スイス天才教育総合機関【5】
――なんだか私は、侮っていたのかもしれない。
政宗家において、様々な天才を見てきたつもりだったけど、レイは規格外だった。不安そうに英語の辞書と発音記号と会話本を見た直後、ペラペラになってしまった彼女を見て、なるほど、これは天才だと最初に思った。おそらく彼女は、もはや私よりも英語が得意だ。それどころか、寮にいる各国女子に教わり、すべての言語を覚えてしまった。とても真似できない芸当である。
私達の部屋の他二名は、ひとりがこの寮最後の東洋人――中国人のミウと、東洋人と言っていいのか微妙なところだが、日系フランス人の母と仏日ハーフの父をもつ、国籍はフランスのミレイユだった。
ミウは、十五歳。男子寮の彩の、なんと婚約者だという。許嫁らしい。
家同士の取り決めだそうだけど、ミウは彩を愛していると言っていた。
IQもどちらも高く、小さい頃から定期的に専門プログラムを一緒に受けてきた仲らしく、ここを卒業して、留学し大学で学んだあと、母国に戻って結婚するらしい。しかし、彩が自分を好きかわからないと言っていた。彩の方も顔を合わせる機会があったから観察してみたけど、彩とミウが二人の所を遠くから見た限り、確かに彼側の気持ちは良くわからなかった。鬱陶しそうな顔をしていた時もあったからだ。私はミウと度々恋愛の話に花を咲かせた。
ミレイユは、フランスの大富豪の孫らしく、その点は私と同じなので、気が合うかと思ったら、そうでもなかった。彼女は、レイとよく似たタイプだったのだ。方向性は違うけど。ミレイユは十四歳。紺と同じ歳だ。彼女は、尋常ではなく美人だ。東洋美人の代表をレイとするなら西洋美人の代表のような外見をしている。ただ、色素が少し薄い以外は、日本人的な外見だけど。なんというか、肩の下くらいから、コテで巻いたかのようにくるくるした髪が、そういう印象を与えるのだ。私は、それが、お風呂上がりにドライヤーをかけるのが面倒なせいでそうなっているとは、しばらくの間気がつかなかった。
私とミウは、非常に気があった。
なぜならば、ミウはミレイユを、私はレイを、ひたすら見守る係りになっちゃったからである。ぶっ飛んでいる彼女たちは、ほうっておくと大変なのだ。確かにこれはあきが来ない。祖父の言ったとおりだったのである。一言で言うならば、二人共、変なのだ!
私とミウも、一応天才のはずであるが、レベルが違った。
あの二人は、のほほーんと会話しているのだが、それも私たちはどちらかというと頭が良さそうな外見で理知的な口調で話すのだが、あちらはぼんやりした優しい感じで話すのだが、ニコニコしているのだが、内容がもう違うのである。その上、この寮は基本的には英語なのだが、彼女たちは各国語で喋っているので、聞き取りすら難しい。
そんなある日、ミウが彩とデートに行きたいと言い出した。
せめてそこまでは無理でも、二人で私的に話したい、と。
そこで私とミウは、必死で考えた。
――まず最初に、ミレイユをどうやって見ているか、だ。
続いての問題は、呼び出し方である。普通は逆じゃないのかなぁ?
ただ、呼び出し方は、紺と柾仁さんに「東洋人で集まろう」とかなんとか言って呼び出してもらえばいいと直ぐに決まったというのもある。ミレイユも日本の血が入っているわけだし。あとは、私一人じゃ、ミレイユとレイのふたりを制御するのは無理というのもある。このふたりは温厚で大人しいのだが、目を離すと奇っ怪な事を始めるのだ。最悪、部屋が爆発して、吹き飛んでしまうだろう。
「ま、まぁ、男子が二人もいたら、きっと大丈夫でしょう」
「そ、そうね。それで春香は、どちらに頼むの? 優しそうなのは柾仁だけど、春香、よくわからないけど柾仁とは距離をとってるよね?」
「……ちょっとね。親同士が知り合いだったの、偶然。内緒よ」
「わかったわ。じゃあ紺……紺はレイの従兄なんでしょう? 普通、レイが言うわよね?」
「そうなのよ。そこをどうするか、ね……」
じっくりと私は悩んだ。
「ねぇミウ。この話、紺と柾仁さんに、しちゃだめかしら?」
「……あの二人、口は硬いの?」
「……柾仁さんは、硬い。紺は、わからないわ。そこまで親しくないから」
「……私を思うなら、お願いだから柾仁にお願いに行って。柾仁になら話してもいいから。その時、紺の口も硬いと判断したら、言っていいわ」
「……分かったわ」
こうして、私は、廊下で歩いている柾仁さんと紺に声をかけた。