【4】★
「おはよう」
僕はにこやかに返した。すると礼が首をかしげた。
「? 今日はご公務が入ったんですか?」
「――どうして?」
「そういう日のお顔で笑ってるから……?」
確かに今の僕は、完璧な作り笑いだ。むしろ多くの人間は、これが僕の素だと思っているはずだ。しかし内心の激怒と嫉妬心までは、付き合いの長い礼も気づいていない。やはり笑顔は、僕の特技だろう。少なくとも、料理よりは。
荷物をロッカーにしまい始めた礼と入れ替わりに、僕は玄関の扉の前に立った。
そしてすぐに訪れた春香とアシェッドに朝の挨拶をされた時、おはようと返してから告げた。
「悪いけど、今日は二人とも休んで」
「「……」」
ふたりの笑顔が瞬時にこわばったから、笑ったつもりだったけど、相当僕は怖かったのだと思う。頷いて二人は帰っていった。扉を閉め、僕は鍵をかけた。
「あれ? 春ちゃんたちは?」
中へ戻ると、礼が首をかしげた。
改めて見れば、本当に柔和な美女としか言いようがない。
なのに無邪気に疑問そうに僕を見ている。
――この、身の危険さえ感じていないところにまで頭にきた。
「柾仁さん……?」
「今日は、あの二人、お休みなんだ」
「……怒ってます?」
「どうして?」
「だ、だって……笑ってるのに、笑ってなくて……なんていうか、なにかあったんですか?」「そうだね。ちょっとついてきて」
「は、はい!」
僕は礼に見える角度では笑顔で、仮眠室の扉を開けて見えなくなった角度では無表情で、中へとはいった。それからまた振り返り、笑顔を浮かべた。
「ちょっとそこに座って」
「はい!」
完全に僕が怒っていると確信した様子でオロオロしながらも、礼がベッドに座った。
――もういいや。
プツンと何かが途切れた。こうして顔を見ればすぐにわかった。
完全に僕は、礼が好きみたいだ。
これまでの人生において、後先考えない行動をしたことは、一度もない。
だが、僕は、もういいやと思ったのだ。
「礼は、最近どんな料理を覚えたの?」
「ええと、毎日おみそ汁を作る練習をしてま――……っ、ど、どうして?」
「美味しくできた?」
「それが柾仁さんのより、どうしても美味しいのはできなくて……」
「誰が判断してくれてるの?」
「自分で判断してます。だって私しか、柾仁さんが研究室で作ったお味噌汁飲んでないし!」
「ほかの人には飲ませてないの?」
「上手になったら、いつか振る舞います!」
「へぇ。ところで、どこで料理してるのかな?」
「おうちです! あっ……の……っ」
礼が目を見開いた。
「うん。紺の家の方角みたいだけど、具体的に、どこなの?」
「……」
「教えて?」
「……アシェッドの名前で借りてる自宅です。ごめんなさい」
「……」
「みんな、私が家に帰るって言ったら、心配してくれると思ったから……ごめんなさい。で、でも! 大丈夫です! お料理はまだできないけど、お洗濯はできるようになりました! だから、大丈夫です!」
「……」
「私、その、怒らせたかったんじゃなくて、その……もう……迷惑をかけないように……」
消え入りそうな彼女の声を遮るように、僕は言った。冷笑していたと思う。
「――証明できる?」
「え?」
「恋人ができて、その男の家にいて、その男のために味噌汁を作ったわけじゃないって、証明できる?」
「……? え? どういう……? 柾仁さん?」
礼を押し倒し、僕は残忍な笑みを浮かべた。
驚いたように大きく目を見開いて、礼は僕を見上げている。
「確かめさせてよ」
「え? っ、あ……え? ぁ!」
礼の首筋を噛むと、彼女が声を上げた。
服の下に手をいれ胸の突起を優しく撫でながら、内々に行われた閨の講義に感謝した。
「ぁ、ぁああっ、ゃ、ッ」
「感度いいけど、誰かに開発されたの?」
「ち、違っ……ン」
「へぇ」
「ぁぁぁっ」
少し強めにつまむと、礼が涙ぐんだ。そのまま上の服を脱がせ、もう一方を唇で吸う。
「ン――!! ぁ、ああっ、ゃ、柾仁さッ、ま、待って」
僕は無視して、しばらく執拗に胸を愛撫した。
礼の息が上がり始めた頃、体の力が抜けたのを見計らって下も脱がせた。
あっさり服を剥かれる礼の無防備さにも腹が立つ。
反面、自分の手際の良さにも、なぜなのか当然な気がしていた。
思い返してみると、僕、礼を脱がせるシミュレーションを頭でしたこと、なかったっけ?
「いやぁあああ! あ! あ! 待って、もっと優しくして、やだ、やだ、やだ!」
「優しくとか強くとか、誰に教わったの?」
「だ、だって、や、あ、ダメ。そんな、そんなの、ああああ」
指でつぼみを軽く刺激すると、何度も礼がかぶりをふった。
充分弱い刺激のつもりだったが、ご要望ならばとかなり弱くしてみた。
「ぁっ」
するとこれまでとは異なる嬌声があがった。甘い声に彼女を見ると、体が少し震えていた。本当に、先ほどの刺激は強かったのだろう。
「や、やぁっ……ぁ、ぁ、ぁ……ぅ……ッ」
「気持ちいい?」
「あ、わかんない。わかんなです。だって、こんなのやったことない――あああッ」
「胸は経験あったの?」
「ないですけど、でも春ちゃんがいたずらしてさわったことあるからッひァ」
「へぇ。どんな風に?」
「乳首はないけど、胸をギュッて……ああああっう、ぅぁあああ、だ、だめ、あ!」
「なるほどねぇ。大きいねって言われたでしょ。礼の方が細いのに胸大きいから」
「あ、あ、ッ、ぁぁ、やだ、やだ、あ、なに、柾仁さんなんか体が変で……ッぅ」
いきそうらしい。そう判断して、僕は指から舌での刺激に変えた。