スイス天才教育総合機関【4】



 そしてリビングに戻ると、もうひとりがいた。バチカン国籍だとすぐにわかった。こんな話をしたからだ。全て英語だ。

「いやぁ、久しぶりだね、柾仁! 僕は君にすごく会いたかったよ!」
「ルガードも相変わらず元気そうで良かったよ。こちらは、鏡花院紺。日系アメリカ人だそうだよ」
「鏡花院紺? ジェフ・オーウェンじゃなくて? 日本名かい?」
「え?」

 その言葉に首をひねって僕は、紺を見た。
 すると紺は、ルガード第一王子殿下を見据え、ポツリと言った。

「ジェフは洗礼名です。オーウェンの日本での苗字が鏡花院なんですが――次の英国国王を前にするとは思わなかったので、挨拶の練習なんかしたこともないのですが、どうしたらいいでしょうか。ご容赦いただけますか? ルガード殿下」
「ルガードで構わない。へぇ。ジェフの方が呼びやすいけど、どうしよう。挨拶は不要だけど。紺、ね。紺。紺! トウモロコシみたいだね!」
「別にどちらでもいいですよ」
「気軽に話してくれていい。いやぁ、オーウェンといったら、僕の国にも支社がある。むしろ無い国って、あんまりないよね。すごいなぁ。おそらくこの寮で、僕や柾仁よりも大金持ちだね! というか王族や皇族じゃちょっと手が出ないクラスのVIPだ。歴史ある大企業で、今も最前線だからね」

 僕はその時初めて、紺の素性を知った。教えてくれなかった紺をちょっと冷ややかな目で見てしまった。一応笑っておいたけど。その時声が上がった。

「えー!? オーウェンの御曹司なの!? 僕が聞いていた情報に、それはなかったんだけど!」

 部屋の最後の一人だ。

「どういう意味だい、ルイ。僕は逆にこれ以上の情報がないんだけど」
「だって、ジェフ・オーウェンでしょ? 天才外科医でしょ? オーウェンっていったら、普通さ、会社はそりゃ出てくるだろうけど、それ以上に医者で有名じゃない? 僕は、彼がドイツで心臓外科の専門医を取得して、アメリカで脳外科の専門医を取得してから、ここに来たって聞いてるけど? 大学二つ、院二つ、きちんと卒業してる。超頭いい所を飛び級で! 腕前がやばすぎるって話。子供にされたくないって人より、頼むからやってくれってお願いされるレベルみたい」
「「え」」

 僕と殿下の声が揃った。

「うっかりそうしたばっかりに、年に何度か、そちらの手術に行けって言われて困ってます。別の専攻にしておけば良かったなぁ。改めまして、ジェフ・オーウェンでも鏡花院紺でも、お好きな方でお呼びください」
「あ、ルイです。呼びよう、ほかにないだろうから、ルイってよんで、気さくに話してね! 洗礼名ってことは、キリスト教徒なの?」
「まぁ一応……――そう言う事を聞くってことは、まさかとは思うけど、法王かその候補の枢機卿の関係者か?」
「大正解! すごいよね、このお部屋。世界でトップ3って言われる、英国王室とローマ法王の関係者っていうか孫の僕と日本皇族がいて、イギリス国王と天皇になるのはもう決定してるふたりだし。そこの空き部屋に放り込まれてるんだから、君は多分、一番世界に影響力がある上にお金持ちでもあるってことだよ、ほかのメンバーよりは」
「部屋変えてもらおうかな」

 そんなやり取りをして、僕たちは笑った。
 ルガード殿下は、僕と同じで十六歳。学年ではひとつ下だ。つまり紺の一つ上。
 ルイは十七歳で、僕の一つ上だった。紺の二歳上である。
 それから男子寮のほかのメンバーを紹介してもらうことになった。

 男子寮の共有スペースに行くと、既に集まっていた。
 事前に、最も入寮が遅い(僕のスケジュールのせいだ)僕達にあわせて、この時間にみんなに紹介してくれることになっていたそうだ。向こうも四人部屋である。計八人がここで暮らすことになっている。女子も同数だそうで、全体だと十六人だ。

 入ると四人がいた。白い巨大なソファがあり、全員で座る。適当にみんなで座り、八人が揃った。一人は十三歳だと後にわかる、二次性徴もまだの小さな子供だった。その子と黒縁メガネをかけた同世代の青年が、僕たちにコーヒーを淹れ始めた。残るふたりは、座ったまま、僕たちを見ていた。一人は金髪に緑の眼をしていて、端正な顔立ちなのだが、冷酷な眼差しで射殺すつもりなのか問いたくなるような鋭い視線で、僕と紺をそれぞれじっくり見た。もう一人は、日本人や日系には思えなかったが、中華か韓国、もしくはその系統だとわかる外見で、こちらも紺ほどではないが整った顔立ちである。彼は頬杖をついて、値踏みするように片目を細めて僕と紺を見ていた。コーヒーが振舞われ、子供とメガネが座った時、ルガードが笑った。

「どっちが日本の皇太子か分かった?」

 僕は吹き出しそうになった。黙っている予定が、そんなことはなかったのである。
 ルガードが愉快な性格だと、僕は忘れていた。こうなってくると、雛辻礼純さん以外は、みんな知っている可能性がある。なんだか彼女に悪いことをしてしまった気分だ。

「「右だ」」

 そして僕らをじっと見ていたふたりに、見事当てられた。

「根拠は?」

 ルイが聞くと、顎に手を沿え、その肘に腕を当て、金髪の方が言った。

「左は外科医だろ? 国籍はどこだ? 日本に医大の飛び級制度は無かったはずだ」
「なんでわかるの?」
「ルイ、手を見ればわかるだろう。常識だ。臨床経験豊富で手術も相当こなしてる。日本では年齢的に無理だ。仮に日本人だとしたら二十半ばだろうが、そうは見えない」
「僕には普通の手に見えるけど、あたりだね。あ、そうそう二人共、こちらはロシアから来たルシェルフ・プーチンくん十八歳。柾仁の一つ年上。名前でわかるだろうけど、将来は多分、政治家になるだろう、末裔だよ」

 僕は、歴史の教科書で見た、プーチン大統領の顔を思い出した。言われてみれば、あれをさらにもうちょっとイケメンにして、身長を伸ばすと、まさにルシェルフだ。そう考えていたらルガードが今度は、もうひとりを見た。

「彩は、どうしてわかったんだい?」
「外科医とは気付かなかった。てっきり大企業の御曹司だと思った。ルシェルフが国籍で迷ったのとおそらく同じ理由だけどな、僕もそこで迷ったんだ。とはいえおそらく相当なグローバル企業なんだろう。そこに今、医者だという情報が入り、僕は思った。オーウェンの跡取りってところか?」
「大正解! さすがだね、彩! ええとねぇ、二人共。こちらは彩。中華人民共和国から来た十五歳だ! こちらはね、両方の家系がどちらも国家主席経験者だから、彼もおそらく将来、国家主席だよ! つまり僕と同じ歳。もうすぐ十六歳なんだ!」

 なんだかすごいなぁと思っていると、メガネのひとりが挨拶してくれた。

「はじめまして、僕はバーナードと言います。ユダヤ系ドイツ人です。ドイツからきました。十四歳です。よろしくお願いします」

 真面目そうだが、はにかむように笑ってくれた。一番印象がいい。
 僕も挨拶した。しかし彼は、僕と同じくらい大人っぽかった。
 紺とバーナードは同じ歳だ。紺もまた、挨拶した。

「彼はねぇ、アイシュタインの末裔なんだよ」
「ぶは」

 僕は思わず吹き出した。なんでも父方がそうらしく、母方は議員だという。
 将来は、多分議員だろうなという話だった。本人は嫌そうだったが、祖父が現在の首相だというから、僕も間違いないと思った。最後の一人、唯一二次性徴前の少年が最後に名乗った。

「僕は、アシェッドと言います。UAEから来ました。十四歳です。バーナードと紺と同じ歳だ!」

 見えない。ほかに何も言えなかったし、僕は言わないでおいた。
 しかし……アラブの大富豪よりもお金持ちな、オーウェンという大企業の創業者一族は、すごいとわかった。

「それにしても日本人女子が二名来たんだろう? じゃ、少なくとも柾仁の身分はバレてるのか?」

 彩の声に、僕は首を振った。

「いや、片方の政宗春香っていう子は多分知ってるけど、もうひとりの紺の従妹は多分気づいてない。政宗春香は、多分聞かれても言わない。親の関係でね」
「なるほど。で、紺の従妹っていうのは、オーウェンは知ってるわけか?」

 今度はルシェルフが聞いた。しかし紺が笑みを浮かべた。

「いいや、全く知らない。外国にはよくある苗字だと信じてるし、俺の家族は漠然と医者だと思ってるし、俺についても全然知らない。だから安心していい。このまま、ここにいる全員の身元を黙っていても、何の問題もない」

 なるほど、と理解した。こうして僕らは全員、身元をふせることで一致した。
 僕だけ政宗春香に気をつけることで合意した。

 こうして新生活が始まった。