スイス天才教育総合機関【8】



「遅かったね」

 紺の不在を賢明にごまかしていた僕が声をかけると、門限ギリギリに帰ってきた紺がため息をついた。

「どこで何してたの?」
「今まで一緒だった。バスを降りて走ってきたぞ」
「え、今まで!? なんで!? 分かれて一人でブラブラしてるのかと思ってた」
「いいや、ずーっと国際経済だ」
「ぶは」
「それで向こうはどうなったんだ?」
「遅いお帰りだな。お前が帰ってきたら説明してやろうと思ってたからこっちに来い!」

 するとバタンと扉が開いて、彩が入ってきた。
 こうして僕と彩と紺で、リビングに行った。このパターンだと飲み物を用意するのは僕だ。二人が僕に気を遣ったことは、一度もないといってもいいだろう。

 コーヒーを飲みながら、僕も聞きたくて待っていた話が始まった。

「最初から変だと思っていたんだ、こんなディスカッション」
「だろうな」
「僕が君の立場だったら、いかないから、行くって言った時点で、脈アリだと思ってたよ」
「あたりまえだろう。脈どころかその気がなかったら、一緒に留学に来ない。そもそも婚約者なのに改めて確認する必要があるとは思わなかった」

 その気持ちはわかる。僕は頷いておいた。紺は首をかしげている。

「籍を入れるまでは安心できないんじゃないか?」
「だからって、恋人同士か再確認するか?」
「許嫁は互いの合意じゃなく、周囲の合意だろう? で、ちゃんと伝えたのか? 周囲の合意に甘えたままか?」
「……甘えたままだとも言えなくはないから、後で改めて合意を取り付ける。ただし好きだと言われたから、今更何を言ってるんだとは言っておいた。俺にも好きかと聞くから、当たり前だろうと言っておいた」
「もうひと押し欲しいね。頑張ってね! だけど国際経済からどうやってそういう話になったの?」
「なるわけないだろうが。国際経済から観光に持って行って、手をつないだ時に、話を全部変えたら、向こうが言ってきたんだよ。最初からデートの予定だった。俺は、な。そして俺はてっきり、メインは柾仁と春香のための会合だと勘違いしていた」
「安心して。僕と春香ちゃんは、互いにその気がないことを、確認して、もう幸せな気持ちになってる。君たちとは逆! 何もないって平和だよー!」
「それで彩は、キスくらいはしたのか?」
「まあな。お前らにそこは感謝する。せっかくだから、月1くらいで、また頼む」

 こうして僕達は、月1で、このミーティングを開催する事になった。
 彩はミウとの仲を、順調に深めていく。
 ――紺とミレイユは、順調に様々な方向性の議論を展開させていく。

 僕と春香ちゃんは、次第に諦観を覚えた。レイちゃんは、完全にやる気がない。
 そんなある日、紺とミレイユは、最近時間終了し次第、いずれかの資料館へ行くし、彩とミウは街へ行くのであるが、そんな二組を見送ったところで、ポツリとレイちゃんが言った。

「柾仁さんとハルちゃんは、どうしてどこにも行かないの?」
「「え?」」
「私はひとりで帰れるよ!」
「どういう意味だい?」
「ん? ほかの二組は、デートしてるから! 私、ちゃんとバス乗り場覚えてるよ! まだ一人で乗ったことないけど、大丈夫!」
「待って、レイ。待って! どういうこと!? 彩とミウはともかく! あと、断言して私と柾仁さんは違うから!」
「そうなの?」
「そうだよ。僕と春香ちゃんは、なんでもないよ。だけど――紺とミレイユ? 僕にもあのふたりは、議論してるようにしか見えないけど?」
「先々週は国際結婚について、先週はそもそも恋とは何かについて語り合ってて、今週は男性器はなぜ曲がっているのかについて話し合ってたから、今日は多分、資料館じゃなくて第七休憩室に行ったと思うの」
「「え」」

 第七休憩室とは――暗黙の了解で、性交渉する場所である。