【31】テント
広野さんと会って幸せだったから、今はもう死んでもなんの後悔もない! 秋からは大学院進学の予備校に通うので(英語が不安すぎた)、死ぬならその前が良いだろう! お金を出してもらうのが申し訳ない! 一通り幸せを経験したし、勉強も経験したし、何より時期がとても丁度良い! 今は何にもないし、誰も私の動向を見ていない! まさに今だ! 正直な話、大学院関係も面倒くさいし、今後鏡花院先生に面談で今までより深々と聞かれそうなのも面倒くさかった。面倒くさいし、さて死ぬかという感覚だ。
実際には、突発的に死のうと考えてテントを買いに行きながら、これまでの面談でなにか理由があるはずなのだろうと思い始めていたので、理由を考えてみたのだ。だけどやっぱり面倒くさい以外の理由はないし、考えれば考えるほど、面倒くさいしと思うよりも前に突発的に死にたいと思ったような気がしてきた。まぁとりあえず、どっちでもいいやと思いながら、キャンプ場の予約を取った。
首を吊る予定だった。
旅館とかだと、それを最初から危険視されて、女の子一人はお断りされるという噂を知った。飛び降り系に関しては、どうやら慰謝料が発生して親に請求が行くと聞いていた。首吊りにしても、慰謝料はあんまり変わらない。だから考えた結果、キャンプ場に自分でテントを持って行き、その中でやる分には、いい様な気がしたのだ。キャンプ場の敷地は一部しか借りないから、そこの慰謝料ならきっと安い! 予約は明日までだからすぐ発見されるし、汚物もテントとその下も土だし処理が楽!(多分)
こうして、夏休み最後の旅に出た。
私は不器用なのだが、頑張ってテントをはった。隣の男性二人組が手伝ってくれた。あちらは男性二人、女性三人で来ていた。いい人々だった。その上、夕食のバーベキューにも混ぜてくれた。BBQなどサークルでGWにやったっきりだった(大学生としては少ないと思う)。
その後、私はテントの天井に縄を掛ける作業に従事した。あんまり上手くできないので、四時間くらい縄と格闘した記憶がある。非常に頑丈だと評判の縄だった。そしてなんとか、輪っかもつくり、足場もつくり、あとは首を吊るだけとなった。これは自殺とバレるが、首吊りならば絶対死ぬからバレても問題ないと確信していた。
私はこのようにして、首を吊ったのである。
――失敗した。感覚で覚えているのは、息苦しいとかより縄が痛いってことである。足場にした台(飯盒だったようなきもする)も、特に不審な音を立てず、転がった。縄の痛みに、早く意識を失わないかなぁと考えていた時である。
テントが壊れたのだ!
縄と足場は完璧だった。しかしながら、私の体重が重かったのか、それとも安物のテントが悪かったのかは知らないが、テントが壊れてしまったのだ。上のほうが落ちてきて、かつ横の方の杭とかも外れちゃったようだった。この展開は予想していなかったので、慌てながらも、とりあえず誰かに見つかることを考えて、首から縄を外した。
そしてすぐに鞄に入れた。その後、失敗したのが悲しくて泣いていたら、優しい隣のテントの人々が気づいて声をかけに来てくれた。彼らはずっと飲んでいたため、もう遅い時間だったが起きていたのである。というか寝る予定が無かったそうだ。
暗いからあんまり分からないようだったが、私の首の周囲がなんか赤かったらしく、テントの危険性についてみんなで語り合い、絶対この会社のテントは買わないと彼らは言っていた。テントで怪我をしたと思っていたようだ。テントの会社には、少し申し訳ない。私が泣いていたのも、テントが怖かったからだと彼らは思っていたようだ。
こうして、私を慰めるために、彼らは私を自分達のテントに招き、お酒を勧めた。
一緒に朝まで私も飲んで、壊れたテントや隠し持った縄と共に、家に帰った。
夏休みが終わってしまい、私は憂鬱な気分だった。
憂鬱だったのは、まぁ幸いバレなかったし、面倒くさいし死にたいという気持ちももう収まっていたから、そこではない。首にできちゃった痕だ! すぐ消えるかと思ったら、全然消えない! どうしよう! なんて説明しよう!?
すごく悩んだ。なぜならストール関係や、なんかこう網みたいな首に巻くやつは、当時の私の服装の系統では、全然見なかったのだ。だが、いきなり服の系統を変えるのは、かなり難しい。ちょっとずつとかならまだしも、一気に全部変更は、難しい。
今から新しい服をたくさん揃えるのは困難だ。つまり、首にそういうのを巻くとして、どういうのだったら、私の服装でも不自然じゃないのか悩んだのだ。私系の服でそういうのが流行った時期も、私は首に巻いていたこともないし!
早く冬が来れば、マフラーを巻きっぱなしでも良いし、多分その頃には消えるだろう!
問題は、一応秋と言えるだろうがまだかなり暑い夏休み明けだ!
その上、テントを買ったのとキャンプ場の予約代と旅費で、結構お金も無くなっていた。
そこで私は、なんの系統でもないブランド物のスカーフを買った!
みんなは、「お金持ちだね!」「やっぱキャバか? 貢物?」「へぇ、そういうのも可愛いじゃん」と、ブランドの方に注目してくれた。計画通りである。そして、想定していた質問が来た。「でもさ、暑くない?」私は答えを用意していた。
「彼氏がプレゼントしてくれたの! 私これ、ずっと付けてるの!」
惚気んじゃねぇよと怒られたが、以後、親しい人々は、服装とあんまり合わない時であっても、スカーフに対しては、彼氏関連以外、突っ込んでこなかった。これは、サークル、学科、ならびに段々仲良くなってきていたゼミの人々全員である。
こうして、私の部屋のオブジェには、練炭用七輪の横に、壊れたテントが加わった。それ以外は、特に変化のない生活が訪れた。予備校開始は、もうちょっと先だった。
なのでこの日も、鏡花院先生の面談のため、隣の隣の駅のクリニックに向かった。