スイス天才教育総合機関【3】


 ――雅陽宮柾仁。僕は、父が高齢なので、結構近い将来天皇になるのが決まっている皇太子だ。幸か不幸か、皇族初の天才児と呼ばれている。IQは非公開なので、世間では、皇族初のイケメンと呼ばれている。どちらも皇后様である母のおかげだ。父に似たのは口元と身長だけだ。

 今後留学するチャンスはなさそうだということで、今回スイスに来た。
 漏れたわけではなさそうだが、知ってはいただろうけど、国会議員であり調味料系大企業のご令嬢と、偶然にも同じ年度から二年間通うことに決まっている。周囲は、僕に恋愛を期待していた。なぜならば、父の結婚が遅かったからだ。父は五十二歳で僕をやっと設けた。

 そんなわけで、最後のチャンスなのである。

 ここならば、僕を知る人も、予定では二人しかいない。一人は、政宗のお嬢様。もう一人は、英国の第一王子殿下だ。彼は次の英国国王である。不幸にも若くして彼の父親がなくなってしまったため、彼の祖父が没したら、彼は国王だ。彼も同時期にここに留学すると決まっていたから、宮内庁もOKをくれたというのもある。

 迎えの車を待っていると、一人の日本人らしき青年が立っていた。
 タブレットを見ている。
 僕は本を開きながら、二度ほどチラっと見た。

 空港のわざわざこんな場所にいるのだから、同じ機関に行くのは確実だ。
 そして横に人が立っているのだから、普通は見るだろう。
 生まれついての職業(?)柄、視線に敏感な僕だが、一回もこちらを見られなかった。
 そもそも異国で同じ国の可能性がある人間を見たら、気になるだろうにその気配もない。おそらくは、ただの日系人だ。しかしまぁ、僕もイケメンって言われなれているが、比べ物にならないイケメンだ。どうしようかな。話しかけておこうか。さて、何語がいいか。

 そう考えていた時だった。

 スーツケースの音がして、足音が聞こえた。
 それとなく見れば、少女が二人やってきた。片方は、写真を事前に見ていたので知っている。僕が恋することを期待されている政宗春香嬢だ。実際、僕は条件的に悪くないと思っている。彼女は、見た目も麗しい。しかしその横に、さらに気が遠くなるほどの美少女がいた。幼すぎるけど。綺麗な女性をそれとなく紹介されまくるので慣れている僕だが、少し冷や汗をかきそうになった。

「レイか?」

 すると、隣で声がした。イケメンは、声までイケているらしい。

「――……その声は、紺さんだ!」

 ぽかんとするような美少女が声を上げた。

「見た目で判断しろ。俺は一発で分かったぞ」

 苦笑するような青年は、驚いたことに日本語を流暢に話している。不自然な部分は全くない。日本人だったのか? その後彼らのやり取りを聞きながら、タイミングを見て声をかけた。そして、なるほど日系人であたっていたのかと考えていると、礼純さんというらしい美少女が、目を丸くしていた。流石に彼女には気づかれるだろうと、僕は少し諦めていた。平穏な生活は終わりだろう。政宗春香さんは黙っていてくれそうだけど。

「紺さん、この人は、テレビに出てたの!」
「――テレビ?」
「うん! 芸能人だよ! どのドラマかCMかは思い出せないけど、見たことある!」

 響いた声に、僕は呆然としたものである。本気で言っているのか、それとも知らんぷりしているのか判断に困ってすっとぼけてみたら、信じられたので、もうこれで行くことにした。こうして僕らは、迎えの車に乗った。

「じゃあ紺は十四歳かぁ。僕の二つ下だね」
「へぇ。十六なのか。柾仁は、日本人にしては、大人っぽいな。身長が高いからか?」
「まぁね。紺のほうが大きいけどね」

 そんな話をして笑った。日本にいると、年下は、年下としか思えないし、そうでなくてもただでさえ萎縮されがちなので、紺と話していると気が楽だ。こうして着いた寮を見て、僕はふと思案した。僕と英国の殿下はおそらく同じ寮だ。護衛が簡単だからだ。しかし、ほかの三人に関しては、よくわからない。政宗嬢は恋愛を期待されているからともかく、ほかの二人がさらによくわからない。僕はそこでやっと疑問を持った。まさか日本人と日系人が僕達だけだからという理由ではないはずだ。

「――紺は、みんなこの寮ってどう思う?」
「家柄か金かIQだろうなぁ。雅陽宮柾仁親王殿下、か。大変そうだなぁ人生」
「……気づいてたんだ?」
「まぁな。あんなところにいるのは、迎待ちだけだろ? タブレットで写メって、画像検索したら一発だったぞ。あと例の芸能人、別に似てない」
「それで見てたんだ。なんで画像検索したの?」
「ああ、俺のほうが先に来てたから、足音で、こういう歩き方はいいところの人間で音楽とかやってるタイプだと判断して、音楽祭の画像の一つでも引っかかるだろうと思ってな。そっちもひっかかったけど、芸能人もその時だけど、とりあえず皇族って出て、楽しいからそのあとは、ずっと天皇の歴史を見てた。敬意を表した方がいいか?」
「今更いいよ、そういうの。で、そういうってことは、ほかは?」
「政宗春香は、祖父も本人も特殊。あと日本の大企業のご令嬢で次期首相候補の末娘――ってことはあれか、柾仁の婚約者?」
「今のところは違うけど、みんなそれを期待してるね」
「大変そうだなぁ。ちなみにレイは、IQがおそらく、世界最高だ」
「え」
「俺とどっちが高いかってレベル。この機関でも初めてだろうな」
「は?」
「ただ、俺と違って、レイは特殊なんだ。まぁそういう意味合いで、俺とレイは、何かあると、大問題だ。ただしレイ本人はIQの告知を受けてないから、黙ってろよ。俺もお前の素性黙ってるから」
「わかったよ……へぇ。ちなみに特殊ってなんなの?」
「見てればわかる。変ってことだ」

 そんな話をしながら部屋についた。四部屋あって、真ん中に共有スペースがある。
 入るとすぐに、久方ぶりに会う英国の殿下がいた。
 英語でしばらく会話をし、荷物を置いてすぐに来てというから、僕は頷いた。
 米国籍だからなのか、紺もばっちり理解していたようで、殿下は彼も誘った。
 殿下はその間に、もうひと部屋の人間を呼んでくると言っていた。