スイス天才教育総合機関【7】
――だがそんなミレイユに、紺が意外にも食いついた。
そこからふたりは私には理解不可能な難解な話を始めてしまった。
理解しているらしい彩が時折加わるほかは、レイは飽きているし、誰も理解できない。
唯一笑顔だった柾仁さんがいなければ、終始この話で終わっていただろう。
「それじゃ、そろそろ別の班になる時間だから、別れよう! 彩はミウと。日系ってことで、ミレイユと紺。僕たち三人は日本人だから、こっちね!」
レイの位置を見事理由づけて移動させ、上手くしきり、柾仁さんのおかげで分かれることに成功した。位置は決まっていたので、ミウと彩は別の部屋に行った。近距離にいる、予定通り残った私たちの前で、ミレイユと紺の議論は加熱していく。
あきているレイを見守りながら、私と柾仁さんは、顔を見合わせた。
それから私達三人は、ただの雑談をして過ごした。
時間が終了したとき、ミウと彩が戻ってきた。
「おい、もう終わりでいいんだろう?」
「そうだね、彩。ただ、そこのふたりがヒートアップしちゃってるんだよね」
「紺が? 珍しいな。柾仁、俺はとりあえず出かけてくるから先に行くぞ」
「どこに行くの?」
「ミウとちょっとな」
私は感動しながらミウを見た。ミウが視線で私にお礼を言っていた。
出て行く二人を見送ったあと、私と柾仁さんはどちらともなく紺達を見た。
すると紺がこちらを一瞥した。
「お前らも帰っていいぞ。多分、こっち、長引く」
思わず生暖かい視線を二人で送ったあと、私たち三人は帰った。
その後、七時頃部屋にミウが帰ってきた。
「謝謝、春香!」
「どうだったの!?」
「手をつないじゃった! はじめて!」
「ブラボー!」
「し、し、し、しかもね!」
「なになに!?」
「キスもしちゃったのー!」
「えー!?」
怒涛の急展開である。彩は、ごく自然と手をつないで、婚約者なのに手をつないでキスしちゃ悪いのかとまでいったらしい。泣いて喜んでいるミウの話を聞きながら、二人で恋バナに花を咲かせた。レイは聞いていない様子で、なにか本を読んでいた。隣にはいたんだけど、話には入ってこなかった。
こうして十時になった時、ふと私達は気がついた。
――ミレイユが帰ってこない。
十一時には、外の扉とそれぞれの寮のエントランスの鍵が締まる。
そしてあの二人には、個人SPはついていない。
敷地から出るときは、ミレイユにはつくのだが。
そのまま、十時半まで私達は、どこにいるのだろうかと話しつつ、連絡しようか話し合った。だが、紺が一緒だ。紺が規則を破るとは思えない。紺は、真面目な人間だと理解していた。ミレイユはぶっとんでいるけど。しかし十時半を回っても帰ってこない。
いよいよやばいと思い、ミウが連絡したが、出ない。
何度もかけたが出ないので、私達は紺の連絡先を唯一知っているレイを見た。
「レイ、紺に連絡して!」
私が言うと、レイが本から顔を上げた。
「――第五資料館の閉館が十時で、そのあとバスに乗って、今降りて走ってる頃だから、門限には間に合うよ!」
「「へ?」」
「ミレイユの理論を紺に納得させるには、あそこに行くしかないし、紺の反論を納得させるにもあそこに行くしかないし、結果がどっちかは興味ないけど、多分あそこに行ったよ。走ってるから電話に出ないんだよ。だから紺も出ないはず!」
レイがそういう以上、おそらくそうなのだろう。
ぼけっと聞いていたのだろう。
私とミウが顔を見合わせ、それでもヒヤヒヤしながら待っていると、十一時手前に、ミレイユが帰ってきた。レイの予想通りの時刻だった。
「どこに行っていたの?」
ミウが聞くと、ミレイユが珍しく悲しそうな顔をしていた。
「第五資料館。私の理論は、間違っていたの」
「「……」」
「間違ってはいないんだけど、総合的に考えると紺の意見が優っているの。なんということかしら! 私は人生で初めて、間違いに気がついたの! 悲しいわ!」
レイの言葉はあたっていたのである。同時に、ミレイユを説き伏せた紺のすごさを私たちは実感させられた。