【8】
「立てる?」
「……ああ」
少しかすれている声が、死ぬほど色っぽかった。再びゾクリとしたが、ふらふらと立ち上がった空音を見る限り、今日は限界だろう。それにそろそろ帰らなければ、紺あたりが見に来る時間だ。見た目からも何故なのか尋常じゃない色気を放っている空音を、研究室付属のシャワーへと促した(私は既に入っていた)。そして家族に帰宅予定時刻を連絡し、ソファの上も掃除しておいた。
普段から、一緒に歩いていると空音は、モデルだと気づいた人間であってもそうでなくとも、男女問わず見惚れられることが多い。だが大学内では、もう慣れた人間が多いのか、気を使ってなのかは知らないが、あまり視線は飛んでこなかった。しかし今日は、違う。男女両方、呆然としたように空音を見て、頬を赤らめている人間が非常に多い。要するに、私以外もこの色気にグラっときているのだ。ただ多分、犯されたいと皆は思っているのだろう。現実は、私が空音を犯し尽くして抱き潰したんだけど。今の空音は視線で孕ませられる感じだ。だが、実際は逆で、私が無理矢理中出しさせたんだけど。
本日の帰宅先は、オーウェンの家だ。
そこには両親と都馬と紺と、紺と空音のお父さんである伯父の紫さんがいた。
全員がリビングにいた。不在の妹の真奈は、まだ自分の研究中だろう。
挨拶しつつ、今もまだ色気垂れ流しっぱなしの空音を一瞥する。
父の優馬は気づかないかもしれないが、他にはなにかあったのかと聞かれるのは確実だ。なんと答えようか。これはおそらく、空音の問題の他に、こちらの問題も話し合われる。
「――不躾で悪いんだけど、単刀直入に教えてもらえるかな。いつから空音と佳奈ちゃんは、そういう関係だったの?」
切り出してきたのは紫さんだった。相手まで確定されていた。
「父さん。そういう関係だと? はっきり説明してやっただろうが。佳奈が空音をこっぴどく強姦していたと」
紺は、非常に笑顔だった。しかしその瞳と声音で激怒しているのがよくわかった。おそらくだが、私が見抜けないだけで、紫さんも相当激怒している。紺は私に分からせるつもりで、紫さんは私に分からせるつもりがないという違いだ。
「ごめん、佳奈。実は、手伝おうと思って、俺と紺で研究室に行ったんだ。その……プレイ中だったから、激怒してる紺に、空音がイってからのほうがいいと説得して、帰ってきたんだけど……なんていうか……」
「まさかとは思うけど、今までヤりっぱなしだったということはないわよね?」
珍しく焦ったように笑っている都馬(作り笑いだ)と、こわばった顔をして笑っている母は、完全に動揺している。
「まさか男好きなだけじゃなくショタコンのドSのド変態だとは思わなかった。頭がおかしい玩具をあれだけ揃えていたんだからゴムがなかったとは言わせない。避妊したんだろうな? このど淫乱」
紺があからさまに私を罵った。
「避妊はしてないわ。ゴムはあったけど」
「「「「は!?」」」」
父と空音以外、声を上げた。紺が笑顔を消して私を睨んだ。
「子供が出来たらどうするつもりなんだ?」
「産むつもりだけど?」
「ふざけるな。いいか、空音は俺の大切な弟で、まだ十五さ――」
「紺。佳奈が産むなら俺が育てるから、もうやめてくれ」
その時、驚いたことに空音が言った。
一瞬、その場の空気が止まった。
私も驚いて、空音を凝視してしまった。
空音は相変わらず色っぽいままだったが、表情は冷静だった。
少なくともそう見えた。
「――お前が佳奈を好きなようにも見えなければ、快楽の虜になっているようにも、少なくとも現在は見えないけど、可能性としては後者しか考えられないというのを前提で聞く。空音はどう考えているんだ? さらに付け加えるなら、誰の子かもわからないぞ」
「その……そ、その……まず、俺の子でなければ、ルドルフか白の子供で、ルドルフは恋人一筋だから、可能性としてはこの前来ていった白の子供の可能性が高い。他には佳奈は肉体関係を誰かともつ場所やタイミングが無い。白の子供なら、別に俺の子供として育てても大きな問題にならないし、ルドルフの子供なら――とても優秀だと思う。遺伝子は残したほうがいいんじゃないかと考えてる。二人共、俺の遺伝子を残すよりはましだ」
「「「「「……」」」」」
そういう問題じゃない。というか、遺伝子で二人の方がマシってどういうこと?
あと、さらっと私の男性関係を暴露しているけれど、悪意がないのがわかって辛い。
「あとは……だから、その……別に佳奈は、ど淫乱でも変態でも男好きでもない。多分それは俺だ。だって俺がばったり遭遇したとき、ルドルフとも白とも、佳奈はその……紺がどれを言ってるのか分からないけど、変な玩具みたいなものは使っていなかったから、きっと俺がそういうのが好きそうだと判断して、佳奈は気を使ってくれたんだ。多分。つまり、俺が変態で、俺が悪いんだ。佳奈は悪くない。だから、佳奈にひどいことを言わないでくれ。俺のためを思って言ってくれたことには感謝するけど、できれば取り消して欲しい」
「「「「「……」」」」」
確かにルドルフや白と、ああいう理想通りのプレイをしたことはない。だけど、したいと思っていたから、準備万端だったのだけれど。私は言われて当然のことをした自覚をきちんと持っているし、傷ついたりもしないんだけど。
「関係を持ったのは今日だし、別に恋人同士ではないけど、どうせもう、俺はドイツから永久に出してもらえないんだろう? だったら、子供は俺が育てるし、佳奈も何も気にしなくていい。責任は取る。どのみち研究自体やめるように言いに来たんだろう? だったら、ちょうどいい。俺が父親じゃ子供がかわいそうだけど、いないよりはマシかもしれないし、嫌がったらハウスキーパーに任せる」
「「「「「……」」」」」
この時、一瞬だけ、いつか見せた宗教画みたいなのに悲しい笑みを空音が浮かべた。だがすぐにそれは消えた。だけど、誰も見逃さなかったと思う。父以外の全員が引きつった笑みを浮かべたからだ。
「あと、ええと……多分、紺と都馬が来たタイミングが悪かっただけで、多分誘ったのは俺だ。自分じゃ気付かなかったけど、そうじゃなきゃ佳奈が俺に手を出すわけがない。ショタコンでもないと思う。きっと無意識に俺が誘って、それで、最近俺が死にかけたから、同情してくれたんだろう。佳奈は悪くない」
「「「「「……」」」」」
なぜ、私を庇うのだろう。全然かばえてないけど、必死でかばってくれようとしているのが分かる。どうしよう。どうすればいいんだろう。この展開は考えていなかった。しかもここまで空音がネガティブな事を言うとは想像もしていなかった。ずっとこんなことを考えていたのだろうか。嫌な汗が浮かんでくる。