【79】雛辻家の歴史


「父さん知ってるのか?」
「ああ。スウェーデンに招待したことがある。認定したのは、俺だ。彼も母――君の祖母系だな。そこも遺伝か……」
「そんな感じだ。ただ、全員じゃないみたいで、成功例がほとんどない」
「いいや、俺は過半数以上はそうだと――ほぼ全員だと思ってる。ただし彼らは、非常に運がいいという天賦の才があると思う。だから生きてる」
「初めて同じ意見の人を見た。さすが父さん」
「家系調査は済んでるか?」
「いや、ほとんどすすんでない」
「雛辻くんまでの資料を持ってる。大変興味深い一族だ。アレの中でも、変だぞ。たまに読み返してるけど、笑いが止まらない。どうしてそうなった、っていうのが多すぎて。諦めが早いんだ、人生に対しても。あとは、俺たち一族とは比べ物にならないほど、すぐ興味を持って、すぐ興味を失う」
「俺たちよりも興味を持つのが早い一族?」
「そうなんだ。絶対勝てないと思ってた。まさか迎える日が……孫に……お前継ぐ気ないし、会社任せるか? ただ、圧倒的にそれやらせると、潰す人間が多いのが雛辻だ」
「……企画研究かなにかじゃないのか? マーケティングとか。伊澄はマーケティングで政宗に才能を認められていたぞ」
「無難だな。ただし、あきずにやってくれるとも思えない。社長は自由だ。うーん。まぁせっかく結婚したんだし、名前だけでもまずはお前が継いでくれないか? 父さんも、そろそろきついんだ……」
「この国に来てか? もしも日本支社にいて良いんならいいぞ」
「日本で構わない!」
「そうか。ただし、息子だけじゃなく娘も高得点ならしばらく旅してくる」
「まぁ……そうなるな……」
「その後で継ぐ。他にやる奴がいなければ」
「絶対いない。頼んだぞ。約束だからな!」
「ああ。約束する。それにしても、そんなに雛辻一族って変わってるのか?」
「曾祖父さんを1とするなら100って言ってもいいかも」
「――は?」
「本気を出した彼らを、優秀な誰かが補佐すれば、世界征服可能クラスだ。そして代々、配偶者や友人には、優秀な誰かがいる。恵まれている。しかし大問題があって、彼らが本気を出す対象が、変。かつ時代を先取りしすぎてる場合も多ければ、興味対象自体が意味不明だったり、それ以前にどう見てもコメディなのに涙ぐんでるレベルの勘違いで生きてる」
「どうしよう、最後のコメディ、伊澄がそのまんま」
「ぶは」
「彼女のお父さんの仕事も、日本じゃ先取りしすぎてるに入るな」
「だろ? ただしあれも、招待中にふと眺めた雛辻くんが、その場で参考書を本屋で立ち読みし、即日で試験に行って取った資格だ。言葉は三日で覚えたらしい」
「は?」
「無職になったから、あれで生きてる。結果的にあきない仕事だから続いてる。その結果、今じゃ日本有数らしいな。こっちでも名前を聞く。ただ多分、とっくにあきてる」
「……すごいな」
「伊澄さんの方は、本格テスト類もしたのか?」
「ああ、機会があってな」
「どうだった?」
「……持ってきてる。判断に迷ってる。祖母の性格だから告知したく無かったんだけど、政宗がバラしたし、IQを俺が告知した時点でアウトそうだったから、もうこれ以外の純粋結果は取れないと思う」
「取る方法を教えてやる。雛辻くんを騙くらかしまくってやりまくった方法だ」
「あるのか? 感謝する」
「俺と、お前の祖父さんで、死ぬ気でやってて、ふらっと現れたお前の曾祖父が珍しく三十分ほど悩んだ末に編み出した。いまだかつて、あれ以外に俺達が三人とも興味を持った事柄はないから、三人で酒を飲むと必ずネタになる。最高傑作だ。もうあれを解かれたら、少なくとも俺には打つ手がない」
「俺には既に無かったからありがたい」
「いやぁ、日本国籍名で挨拶に行って良かったな。こっちの名前で言ってたら、拒否されたと思うぞ。俺たち何にもひどいことしてないんだけどな、俺たち相手でもう面倒くさくなっちゃってた」
「……まぁ伊澄がいるから、再会してくれるかもな」
「ああ、おそらくな。そして三十分くらい経ったら、トイレに行って帰ってこない」
「想像がつきすぎる。幸い伊澄は、そういう所は無い」
「それだけで十分だ。人生からいなくなるより、その場からいなくなる人間がとりあえず特徴としてあげられる雛辻のパターンだ。簡単だからな。内心頻度はともかく。はずれていると聞いて、安心した。先程からちゃんといるから不思議だったんだ」
「なるほど」
「伊澄さんのお祖母さんが直系で婿をとったんだが、変な人だった。婿さんがいなければ、終わっていただろうな。雛辻は直系の一人目に出ることが多い。明治までは遡った。江戸以前は古文書だよりだから、なんとも言えないが、かなり古くからだ」
「どこまで遡った?」
「平安までは間違いないはずだ」
「……」
「それ以前が適当で、とくに風土記に、これより前は、適当に書けと言われたので、適当に書きますとあって、俺はどうして良いか分からなかった。それを読んでる以上、後も、雛辻の人々の記述だからどう受け取っていいか分からない。たまに熱がこもってるんだ、書くのが好きだったのだろう代。どう見ても、コメディ。信用できるのは、適当は愚か、他人に押し付けてる代」
「伊澄は完全にコメディ熱を受け継いでる」
「はは」
「面白いからゾンビ風コメディをはじめ、少し持ってきてる」
「小説を書いてるのか?」
「書いてるけど、それじゃない。卒論だ。俺、そのうちのひとつの解説書を出版したら受けて、今、教科書のはずが、ベストセラーになってる!」
「ぶは。やっぱり、優秀な人間がそばにいると成功するよな」
「そうだな。間違いない」
「お前の長男、この分類で行くと、曾祖父さんっていうより、雛辻じゃないのか?」
「なるほど、そういう事か!」
「幼少時からあきっぽさをどうにかすべきだ。それと、没頭癖がある。あきるまで他に何もせず、ずっとやってるようだ。逆に、すぐあきる体質じゃなきゃ、死ぬともいえる。目を離したら栄養失調と不眠で死ぬ。トイレも我慢する可能性があるし、風呂も怪しい。あきっぽさを治すなら、こちらもどうにかしないとまずい」
「分かった。ありがとう。資料、期待してる」
「ああ。提出不可能な面談記録も豊富にある。観察日記みたいになっちゃってる」
「俺も伊澄のを取ってて持ってきたんだけどな、面談になってるのか自信が無い。頭が既に薔薇色だった可能性がある」
「逆に気になるだろう、君の薔薇色とか! ちょっと直ぐに読ませてくれ」
「そっちも資料を持ってきてくれ」

 その後二人は、分厚い資料をそれぞれ読み始めた。
 途中から二人共、ずっと笑っていた。吹き出してからは、声を上げて。

「安心しろ紫、きちんと研究の方は、その視点になってる。絶対お前の頭が色ボケしてたんじゃない」
「俺もそう確信した。なんだこれは!」
「自殺エピソード以外、生涯がコメディなんだ。本人にとってはシリアスなんだけど!」
「なるほど、よく理解した!」
「これはお前の性格的に惚れないほうが難しい。それと良かったな、多分好かれてるぞ」
「――どうして?」
「話すネタが無かった時、お前に興味を持ってたっていうのが分かる。ただ、あきっぽいから、機会があればくらいだな。機会が来たのですごく興味を持ったと思う。そして推理小説の中の教授と学生の恋のくだりで、想像癖によりお前と自分が恋人だったらと空想し、おそらく恋もした。あるいはしていたのかなと思っただろう。自分から、かな程度でも思ったことなんて無いことが多い一族なので、もうお前はすごく頑張ったって言える。だがお前も恋するなって言ったし、忘れるかと面倒になって忘れた。その段階では彼氏もいることだしと無意識に忘れた可能性もあるし、忘れたことを覚えていない可能性もある。そして結婚したことで、旦那様には惚れるものだという考えから、お前への興味を思い出してると思う。かな、と思わせた時点で、大丈夫だ」
「気が楽になった」
「私の資料の200ページくらいに、コメディじゃなく、官能小説が載っていて、それによると、女性は体も興味深いっぽいな。事実か?」
「え? ……ぶは。古文書になんてことを。ただし信ぴょう性が増した。ああ、なるほど、両方雛辻の直系といえないこともないのか、この代」
「ああ、そして両方完全にアレ。書いた方の官能小説に当時どうして良いか悩んだ。空想の可能性もあったからな。やりかねないし、いいやそうでなくとも古文書に書いたことがもうコメディだろう?」
「やばいな――まぁ念のため言っておくけど、雛辻の文章好きな人間は、おそらくコメディセンスに秀でてる。その鞄の、卒論集のゾンビ読んでみてくれ」
「どれ……ちょ! これ、卒論なのか? 待ってくれ、なんで、どうして、恋人のゾンビのくだりで、爆笑できるんだ!?」
「だからな、書いた人々は恐らくみんな真面目に書いたと思う。このエロ小説を真面目変換した感覚を味わうと、興味深い以上に、個人的に男としてハマる」
「俺は母さんが良いけど、真面目変換するとかなり魅力的なのは間違いないな――どれ、検査結果は……ん……?」
「正確版日本翻訳式販売物の結果を伝えた」
「――なるほど。それで良い。そうか……しかし、そうか、辞書がいるタイプか」
「結果だけでそこまで読めるんだな」
「ああ。この水準のこの分類の人間は、非常に少ない。私が見たことがあるのは、雛辻くんと、ギリギリ君の曾祖父さん、母さん、優馬くんだ。どうして我が家は一族ではまだ常識人が集まっているのに、配偶者は辞書がいる人々なんだろうな」
「母さんに辞書いるか?」
「それは君が小さい頃から一緒に育ってるからだ。たぶん、君の娘の方が、常識を持ち合わせそうだから、辞書を作ってもらうと良い。ただ、常識がある人間は、辞書を作る気にならない可能性がある。だから、自然と身につくことに期待すると良いけど、その頃には君自身が作れるようになっているだろうな」
「なるほど。しかし、彼女のお父さんは、辞書がいらないように見えるぞ」
「表面上はな」
「……ああ。伊澄もそうだった」
「このスコアだと、天啓が降りてくるレベルだと俺は思う。なんでそれが出てきたのか謎だけどすごいみたいな。ただし微妙に役立たない。本人の役には立つみたいだけど」
「まさにそれだ」
「みんなに役立つ事柄に興味を持たせると成功する――災害に興味があるのなら、福祉はどうなんだ?」
「卒論を提出してあきたそうだ」
「ここまで調べて早すぎる! プーケットまで行ったのにか!?」
「そこ、それ、本当それ!」
「というかこの旅行記、面白いな。父さんは、こういうノンフィクションみたいな方が好きだ。コメディだけど」
「俺はゾンビだな。そろそろ二人で部屋に戻る。借りるぞ」
「ああ。本人には読ませない方が良いと思う」
「俺もそう思う。幸い、この言語は読めない」
「良かった、この家には辞書がない。あったら読まれる可能性がある」
「子供を頼む。しばらく篭る」
「――体力と持久力がないらしいから、疲れさせるなよ」
「そこは俺の方が詳しい」

 こうして、私は紫さんとお部屋に行った。