【2】
しかしその前にアシェッドが口を開いた。
「同棲してるんだ、僕たち」
「アシェッド、お前、やるなぁ……へぇ。じゃあ、礼は一人暮らし? 無理だろう? ちなみに俺とミレイユも同棲中だ」
そう言って紺が僕を見た。僕は閃いた。救世主が現れたのだ!
「紺。その通りなんだよ。礼は、ほうっておくと死んでしまうんだ。食べないし寝ないんだよ! 君達のところで、親戚なんだし、責任を持って引き取って!」
「断る! なんで同棲中なのに、礼の面倒を見なきゃならないんだ? 今までも何とかなっていたってことは、ようするに残ってる柾仁が面倒を見てたんだろう? 興味本位で聞くけど、ちなみどうやって?」
僕が一日の流れを説明すると、紺が大爆笑した。笑い事ではないのにね!
「こんなにしっかりものの皇太子殿下がいるんなら、日本は安泰だ! 礼はその国の、大切な日本国民だ! 国民を大切にな! 国民の象徴になるんだから! 俺とミレイユは外国人だから、ちょっとなぁ」
「紺。僕、殴ってもいいと思うんだよね、君のこと」
「前科持ちの皇太子殿下なんて前代未聞だろう? やめておいたほうがいいぞ。法学をやってきた経験上、訴えることが可能だ」
「はぁ……とはいってもさぁ……礼はやりすぎだよ」
「頼むって言ったし、任せただろう?」
「引き受けたけどね……ここまでとは、さすがにね」
「それより、研究の方はどうなんだ?」
「片方はほぼ終わってる。僕が根幹理論たてて、礼がほぼ固めた。もう一個の方が難航中。だからひとつは、近々完成する可能性が高いよ」
そこから、僕たちは全員で研究について話した。
離れていたが紺とミレイユも即座に理解して、ディスカッションが開始した。
非常に懐かしい感覚を覚えながら、僕らは討論し尽くした!
そしてその日はみんなで飲みに行った。
もちろん僕はいい子なので、きちんと連絡をしたし、SPもついてきた。
そこそこの広間の外で待っていてもらったけど。
懐かしい話に花を咲かせて、二軒目に行くことになった。
メンバーがこれなので、あとは時間帯もあって、予定もOKだったので、お許しが出たのである。そちらでは、それとなく男女別の部屋にした。もちろん、特に礼に聞かせたくない話だったからである。
「――あのさぁ、紺」
「ああ、礼の話か」
「僕と春香も気にしてたんだよねぇ」
頷いたアシェッドに、本当かよと視線を送ってしまった。
「何より体に悪いっていうのが第一だけどさ、他にも問題がある。あれでもね、一応ね、礼は女の子なんだよ? 僕は、一応もなにも男だし、この状況は、危険でしょう? 礼にとって」
「「……」」
僕の言葉に、紺とアシェッドが黙ったあと、顔を見合わせた。
それからふたりは首をかしげた。
「迷惑の間違いじゃないのか? 問題って」
「僕も、そこは問題じゃないと思うんだけど……問題なの?」
「……え?」
うろたえた僕の前で、二人が同時に頬杖をついた。
左利きのアシェッドは左、右利きの紺は右だ。
「まぁ確かに礼は性別的には女だな」
「そうだねぇ。礼ちゃんは、非常に美人でもあるね。僕は春香が一番だけど」
「ああ。黙ってれば、最高に美人だな。親戚の贔屓目かもしれないが」
「けど僕は、女性としてみたことは一度もなかったよ。てっきり柾仁もそうだと思ってた」
「俺もだ。正直な話、世話でブラック企業とやらのような勤務体制状態になっていて迷惑だという話だと思ってた」
「僕もだよ。絶対、三人でそれぞれ負担しようって提案だと思ってた。いないと困るから絶対礼ちゃんにはいてもらわないといけないけど、お世話が大変だから」
その後、複雑そうな顔で、また二人は顔を見合わせ、そして僕を見た。
「迷惑じゃないんなら、今後もよろしく頼む」
「うんうん。だってそれって、柾仁が、性欲我慢すればいいだけだし!」
「ちょっ、違うから! 僕はもしもの場合を言ってるだけだから!」
「もしもだと……?」
「僕だったら礼ちゃんは絶対ない。もしもなんてない。そんなことを考えさえしないよ」「アシェッドの意見に賛成だ。それに、礼の側からお前に迫るとは思えない」
「同感同感。柾仁が何もしなきゃ、何も起きないよ!」
「誓って僕も何もしないけどね」
「「……」」
「僕だって女の子としては見れないよ」
結局この話はそれで終わってしまった。
その後は雑談に花を咲かせ、ふたりの恋ばなを聞いて過ごした。
幸せそうでなによりだ。
つまり、この日常が続くのか。
僕はため息をつきながら、翌日を迎えた。
その日――春香たちが帰る少し前だった。
「今日は、先に出ます。お疲れ様です!」
礼がそんなことを言ったのだ。僕たち三人は驚愕した。
彼女がどこかへ行くのを、見たことがなかったからだ。
資料類をそれとなく確認したが、持ち出している様子もない。
そもそも持ち出し禁止だけど。
とりあえず、何が言いたいかというと、研究でどこかに行く気ではないらしい。
「礼、何処へ行くの?」
「ちょっとね! また明日!」
春香の問にそう答え、礼は笑顔で出て行った。
残された僕たちは、首をかしげた。
翌日、研究室の鍵を開けた僕は、無人の室内を見て、なんだかすがすがしい気分になってしまった。これまでと同じ時間に来る必要はなかったのだが、何時に礼が来るかわからなかったから、つい来てしまったのだ。さて、何時に来るのか。時計を見ていると、いつも春香たちが来る、ぴったり十分前に訪れた。
「おはようございます!」
「うん。おはよう」
心からの健やかな笑顔を浮かべてしまった。毎日こうだったらいいのに。
その日は、清々しい気分で一日を終えた。
しかし、この日も、誰よりも早く、礼は帰った。
ちらりと時計を見ると、春香たちがいつも帰宅する十分前だ。
昨日と同じだけど、なにか予定でもあるのだろうか?
三日目も全く同じだった。