美貌の持ち主なんです! もうやばい! あれ、やばい! 性格もいいの! 具体的に顔を言うとね、あのね先生、芸能人のね――」
「仲が良くて大好きみたいだというのはわかった。比較もされてなさそうだね」
それから小学校の話をした。小さな頃の、無視された話や病弱だった事は言わなかった。隠そうと思ったわけではない。なんだか色々話すのが面倒くさかったのだ。だからごく普通の小学生だったと伝えた。中学時代についてもごく普通だったことを伝え、ストレス性の胃炎になったことだけは言った。病気をしなかったかと聞かれてしまったからだ。その後、遠方の普通の高校へ通ったと伝えた。すると先生が首を傾げた。
「下宿?」
「最初は一人暮らしで、病気してからは、なんとか通える範囲の親戚のところです」
「ふぅん。頭良かったんだ、中学生の頃」
「え?」
「聞いた話だけどど田舎から、遠方のこういう名前の高校に行くのは、成績優秀者で地元に行かない人だから。スポーツ系なら、こういう所じゃなくて、こういう感じのところでしょ。二週間だけ厳しかったのは、高校受験前か」
先生がスポーツ系高校は具体例を挙げて説明した。とっても大正解である。
「高校の病気の時、学校休んだ?」
「はい」
「成績落ちた?」
「それが、すっごくすっごく不思議なことに、上がったんです! 逆に!」
「つまり挫折しなかったんだ」
「え、あ……そ、そうですね? 挫折……」
そういえば、あんまりそういう事は考えた事が無かった。
その後、病気等の詳細は後回しということになり、とりあえず生い立ちを話した。
高校でもごく普通に生活し、二年生で骨折した話をした。
「どこを折ったの?」
私はその時、深く考えずに、素直に話した。すると先生が眉しかめた。
「随分とひどいな――原因はなんだったの?」
「ちょっと落っこちちゃって!」
「落っこちた?」
先生は少し黙ったあと、この話も後で、またゆっくり聞くということになった。
まずい事を言ってしまったなとちょっと後悔した。
とりあえずそれからはまた普通に生活し、無事に大学に入ったと伝えた。
それが終わると、新しい珈琲を淹れてもらえた。
私は煙草に火をつけた。
「いくつか質問しても良い?」
「なんですか?」
今までも時々質問していたじゃないかと思いながら聞き返した。
「恋人は何歳? 今、何してる?」
「え?」
「一度もここまでの話題に出てきてないけど。関係は良好?」
すっかり忘れていたと気づいた。
「とっても仲良しです! 帰省する度に会ってます! 地元が一緒だと言っても良い程度には、東京より近いし、同じ県の人で、五歳年上! 従兄の同級生です! 今は多分、勉強中か働いてると思います。この時間帯のこと、ちょっとわからないです」
「年齢的に社会人だよね? 勉強?」
「その、お医者さんで――」
「ほう。何科? どこ卒?」
「精神科です……ええと、某地方国立医大です」
「それはまた頭が良さそうな恋人だなぁ。いつから付き合ってるの?」
「高1です」
「告白はどっちから?」
「あっちからです!」
その後、私はのろけた気がする。相手が大学の先生だということをスポーンと忘れ、いかに広野さんが良い人か熱弁し、私は彼が大好きなのだと伝えたような気がする。先生は微笑しながら聞いていた。それが一区切りついた時、先生が言った。
「ところで、高校の途中からお世話になっていた親戚――従兄の家の人は、何をやっている人?」
「ああ、お医者さんです。従兄は大学でも広野さんの同級生です。あそこはみんなお医者さんみたいです」
「なるほどねぇ。何科?」
「すっごく色々な科があるんです! あ、骨折した時の病院の方が、高校付近では一番色々あるんですけど、親戚の家がある地域では、親戚の家もいっぱい色々あるほうなんです!」
「――なんて病院?」
「私の名前と一緒ですよ! そのまんま! 雛辻病院!」
何も考えずに伝えたし、その時先生も特別な反応を見せなかった。
だが後々私は、言わなきゃ良かったと思った。
私はやっぱり頭が悪いのだ。
その後は、大学のサークルがいかに楽しいかを語り、その日は終わった。
面談(?)中は、先生は煙草を吸わなかった。
また、白衣を着ていた! とても格好良かった!
こうして暇な日々に、被験者生活が加わった。
個人的な感覚としては、ずーっと雑談気分だった。
もっと色々聞かれたはずだが、雑談部分しか覚えていないだけかもしれない。
――少なくとも最初はそうだった。病気の話なども、もっと後にしたはずだ。
いくつか覚えていることを書いてみる。
「先生って、某県有名国立医大の出身なんですよね? ホームページに書いてありました!」
「うん。そうだよ」
「あの県って、他にも医大とか医学部あるんですか?」
「無いよ。なんで?」
「骨折の時に雑談に来てくれた先生が、その県の医大を出たんだったか、なんかちょっとだけ行ってたんだか忘れたけど、なんか、行ってたって聞いたことがあるんです。じゃあ鏡花院先生と同じところなんですね!」
「多分そうなんだろうね。へぇ、うちの所の精神科関係者かぁ――そういえば、その先生、名前は? 知ってる確率はかなり低いけど」
「奥田先生です!」
「奥田……? まさか、奥田輝彦?」
「そうです! 知ってるんですか!?」
「君の県にまだいる? だとしたら、確実に、知ってる」
「います! おおおお! なんという偶然! どういう関係ですか!?」
「――院でちょっとね。はぁ、あの人なら、名医だ。てっきり俺、君を診た医者はヤブだと確信してたけど、ほー、なるほどねぇ。あの人なら俺と似たようなこと考えてただろうな。通りで『自分を殺すのと他人を殺すのは同じことだ』なんて言うわけだ。俺はヤブ医者にしろ、そこだけは評価してたけど、見解が変わった。雛辻さんは、とても運の良い人間だね」
「はぁ……?」
「それに確かに、あの人、変だよね」
「ですよね!」
その後、奥田先生は変な人だという話で盛り上がった気がする。
あとはよく覚えていないが、こうして夏休みになり、広野さんに会いに行った。
広野さんは本当に良い人であるが、大人の関係をいっぱい経験してしまった!
そして東京に帰ってきてから、私はテントと縄を購入した。